正月なので祝ってみました。小話その1
〜 一年生達の正月 〜
「と、いうわけで、」
鐘の、最後の一音を聞きながら皆は顔を見合わせてにっこりと笑い合った。
「「「「あけまして、おめでとうございまーす!!」」」」
年末恒例の大掃除のご褒美にもらった、食堂のおばちゃん特製お饅頭と庄左ヱ門のいれてくれたお茶を両手に、火鉢を囲む。
めでたい年の明けだというのに口々から出てくる言葉は、寒いねか美味しいね、だけだ。それも仕方ないのかもしれない。なにしろ、
「あーあ。それにしても結局今年も家に帰れなかったなぁ…」
心底残念、と言いたげな声に、あちこちから同意のうなづきが返ってくる。
「なんだかんだとまたあったからねぇ」
「ぼく、家からの『今年は帰れるの?』って手紙に、帰れるよって書いちゃったんだけど…」
「パパ達がお正月のごちそう用意して待っててくれてるはずだったのにー」
「別に帰る帰らないはどっちでもいいんだけど、町でのアルバイトが潰れたのは痛いよなー」
「僕らはいっつも学園に残ってるからあんまり変わらないんだけど」
「正月休みは短いから、往路分にもならないもんねぇー」
「そもそも、帰れるかも?って期待することの方が無謀な気がしてきた、僕」
いつだってトラブルに巻き込まれるんだからと静かに茶をすすった庄左ヱ門は、だけど、と眉を下げ、
「せめて山田先生だけは、帰らせてあげたかったな…」
「「「「………ああ…」」」」
皆も遠い目で、同じように学園の一室で年を明かして、おそらくはひとときの平穏を味わっているであろう彼らの担任教師を思いやった。
「もうどれだけ帰ってないんだったっけ?」
「夏はまだ時々帰ってるけど、正月はここ何年も帰ってないよね?」
「前に一回、早くに片がついて帰れそうだったけど結局すぐとんぼ返りだからって帰らなかったし。ほら先生んとこ、ちょっと山奥だから」
「雪がだいぶ深くなってるんだろうね、今時分は」
「そうそう。雪がね。深いんだよね。だから―――」
ふうっ、とため息が重なる。
「「「「……………怒ってるんだろうなぁ、山田先生の奥さん……」」」」
雪の深い山奥で。
雪下ろしに雪かき。薪割り、水汲み、冬支度正月支度。
おそらく一年で一番男手が欲しいだろうこに時期に、夫は帰らない、息子も帰ってこない(おそらく)。
これで怒らない奥さんがいたらそれはきっと人の形をした菩薩様だ。
そして残念ながら、なぜ山田先生を選んだのかさっぱり分からない仏心たっぷりの大層な美人である奥さんだがれっきとした人間であるので、その怒りは正月明けにきっちり届く。家からの、小包となって。
毎回戦々恐々としてその小包の処分に苦心している山田に、なら帰ってやれよと、思えども口には出来ず。
なにしろ先生が毎度家に帰れない一番の(というかむしろ唯一の)理由は自分達の補習かトラブルのせいなので。
せめてもの心労を癒してあげるために、休み明けの実習は頑張ってあげようね あれ、でも内容なんだったっけ? マラソンじゃなかった? げ、寒いのに……とぼやきつつ、誰だかの実家から送られてきたというみかんに手を伸ばす。
皮を剥こうと爪を立てたところで、
「はい、」
「え?あ、いいの?」
「うん」
ずっと黙っているな、と思っていたが小さな手のひらの上に乗せて差し出した、綺麗に皮の向き終わったみかんと自分の手の中のみかんを見比べ、迷いつつも交換する。
見ればいつの間に向いたのか、綺麗につるんと橙色の果肉をさらしたみかんが傍らの半紙の上に数個並んでいて、はい、食べる?と周りの子に差し出している。
こういう細かいとこに気が利くよなぁと思いながら口に運ぼうと手元に目を落とせば、
「………うーわ」
「?」
なにこのみかん。超、綺麗。
白い筋という筋が全て取り除かれている。房と房の間のちょっとしたやつまで!
どんだけ丁寧なんだろうか。自信を持って、自分が今まで見たみかんの中で一番綺麗だ。
思わず唖然とみかんを見つめていた姿をどう思ったのか、
「………もしかして、内袋の皮食べない人?」
じゃあ取るよ、とどっから取り出したのか和バサミを右手に、左手を差し出してくるに慌てて違うと首を振る。
「いや、食べるよ食べる!そうじゃなくて……凄い丁寧に剥いてあるなぁと思って」
と口にすると、同じようにもらってこちらはさっそく食べてしまったしんべヱが、え、そうだった?とマヌケな声を上げ。
「よくこんな丁寧に剥けるね。僕無理。途中でもういいかと思っちゃう」
「んー……本当は、そっちの方がいい」
「なんで?」
え?と問うと、オレにもオレにもときり丸にねだられ、火鉢の前で細い身体を小さく丸めてちまちま皮を剥きつつ、みかんは果肉より筋とかに栄養があるんだよ、と言った。
「え、そうなの?」
「一番は皮。二番が筋。だから本当は丸のまま食べるのが一番いいんだけど……」
……………美味しくないし。
と手を止め、薄い表情の中の眉だけをちょっと寄せたは、もしかして皮ごといってみたことがあるんだろうか。だとしたらずいぶんな挑戦者だと思っていると、ああでも、と傍らの火鉢に目をやり、
「どこだかの地方には、焼きみかんっていうのがある………って」
「「「えええぇ、焼きみかん!?」」」
「焼きって……焼くの?焼き芋みたいに?みかんを?」
それって美味しいの…?と期待半分、不安半分に、食いしん坊万歳なしんべヱがよだれを垂らす。
「………やったこと無いから」
分からない。
そう、言われれば――――
「誰か焼き網もってきて!」
「食堂?餅焼くのがあったよな、確か」
「棚の下の方じゃなかった?」
「火鉢ももう一個あった方がいいかな」
「じゃあ倉庫から持ってくるよ」
「炭ももうちょっとあった方がいいよねぇー」
「ついでに餅もかっぱらってくるか」
「きりちゃん!!」
思い立ったが吉日。行動力では学園随一の一年は組のこと。
あっという間に『みかんを焼いて食べてみよう!ついでに餅も食いたい!』という目的に向かって駆け出して。
いまいちノリに乗り遅れたが剥きかけのみかん片手に唖然と、寒い…、と開けた戸から吹き込む風にふるりと細い身を震わせる。
ぱちくり、ぱちくり、と大きな目が瞬きをくり返すのが妙に面白くて、くすりと笑いがもれた。
「で、。どのくらい焼いたらいいの?」
「たしか………………黒く焦げる、くらい……?」
ことりと首を傾げてのあやふやな言葉に失敗の予感をひしひしと感じつつ、それもまた暇つぶしにはいいさ、と。
は組皆でのちょっと寂しくもとても楽しい正月を満喫すべく、持ってきたよ!と元気な声を上げて駆け込んでくる、にぎやかな足音を待った。
一年は組の正月は、おそらくまた補習かトラブルに巻き込まれて学園で過ごすものになっていることでしょう(笑)
まだ十歳の子供達はきっと、家族とともに迎えられない新年に寂しさを覚えつつ、
友人達と過ごせるにぎやかな休日に心弾ませ。
は組の子達には、皆で頭を付き合わせ笑顔で『あけましておめでとう!』とはしゃぐ正月が似合います。
そして山田先生、正月は家に帰ってやれ(笑)
大変だから。ほんと大変だから。女手一つで雪下ろし・雪かきってシャレになんないから。
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