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用具委員会と君
「先輩、用具委員集合しました!」
「おう。悪ィな、お前ら」
嫌そうな顔を抑えきれていない一年生の顔に、留三郎にも苦笑が浮かぶ。
「面倒な仕事だが……さっさとやっちまおうぜ」
「「はぁい」」
例によって例のごとく。四年の穴掘り小僧こと綾部喜八郎が大量の落とし穴をこさえた、という話が用具委員会に伝わってきたのはその日の昼過ぎのこと。
綾部が穴を掘るのはいつものことだが、今回はそれが狭い区域に集中して掘ったらしく。危なすぎて生徒が通れない、ということで急遽用具委員会が出動となったわけである。
危ないから人払いをしてあるというその場所に、嫌そうな一年生をなだめすかして向かうと、
「あれ………?」
人払い済みのはずの落とし穴大量発生地域に、いるはずがないのに人がいた。それも、井桁模様の忍び装束を着た、一年生が。
警戒した様子もなく、とことこ歩いてゆくその一歩先に目印のない落とし穴が仕掛けられているのを察し、
「―――あっ」
留三郎が慌てて声をかけようとするのと同時に、その子はこともなげに。
ひょい、と。
その穴を避けて歩き続けた。
予想外の出来事に伸ばした手もそのままに、留三郎と作兵衛は固まった。
だがその横の一年は組二人は、
「はにゃー、あれってもしかしてー?」
「あ、危ないよ、そこ綾部先輩の穴だらけなのー」
動かないでーと走りより、振り返ったの目の前で
「「うわぁあっ」」
二人とも穴に落ちた。
それを見た留三郎は、ゆっくりと目を覆った。
留三郎と作兵衛によって救出された二人はお礼もそこそこに、なぜ正座をさせられているのか分からない、と目を瞬かせるの前に立ち、
「駄目だよ、!」
「危なかったんだよー?こんなとこ来て」
「ここいまは綾部先輩が穴ぼこだらけにしちゃってるの」
「だって落ちちゃったかもしれないんだから」
注意しなきゃ駄目だよ、とさっき真っ先に落ちたお前達が言うなよと苦笑が漏れそうなことを大真面目で注意する二人に、はきょろ、と辺りを見回して、うん、とうなづいた。
「あるね」
「え?」
あっさりとうなづいたものだから、二人のお説教も驚きでぴたりと止んだ。
その二人の様子に不思議そうに、
「たくさんあるよ?落とし穴」
きょとんと瞬きを繰り返す姿に、ああやはり先ほどのは見間違いではなかったのか、と。
「さっきも落とし穴の直前で避けてたよな」
目印もないのによく分かったな、と。
その避けた穴にはまった喜三太の、えー?そうだったんですかぁー?と見上げてくる頭を一つ撫でる。
同じ一年なのにこうも違うものか。いいや、あれは穴掘り小僧綾部喜八郎の落とし穴。それも目印無し。
伊作もよくはまってるそれをこうもあっさり見抜いたこの子がすごいのか、と感心半分疑い半分に見る留三郎に、首を傾げていたは、これだけです、と言った。
これだけ?と聞き返す作兵衛に、これだけですと繰り返しうなづく。
「綾部先輩の落とし穴なら見慣れているので」
「ああ、作法委員だもんねぇ」
こくんともう一つうなづいた。
「よく、穴掘ってるとこ見せてくれる」
だから綾部作成の穴は目印がなくともなんとなく分かるようになったのだ、と。
言うの言葉にまだ疑問顔の一同に、見せた方が早いと踏鋤を借りると辺りを見回して二、三歩進んだ。
ひょろりとしているせいか、どうにも踏鋤に支えられている感がある。その踏鋤で、立ち止まった一歩先の地面をトンと突くと、
「「「わあっ」」」
ぼこっと地面が落ちて消えた。
顔を喜色に染めたは組の二人はすごいねぇと口々に。
「これならどこに埋める穴があるか探さなくていいねぇ」
「ね。それに、こうなってれば僕らにだって分かるから、埋めるときに隣の穴に転がり落ちることもないよ」
「ホントだ!」
「すごいね!」
「お前ら感心するところはそこか!?」
すごいや落ちずに埋めれる!とぼーっと見ていた平太も巻き込んで手を取り合ってくるくる回る一年生にいつものように留三郎が突っ込んだ。
一年トリオの安全確保のため穴を全部開けきってから埋め戻そうということになって。
踏鋤で辺りをトントンして回ることになったは、
ボコ 「わー、ホントすごいね」
ボコ 「えー、ここにもあったんだ?危なかったぁー」
ホントがいてくれてよかったと手放しで喜ぶ二人に、気まずそうに肩を揺らし、
「でも、あんまり役に立たない」
また一つ穴を開けつつそうこぼした。
なんで?すごいじゃない!と目を丸くする二人に、だって……とつぶやきつつ歩いたせいで注意力が削がれていたのか、
「あのね――――ぇ?」
ぐらりと突然傾いだ視界に瞬いた瞬間、
「うっわ、危ねー」
耳の側から聞こえてくる焦った声に、ぱちくりと瞬きを落とした。
それになんだか全身にぎゅうと圧迫感もある。
不思議に思ったが自分の周りを見てみると、なぜだか頬を引きつらせた作兵衛に抱え上げられていた。
いつも級友の迷子二人があちこちに行きそうになるたび紐を付けて抑えることに奮闘している作兵衛は、三年生のわりに力が強い。
たった二歳差ではあるががかなり痩身なこともあって、ものともせず軽々と抱え上げ、あっぶねぇなぁ、と眉を寄せた。
「目の前に体育委員会の塹壕があるだろうが」
ちゃんと見ろよと注意する作兵衛に、大人しく抱え上げられたままきょとんと目を剥くと、
「気付きませんでした」
「は?」
そう言った。
あれだけ巧妙に隠されていた落とし穴はあっさり分かるのに、隠されてもいない塹壕に気付かないだって?と思い切り眉をひそめ、いぶかしがる作兵衛の姿にこともなげに。
いつも見ているので綾部の穴は分かる、と。だから―――
「だから、他のは分かりません」
「…………」
あっけに取られたのと呆れたのが混ざった複雑な表情で固まる作兵衛。
抱え上げている作兵衛が固まってしまったので下ろしてもらえず、抱えられたままなせいでいつもより高いところにあるの顔を見上げ、
「全然分からないのー?」
「全然」
「ちっとも?」
「ちっとも」
「そっか、それじゃあ困るよねぇー」
うん、と。全然困ったように見えない顔でうなづくに留三郎はひっそりため息をついた。
が先に穴を一つ残らず開けてくれたおかげで、いつものように作業中に落ちて時間をロスしたりやる気をなくしたりすることなく。
予定よりずっと早くに面倒な作業が済んだおかげでご機嫌な用具委員御一同は、食堂のおばちゃんが『大変でしょう?これ皆には内緒ね』とこっそり用意してくれたお茶一式を持って中庭にいた。
もちろんも一緒だ。
車座になって座り、得しちゃったねと笑うしんべヱと喜三太にうなづきつつ手にしたまんじゅうにかぶりつく。
むぐむぐとそしゃくするその表情は二人のようには浮かれてなくて、一見嬉しそうには見えないが先の搾油の件のときにうながされて二つ目のまんじゅうに手を伸ばした時の目が嬉しそうだったのを覚えている留三郎には、がちゃんと喜んでいるのが分かる。
美味いか、と聞けばまんじゅうにかぶりついたまま小さな頭が上下して。
ほのぼのとした雰囲気が辺りに満ちていたが、不意に森の方からギンギーンという声が聞こえたことでそれは一変した。
食べかけのまんじゅうを手にしたままぴしりと固まったに、どうしたのかと覗き込むが身を固くして身じろがないからはなんの返答もない。
じっとなにもない空間を見つめて、なにかを注視しているかのようだ。
ややあって、先ほどより横に移動した辺りから少し大きくなったギンギーンという声がすると。再びビクッとしたは、
「お、おい?」
隣に座っていた留三郎の陰に隠れるように移動して身を小さくした。
さっきまで嬉しそうにしていたというのに。突然の代わりようにわけが分からず、どうしたんだ、と自分の後ろを見やった。
まるっきり怯えた小動物のような仕草に、は組の二人もきょとんと驚き顔だ。
どうしたのかと口々に覗き込むと、
「音が、したから」
まるで、聞こえるといけない、というようにいつも大きくない声を更に小さく。
「音って?」
「ギンギーン、って」
ぱちくりと一同の目が瞬いた。
そりゃあ確かにいまさっき潮江文次郎特有の声というか音というか、がしたけれど。
声だけで姿もまだ見せていないのにこの怯えっぷりはちょっと過剰反応じゃないか?と留三郎は首を傾げた。
文次郎によっぽど酷い目にあわされたんだろうか?でもあの可愛がりようでは、になにかしたら仙蔵が黙ってはいないだろう。
ここしばらく、文次郎が仙蔵に半殺しにされたという話は聞いていない。(半殺しまでいかない程度ならそれこそ日常的にある。今更誰も気にしない)
疑問に思っていると、
「庄左ヱ門が……」
「庄左ヱ門?」
なぜいまその名前がでてくるのだろうか?
は組二人も疑問に思ったのか、
「庄左ヱ門がどうしたの?」
「ギンギーン、って言う先輩見たら、」
「見たら?」
「『気を引かないようそうっと早々に逃げろ』って」
「…………」
ああ、哀れ文次郎。お前どこまで一年生に嫌われてんだよ。
思わず犬猿の仲の留三郎が同情してしまいそうになるアドバイスだった。
「潮江先輩に会っちゃダメなの?」
「十キロ算盤持たされるから」
一体どこの妖怪だ文次郎は。
赤いちゃんちゃんこ着せましょか、じゃねェんだから。
『知ってる?夜にギンギーンって音がどこからともなく聞こえてきて、なんの音だろうって立ち止まると、苦無二本をはちまきに挿した深い深い隈の男が、鍛錬が足りんわバカタレィって暗闇から走って追いかけてきて、捕まると十キロ算盤持たされちゃうんだって!!』
……………って都市伝説かよ。
思わず涙がにじみそうになる、が、なにかといっちゃ『十キロ算盤を持てィ!ランニングだ!』と叫ぶ馬鹿だから仕方ないのやもしれん。
あっさりと浮かびかけた涙を引っ込めた留三郎はちょっと考えて、
「?」
身体を横にずらす。
森側から完全に見えないように、自分の背に隠してかばった留三郎をきょとんと見上げる目を肩越しに振り返って苦笑した。
文次郎の常軌を逸した行動も、後輩を鍛えてやろうというヤツなりの厚意(相手にとってははなはだ迷惑なだけだが)なのだが……
もちろん、後輩がそれに怯えるならば優先するべきは断然後輩だ。
「大丈夫だ」
だからそれ早く食っちまいな、と手にしたままの半分残ったまんじゅうを指すと、身長差のせいで見上げる形になったまま口元にぱくんとまんじゅうを運ぶ。
警戒する小動物のような仕草が微笑ましくて。
つい手を伸ばして頭を撫でてやると、
「えへへー」
「えへへヘーー」
「…………」
同じ高さに頭があと三つ、同じように並んで。
笑う子供達に目を見張った後、両手で次々撫でてゆく。
きゃーと上がる喜声に気をよくして、
「作兵衛も撫でてやろうか」
「え、ええ!っお、俺はいいっすよ」
「遠慮するな。ほれ」
「いいいいい、いや、ホントいいっすって!勘弁して下さいっ」
逃げ惑う作兵衛を嬉々として追う留三郎とそれを笑って見ている三人。
そしてその三人に囲まれてきょとりとその光景を見ている。
ほのぼのとした時間が夕闇迫る空間にあった。
と、いうことで、70000Hitキリリクでした。
春宵遥様、リクエストありがとうございました。
さて、ご要望に沿えましたでしょうか……ドキドキ。
「搾油の時以来仲良くなった食満中心用具委員達との日常の1コマ オプション:存在感だけ文次郎」というリクエストでしたが……
いつも美味しいところはとられる食満、今回も若干作兵衛に持ってかれた感がありますが。
お気に召していただければ幸いです。
それでは、ご来訪ありがとうございました。
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