いつものように三人でお使いに出かけて、
いつものように怪しい人に出くわして、
いつものように好奇心に駆られて、
いつものように事件に足を突っ込んで。
「そんでもっていま、ここにいるわけです」
「何言ってんだ?乱太郎」
「うん、ここに至るまでの経過の説明をね」
幕間のひと 【序章】 いつだってトラブルと共に
地元の名士だという南蛸野矢郎(なんだこのやろう)だか、八手矢郎(やってやろう)だかとかいう名前の男の家の裏口近くの茂みに身を潜めて、乱太郎・きり丸・しんべエの三人はこれからの作戦を練っていた。
「で、だ。どうやって中に忍び込む?」
「禁宿に取り入る習いの術は?」
「厳粛に鶏炒り煮ならいいの術?」
「しんべエ、よだれよだれ。あれはダメだろ、時間がかかりすぎるぜ」
うーん、と三人頭を寄せ合ってみるが、これといったいい手が思いつかない。
やっぱり僕ら頭を使うことは苦手だねとしんべエと顔を合わせて苦笑いをしたとき、裏口の方をうかがっていたきり丸が何やら思いついたのか、そうだ、と叫んで町中に駆けていった。
しばらくして戻ってきた手には、なぜか大根。
「大根なんて持って、どうするの?きり丸」
「へっへー。ほらさっき野菜売りのおばさんが出入りしてただろ?まぁ見てなって」
そう言うときり丸は大根をかついで堂々と、ごめんくださーいと声をかけつつ中に入っていった。
「すみませーん、さっき母ちゃんが持ってきた大根、間違ってて中にスが入ってるやつなんすよー。なんで代わりの持ってきましたー」
「あれ、ほんと?あらやだ。ちょいと、さっきの大根持ってきとくれ!―――おせいさんとこの子?」
「子供はオレだけっす。こっちは近所の良い子AとBでーす」
乱太郎としんべエがにこーと笑ってピースをする。こんな時は連携がいいんだから、という苦虫を噛み潰したような土井の声が聞こえた気がした。
「あら?でもおせいさんにこんな大きな男の子、居るって話聞いたことあったかしら…?」
じろじろと、うかがうような眼差しできり丸を見やる。
怪しくなった雲行きにぎくんと身をこわばらせたところに、奥からざるに乗せた大根を持った三十前の下働きの女中が出てきて、困るのよねっと大きくため息を付いた。
「こないだも菜っ葉がしおれてたしさ。ごぼうなんざ、洗ってみたら途中でポッキリ折れてるし。母ちゃんに、ちゃんとしないと出入り禁止にするよって言っときな」
「ま、まあまあ、子供相手に何もそんなに目くじら立てなくったって…」
女中の剣幕に、さっきまでの疑っていた様子はどこへやら、同情した顔で、早く行きなとばかりに後ろ手を振ってよこした。
これ幸いと三人は、すいませんでしたと口々に言って門から外に出るふりをして裏庭に入り込む。
「で、どうする?」
「とりあえず、奥の間の方に行こうぜ。それにしてもずいぶんでっかい屋敷だなぁ。…こんな屋敷に本当にごろつきが出入りしてんのか?ちゃんと見たんだろうなぁ、しんべエ」
「ホントだよ!僕ちゃんと見たもん。さっき町で暴れてた男達だったよ。この家に入っていったの。近所をうかがってから入ったけど物取りに入る様子じゃなかったから…」
「人目を避けて出入りなんて、いかにも怪しい。…でも、なんでそんな男達を雇ってるんだろ?」
はた、と気付いて立ち止まる。
あまりに怪しい男達だったから付いてきてしまったけれど、やっていることは難癖付けて営業妨害する、ただの破落戸達だ。
「……『おうおう、ここで商売したかったら所場代出しな!』とか?」
「……お店をやめて、追い出したいんじゃないの?そりが合わないとか……」
いまいちぴんとこなくて首をひねっていると、
「ちょっと!そこで何してんだい!」
「「「わあっ」」」
背後から女の人の声がして、三人は飛び上がった。あわてて振り返ると、廊下に立っていたのはさっきの女中。
「なんだ、さっきのおせいさんとこの子か。なんでこんなところに居るんだい?」
「え、えっとー…」
「お、おっきい家だなーって思って!な、乱太郎!」
「う、うん。綺麗なお庭だなーって思ったので、もっと見てみたいな、って!ね、しんべエ!」
「そうです!まさかこっそり忍び込んで様子をうかがおうなんて…モガモガ」
「「わぁっ、しんべエ!!」」
あわててしんべエの口を押さえてえへへーと笑うと、いぶかしげにこちらを見ていたが、こんな子供にたいした理由もないだろうと思ってくれたのか、笑いながら手招くと、
「好奇心旺盛なのもいいけどね。あんまり人様の家を勝手に歩き回るもんじゃないよ。旦那様には言わないどいたげるから、ほら、これ食べたらお帰り」
そう言って、懐から紙に包んだ豆粉菓子を出して三人の手に乗せてくれた。
この間いらしたお客様の持ってきた余り物なんだけどね、と頭を撫でるその顔は、さっきと違って穏やかで優しい。
ふっくらとした頬と目尻にうっすらと浮かんだ笑いジワ。十年前はかなりの美人だったろう。
撫で終わりにぽんぽん、と頭を叩くと、よいしょとかけ声まじりに立ち上がり、暗くならないうちに帰んだよ、と言いおいて屋敷の中に入ってゆく。
上手くごまかせた、と乱太郎がほっと胸をなで下ろしていると、
「きりちゃん?きり丸―?」
「えっ、あ、なんだっけ?」
「いや、ちょっとぼうっとしてるみたいだったから……大丈夫?」
熱でもあるのかと伸ばされた手に慌てて、
「へーきへーき、ホントなんでもないんだ。ただ、ちょっとさ……」
「なぁに?」
「うん、……母ちゃんってあんな感じかなぁって、ふと思って」
そう言ったきり丸は少し寂しげで、少しだけ、嬉しそうだった。
「笑った顔が、なんかちょっと似ていた気がする。―――よく覚えてねェけど」
「………そっか」
ねぇねぇこのお菓子美味しいよ!と早速食べてしまったしんべエに二人して笑い、乱太郎も口に入れ、きり丸はそっと包んで懐に入れ、さらに奥へと忍び込む。
が。
「………なんにもないねぇ」
破落戸達も怪しげなものも、期待したようなものは何も出てこなかった。
「ここ、もう離れだよ?」
「おっかしいなー」
「ねぇ、ボクもうお腹すいちゃった。帰らない?」
「しんべエったら。もう少し頑張ってよ」
「もう、無理―」
諦めようよー。そう言ったしんべエに二人が答えようとするより前に、
「なにを諦めるんだ?」
「だからー、怪しい男達がなにしようとしているのか探っ…て……」
「ほほぅ」
そりゃ聞き捨てならねェな。
にやにや笑って言うのは、まさに三人が探していた男達。
いつの間に忍び寄ったのか、気がつけば数人の破落戸達に囲まれていた。
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