幕間のひと  【序章】 いつだってトラブルと共に




「誰に頼まれた。誰に言われて俺達を探っていた?」
「な、ななな、なんのことやらー!?」
「しらばっくれてんじゃねェぞ、ああ?子供だからって容赦はしねェ」

薄ら笑いを浮かべて詰め寄ってくる男達に、三人は背中合わせの円をじりじりと狭めてゆく。
ぐるりと囲まれ逃げ場もなくて、ついに男達の手が三人に届こうかというとき、

「何やってんのさ!」

叫んで走り寄ってきたのは先ほどの女中。
三人を背にかばうように男達との間に体をねじ込むと、きっと睨み上げ、

「あんた達、こんな小さい子相手になにしようってんだ」
「いや、俺達は不審な子供達が居たもんだから、追い出そうとしただけで、」
「……あたしにしてみりゃあんた達の方がよっぽど不審者に見えるんだけどねぇ。誰に断ってこの屋敷に入ってんのさ」
「おっ、俺達はちゃんとこの家の主人に呼ばれて入ったんだぞ、なぁ!」
「お、おう、そうだそうだ」
「嘘をつくんじゃないよ、旦那様があんた達みたいな破落戸を屋敷にお入れになるもんか。……さては物取りかなんかだね?」
「ば、馬鹿を言うな!」

風向きが怪しくなってきた。
人目に触れないようにと男達をこっそり屋敷に入れていたのが裏目に出たのか、下働きのものには男達のことが伝わってはいなかったらしい。
本当にこの家の主人に呼ばれたんだ、怪しいものじゃないんだと男達が言い繕うも、女中の疑いの眼は引かないばかりか、一層強いものとなる。
なにしろ男達は、身なりは汚らしく、体だけはがっちりとして、錆びた刀を不格好に下げるといういかにも『暴力を生業にしています』と言わんばかりの格好なのだから、当然と言えば当然だろう。
だがそんな女中の態度に次第に男達はいらだってきて。
説得を早々に諦めてどうにかしてしまおう、という雰囲気をありありと出してくる男達に三人は焦り、

(あーっ、誰か助けてー!山田先生ーっ、土井先生ーっ!)

こんなとき、いつもならどこからともなく駆けつけてきてくれる担任の先生を心の中で強く呼んだ。
すると、


「「待て!」」


まるでそれを待っていたかのようないいタイミングで颯爽と、

「何者だ!」
「忍術学園教師、一年は組実技担当、山田伝蔵だ!」
「同じく、教科担当、土井半助!」
「な、なにぃ!?」

塀の上に現れ、ポーズを決める。



「これでも食らえっ」

男達の一人が投げた小刀をさっと払うと、足音も軽く塀から飛び降りる。
見慣れた先生の姿に緊張の糸が切れたのか、

「せんせぇー」
「わぁっ、バカ!」
「しんべエ、ダメ!」

対峙する先生達と男達の間を駆けていこうとするしんべエを思わず怒鳴ってしまったのがまずかった。
びくっとしたしんべエはつい足を止めてしまった
ーーー男達の真ん前で。


「しんべエ!危ない!」

駆け寄ろうとした乱太郎の足がいくら速くても遠い、先生が引き寄せようにも手の届かない、最悪の位置に全員がその先の悪夢を思い浮かべ、怯えたしんべエがわっと頭を抱えてしゃがみ込んだその瞬間、

「ぐふっ」

と鈍い男の声。

いつまでたっても痛みがやってこないことに、おそるおそる腕の隙間から見上げると、

「………え?」

しんべエをかばうように立った女中が、体さばきも鮮やかに男のみぞおちに一発、肘を叩き込んでいた。
ずる、ずる、とゆっくり崩れ落ちる音だけが広がって。

「……て、てめぇ、ただの女中じゃねェな、何者だ!?」

一番先に我にかえった破落戸が抜き放った刀を向けた先。
たたずむ女中はぐっと己の着物の合わせ目をつかんだかと思うと、バッ、とそれを取り払った。


ひるがえる鶯茶の着物。
その向こうに見えたのは、色は違えどもいつも自分たちも着ている、そしてその色だって日々目にしている、とても見覚えのある―――忍び装束。

それを着ている、さっきまで女中の姿をしていたとは到底思えない、十以上も若返った少年は、鋭さの目立つ瞳でキッと男達を見据えて名乗った。



「忍術学園五年い組、だ!」

と。




!?」

なんでお前がここに!?という慌てた土井の声をあっさり無視して、へたり込んだままのしんべエの後衿に手をかけたかと思うと、

「ぇえええっ」

ポーイ、と。後ろ手に投げてよこした。
あわてて駆け寄った乱太郎ときり丸がちゃんと下敷きになったのを横目で見つつ、近くの男に回し蹴りを叩き込む。
先生二人とによって男達はばったばったと小気味よいほどにあっさりと倒されてゆき、

「ほら、何もがいてるんだ、今のうちにここを出るぞ」

ようやくしんべエの下から抜け出したときには男達は全員地面に倒れ伏していた。
そして気付けばもいない。

「あの、先生、」
「ほら、ぐずぐずするな、急げ」

彼はどうしたのかと聞きたかったが、あまりに急かすものだからとりあえずは屋敷を出て、





「―――もう平気だろう」

しばらく走った帰り道の街道沿いで、

「いつの間に来たんですか?」
「なんで分かったんですか?」
「実はエスパーっすか?」

口々に問いかける三人にため息をこぼして、

「お前達の帰りが遅かったからな。また何かに巻き込まれて…もとい、首を突っ込んでるんじゃないかと心配してきてみれば……」
「案の定これだ。お前達には学習能力というものはないのか」

えへヘーと笑ったきり丸が、でも助かりましたというのを、その頭を一つ小突いて、

「しかし、事情が分からなかったから手加減をせざるをえなかった」

とうの主人もあの場にはいなかったし、今頃追っ手をかけられているかもしれないから早く学園に帰ろう。
土井がそう言って三人の背中を押したとき、

「大丈夫ですよ」

声とともに横道から現れたのは、薄浅葱の着物の似合う、優しげな顔立ちの二十二、三の女性。
旅支度の女性はとことこと近寄ると、

「主人には違う特徴を告げておきましたし、かなり引っ掻き回してきましたから、追っ手がこちらに向かうのはまだまだ先でしょう。その頃にはもう、帰れていますよ」
か」
「はい」

にっこりと笑って答えた女性に、三人はぽかんと口を開けて、あっけに取られた。
なに間抜けな顔をしてるんだお前達、と山田に笑われて最初に我に返ったのは、乱太郎。

「え、だ、だ、だ、だって、さっきと年が違いますよ、顔だって!」

こくこくと声もなくうなずく子供達に、なにを言っとるかと呆れて、

「変装の術に決まってるだろう。お前達はなにを勉強しとるんだ」
「だ、だって山田先生!さっきの人って実は先輩で、男の人なんですよね!?」
「上手く化ければ男だってちゃんと女に見えるというものだ、例えば私のように」

うふん、と忍び装束のまましなを作る山田に思わずうえっと吐きそうな顔をしたらげんこつが落ちてきた。
その一部始終をにこにこと笑って見ている女性は、到底男だとか、さっきの女中と同一人物だとか思えなくて。
なにしろ、山田の女装ほどではないが土井の女装のときに感じるガタイの良さだとか、利吉の女装のときの鋭さだといった、どこか隠しきれないわずかな違和感さえも感じさせないものだから。
先生達はこう言うけれどなんかの冗談なのではないのかと疑う三人の前で、

「あの屋敷には授業でか?」
「はい、長期の潜入実習で。不審な動きの元を探ってこい、というものだったんですが、目的も果たしましたしさてどうお暇しましょうと考えているときにちょうど皆さんがいらしたものですから」

ついでにくっついて出てきてしまいました。
そう言って悪戯っぽく笑う姿は、さっきの恰幅の良い女中の面影もない。
今はどちらかというと、土井の隣に並んでちょうど良いくらいの年頃だ。
そう思ってみると、酷くバランスがよく見えてくる。
……土井の服がもう少し、薄汚れていなければもっと良かったのだろうけれど。

「男ばかりでぞろぞろ歩いているよりかは、一人でも女が混ざっていた方が眼に止まりにくいかと思いまして」

そう言うと、まだ信じられないが先輩だというその人は、ぽかんとしたままの三人に白い手を伸ばし、にっこりと綺麗に笑った。


「さぁ、忍術学園に帰りましょ」





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