幸いなるかな、勘違い
〜予算会議に情けと容赦は禁物です。 5〜
「それにしても……」
ずる、と蜂蜜をすすった五年生唯一の生存者、久々知は、
「お前達、よく熊が来るなんて分かったな」
おかげで逃げられたけど、というのに顔をあげた三木ヱ門は、ああ、とその顔を歪ませた。
「分かりますよ。………前にも一度ありましたから」
「…………」
思わずこっちも微妙な顔になった。
「前の時はなんだったっけ。うちの組のやつだよね、難癖付けられたのが原因だっけ?」
「前々からなにかとあっちゃちくちくと、嫌味と蔑みと軽視取り混ぜて絡んでくるからうちもは組もいいかげん辟易してたが、」
「ああ、思い出した。合同実習のときに、お前らが足引っ張るから失格になったんだとかぶちあげたんだっけ。元はといえば自分が作戦無視して突っ走ったのが原因なのにね」
「あげく、さっさと学園を辞めてしまえ、なんだったら退学届書いてやろうかと笑うもんだからこっちもキレて、一触即発って状態になったところに……」
ひく、と引きつった口元。
ああ、事態の先が読めた、と聞いていた一同も同じように口元を引きつらせた。
「……………あれは酷かった…」
ずぞっと蜂蜜をすする、背中を丸めて影を背負おう滝夜叉丸に、
「滝夜叉丸は盛大に巻き込まれてたからね」
ああ、と綾部がうなずく。
「立ち位置が悪かったんだよ。ついてなかったね」
「お前も同じ組なのになんでお前は巻き込まれないんだ、無傷だったろう!?いつだっていつだって、私ばかり……っ」
「私はの側にいたもの」
しれっと返ってきた答えに滂沱の涙をこぼす。
乱太郎始め不運が代名詞の保健委員は他人事ではなく感じられて、共にそっと涙を拭った。
そんな光景に当事者は、
「滝って実は、保健委員でもおかしくないのでは?ってくらいたまに運が悪いよね」
それら全ては誰のせいだと思っている、というようなことを笑顔で告げるに更なる涙がこぼれ落ちた。
「まぁ、あれのおかげでだいぶ空気が良くなったよね」
あれ以降馬鹿げた諍いを起こすやつがいないし。なにしろ辞めちゃったから、と乏しい表情の中にも喜色を浮かべる綾部はなにげに酷い。
「でもあれで実習中に不用意に動物を呼んではいけない、と怒られてしまったのは痛かったなぁ」
「あれはねー」
しょぼんと肩を落とすに、ああそれでもこんなところは年相応に可愛らしい、とようやく微笑ましさに頬を緩めた。
一つとはいえ年下で、そうは見えないけれど女の子で、突拍子もない言動もとるが基本的には礼儀正しく、先輩を立て、人当たりの柔らかく穏やかなは久々知の中では可愛い後輩の分類に入る。
一癖も二癖もあるというか有りすぎる、押しの強い後輩が多い中でこういう存在は希有だ。たとえそれが有事には熊をけしかける人物であったとしても。
(人間誰しも、なにか一つくらいは欠点が有るものだし)
その最たる人物を友人に持つ少年は、そう落ち込むことはないさと笑っての頭を撫でた。
もしここで三木ヱ門が人の頭の中をのぞく術を持っていたならばきっと、いえ一つどころじゃないんですと猛抗議をしたことだろうが幸いなことにそんな人外の術を持つ者はこの場にはおらず。
なんとなく流れたまったりとした空気だったが、それを打ち砕いたのもまた、その少女だった。
「でも、授業でも動物を好きに使えたならもっと楽だったろう課題がたくさんあるんです」
「その分、他で頑張ればいいさ」
「私の唯一の取り柄だったのに……」
「他にも出来ることがないか自分を見つめ直すための良いきっかけをもらったんだと思えばいい」
「いつだって皆のお荷物なんです。だからいつも、お前は後方支援でいいいと下げられて、前線には決して出させてもらえない」
「それはきっと、その役割の方が向いていると皆が思っただけだろう」
実力を過信しない謙虚な心がけなところも好ましいなぁとしょんぼりしたの頭を笑って撫でていた久々知は、だから気付かなかった。滝夜叉丸が、綾部が、そして誰より三木ヱ門が、その会話に盛大に顔を歪めていることに。
もし表情から心情を読み取るのに長けている者がいたら気付いたろう。
彼らはそろって、『そうじゃあない』と言いたい、ということに。
しばらく黙って撫でられていただったが、やっぱりお荷物だとしか思えませんよと小さくため息をこぼした。
「そんなことはないさ」
「だって―――」
だって、ともう一つため息。
「そうすれば野外模擬戦の実習なんて四半刻とたたずに終わるのに……」
ちなみに。四半刻=現代時間で三十分。
通常半日か一日、場合によっては二日、三日にまたがって行われる実習を、四半刻?
ぴっしと固まる久々知をよそに、そうしたらあれだってこれだってと指折り並べ上げていく。
陣全体の把握なら空から鷹やハヤブサに頼んで。
警戒線はリスやウサギといった小動物に頼めばこちらが気付いたことも悟られにくいし。
尾行は狼に臭いを追わせれば気配を察知される距離の外から見張ることも可能。
いざという時の中央突破はイノシシの一団と共に。
最後の手段は熊も狼もイノシシも鹿も動物総出で一斉強襲。
しかしながら自力のみで出来ることはほんと微々たることで、と嘆くに彼女の友人達は深いため息をつき、後輩達は彼女が某六年生のように好戦的な性格じゃなくてよかったと複雑な思いながら胸を撫で下ろし、それだけのことが出来ればほぼ敵無しなんじゃないかと能力の与える影響を正しく読み取った先輩は全てを一蹴出来る見かけは華奢な後輩の真実の姿に口元を引きつらせた。
しかしながらさすが五年生。神経の太さでそうそう負けたりはしない。
個性の強すぎる人物と事件に日々かちあたる忍術学園に一年長くいる人物は立ち直りも早かった。
「しかしそれはほら―――あれだ、体質であって忍術じゃないじゃないか」
その言葉にはっと雷鳴を受けたような衝撃が貫いた。
確かにここは忍術学園、『忍術を』学ぶ場所だというのにこれでは体質は鍛えられても忍術はからきしではないか!
ようやく―――四年も通いながら―――それに気付いたは気付かせてくれた久々知の手をしっかと握り目をきらめかせた。
「ああ、そうですね、そうでしたね。楽して且つ役に立とうだなんて間違っていました」
「そうか、分かってくれたか」
「はい。私、心を一新して忍術に励みます!隠遁の術とか隠遁の術とか、隠遁の術とか!」
「うん、頑張れ!」
きらきらきら。
周囲に星を飛ばして手を握り合う、一見常識人のようでいて大きくそこから逸脱している二人に。
疲れたような声が地面間近から投げかけられた。
「……うん君達、頑張るのは分かったからそろそろ新野先生呼んできてくれないかなぁ…?」
「「あ、」」
なにげに、森の中では無敵(笑)
実習のたびにが後方に下げられるのは決して彼女が頼りないからではなく、
前線に出た彼女になにかあって森の動物が怒り狂ったら自分達の身が危ない、と
皆が思っているからです。
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