ツキノワグマ:
哺乳綱食肉目クマ科クマ属。特定動物。体長1.1〜1.6m、体重65〜150kg。本州・四国の山地の森林に広く分布する。
胸の白い毛が月の輪に見えることが名の由来。大きさは様々で無い固体もあり、別種にも見られることから本種固有の特徴ではない。
木登りが得意。雑食で、果実・木の実や虫を好み、魚なども食べるが機会があれば肉も食べる。死亡した鹿の肉を食べていたとの目撃例あり。
山道でばったり出くわしたら決して背を向けることなく、向き合ったまま、そろりそろりと慎重且つ速やかに後退すべし。
慎重且つ速やかに、後退すべし。
―――だけれど向こうから向かってきた場合はどうしたらいいんですか先生。
幸いなるかな、勘違い
〜予算会議に情けと容赦は禁物です。 4〜
咆哮、としか形容のしようがない雄叫びを上げて森から姿を現した個体に、誰しもが固まった。あまりに突然の襲来に恐怖より驚きが先立つ。
目玉がこぼれ落ちんばかりに見開く一同をよそに、四年生達だけは嫌々ながらもそれを横目でうかがい、ああ、と溜息を漏らす。
「後ろに徳次郎もいるよ」
「……よっぽど腹に据えかねたんだな」
「あれが大五郎?僕が想像してたより小さいなぁ」
「駄目ですよタカ丸さん、侮ると痛い目を見ますよ」
滝夜叉丸のように。
告げた言葉に滝夜叉丸の顔色がいっそう悪くなる。
一体過去に何があったというのだろう。聞きたいけど聞きたくなかった。
「な、なななななっ」
なんだあれは!?と聞こうとして失敗した久々知に三木ヱ門が同情のまなざしを向け、
「ツキノワグマの、大五郎と徳次郎です……………いわく、お友達、だそうで……」
なんて嫌なお友達だろうか。
だが確かに信頼関係というか友好関係というか、某かのものはあるらしく、グルグルと威嚇のうなり声を上げる二頭だがその矛先がに向けられることはない。
臨戦態勢完了、といった二頭を背後ににこにこと笑うの表情は一種異様で、広場に取り残された上級生達は蛇に睨まれたカエルのごとく動けないでいる。ときおりパシリパシリと落ちる瞬きは現状をまだ上手く理解出来ていないためだろうか。
確かに竹谷に、動物ともの凄く仲良くなれる体質の後輩がいるんだという話は聞いたことがあったけれど、それにしたって、
「雄熊なんて、」
「あ、大五郎と徳次郎は雌熊です」
「……………」
じゃあなぜそんな名前、と一同は微妙な表情を浮かべた。
「なあおい、あいつはこのあとどうするつもりなんだ?」
熊なんて呼んで、と土壁からわずかに顔を出して向こうをうかがう久々知の質問に、
「「「「そりゃあ………」」」」
あはは、と。
「なんなんだその微妙な笑いはっ!?」
すいっと目を盛大に泳がせる四人に思わず声を上げた。
「まぁ…………まぁ…でもいわく比較的大人しい種類の熊ですから……」
思いっきり目をそらしながらのことではあったが三木ヱ門の言葉にホッとして、
「なんだ、大人しいのか」
「『いわく』『比較的』大人しい、熊、です」
「…………」
カッと目を見開き、一言ずつ区切って言われてごくりと息を飲んだ。
だいたいねぇ、と誰にでもなくつぶやいた綾部の声もどこか投げやりだ。
「その比較対象がヒグマって時点で全てが間違ってる気がするんだけど」
「………」
ヒグマ:
体長1.9〜3.5m、体重250〜600kg。クマ科では最大の体長を誇る。また、日本に生息する陸棲哺乳類でも最大の種。
襲撃時は時速数十キロで走って襲ってくる。雑食だが肉食傾向も強く、人間も対象内。小規模な天災ばりの死者を出した事件もあり。
「………」
しんっと黙り込んだ一同が、ギギギィッと音がしそうなほど緩慢な動作で振り返るのをまるで待っていたかのようなタイミングで。
にっこりと華がほころぶように笑ったは。
白い小さな指で騒動の原因、上級生の一団を指差し。
柔らかな声で不釣り合いな死刑宣告を、下した。
「大五郎、徳次郎。先輩方は体力が有り余って仕方がないようだから―――」
「遊んでさしあげて?」
「しんべヱ、もうちょっといる?」
「わーい、ありがとうございますー」
「金吾は?」
「えっ?あ、いえ……」
「そう?久々知先輩はどうですか?」
「あ、ああ、いや………俺ももういいかな…」
「そうですか」
欲しかったら言って下さいねぇ。
にこにこにっこり、と。
気の抜ける緩みきった笑顔を浮かべる一見少年のような少女を前にして、皆はなんでこんなことになったんだっけとまるでずっと以前のことのよう(だと思いたい)な過去に思いを馳せながら、手の中のものにかぶりついた。
てろりとした独特の粘性の感触と共に広がる強烈な甘味。微かな芳香。
思わず頬が緩むのを抑えきれない。現金なものだと思うが、誰しも甘味の前にはあらがえないのだ。
なにしろ甘味は高級品、仕送りでやりくりしている身では茶屋の団子やまんじゅうもたまにしかありつけない。おばちゃん特製のお菓子だって奪い合い必至。たまに誰かの土産や先輩のおごりにありつけた時など喜色満面。
だから仕方ない仕方ないと自分をごまかしてもう一口。
のどを焼く、熱い湯が一杯欲しくなるその強烈な甘味は、蜂蜜。半透明の巣をぱっきり割ると溢れ出る金色が眩しい。
蜂に刺される危険を伴うためかなり貴重なそれを提供してくれたのは目の前でにこにこ笑う………ではなく、彼女が椅子替わりにちょこんと腰掛けている二頭の熊。
そう、熊。
………確かに熊は蜂蜜が好物だと聞いたことはあるけれど。
あのあと、の命令に従って先輩達と思いっきり遊んで(熊の主観的に)あげた二頭は、いまはもうあの惨劇が嘘だったかのように大人しい。
背中を丸めて小さくなり子供達に紛れ込む様子は可愛いと言えなくもない。もっともさっきの光景を見てしまった一同にとっては可愛さより再び暴れださないかとドキドキなのだけれど。
それくらいあれは傍目にも恐ろしかった。
考えてもみてほしい。相撲取り並みの体重と牙と鋭い爪を持つものが全速力で迫ってくる様を。
木の上に逃げれば折らんばかりの勢いで登ってこられ。
一頭から逃げたと思えば一頭が目の前に。
気が高ぶっているためか爆音にもひるむことなく。
その恐怖たるや推して知るべし。
いつもは冷静な仙蔵が慌てふためいて逃げ惑うのを見て、
ああ、そういえば熊は火を怖がらないらしいしね。
ぽつりとつぶやいた三治郎に、兵太夫は尊敬する先輩の一大事からそっと目を背けた。心の中で小さく手を合わせて。
成仏して下さい、立花先輩。
勝手に殺すな、といういつもの突っ込みがないのが先輩達が焦っているなによりの証拠。
そして抵抗空しく、力尽きた者達が向こうに屍累々と倒れているわけなんだけれども。
遊んだだけだから引っ掻いたり噛み付いたり怪我はさせてないよ、と一部始終を笑って過ごしたに一同は改めて認識を新たにした。
この人だけは敵に回しちゃいけない。
蜂蜜って美味しいよね。
煮出した濃いめのチャイ風ミルクティーにトチ蜜をいれるのが子荻は好きです。
原作でも書かれていましたけど、砂糖は高級品のようなので。
ちょっと長くなったので途中で切りました。
長くなるのはいつものことです。
そろそろ諦めが肝心と悟りました。
きっと三木ヱ門もいろいろ悟りを開いたんだろうなぁ。
いや、よくにガミガミいってるからまだ諦めきれてないのか?
拙宅の三木ヱ門は苦労人です。(笑)
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