実は乱太郎・きり丸・しんべエの三人は、矢郎の屋敷からの帰り道のことをよく覚えてはいない。
ぼけっとしながらもいつものように、月は沈んで星影も無し、と歌いながら歩いたら、一緒に歌ってくれた先輩の声が高くて柔らかい声だったのでやっぱりあれは夢か幻だったのではないかと思っているうちに学園に着いてしまって。
助けてもらったお礼を言っていなかったことに気付いたのはお風呂にも入ってさあ寝ようかと布団をひいている真っ最中で。
まあでも、学園の生徒ならすぐに会えるから明日でもいいよね?と思ったのが、まずかった。



幕間のひと  【壱章】 誰ぞ彼




「ねぇきり丸、いた?」
「いいや」
「えーなんで見つからないのー?」


初日は、食堂行けば会えるだろうと、食事のたびにきょろきょろと周りを見回してみたけれど見つからなかった。
次の日は、休み時間に五年生の教室の前の廊下をうろついてみたり、演習場に行ってみたりしたけれどそれらしい人には出会えなかった。
そして三日目。駄目元であちこち走り回ってみたけど、やはり見つからず。

「五年生じゃなかったのかな…」
「いや、五年生って言ってたって。装束の色もそうだったろ?」
「私、よく見てない」
「五年い組って名乗ったよ」
「え?ろ組じゃなかった?」
「ろ組?いや、たしかい組だったような…気が……」
「きりちゃんそこで自信失わないでよ」

日とともに記憶とは曖昧になってゆくもの。
髪は長かったはず うん黒かった え?黒かった?とどんどん三人の意見も合わなくなってきて。
このままじゃ本当に見つからないかも!?と焦りだしたとき、

「あ!」
「どうしたのきり丸、大きな声出して」
「見ろ、天の助けだ!」

夕食をとりに食堂に向かうらしい雷蔵と三郎の姿を見つけて、三人は嬉々として走り寄った。
そうだそうだ、こんな良い手、なんで思いつかなかったんだろう!

「「「雷蔵先輩、鉢屋先輩っ」」」
「うわっ」
「と、どうしたの、そんなに慌てて?」

勢い良く体当たりをかますと、眼を輝かせて、

「先輩っ、実は私たち、かくかくしかじか、まるまるなるほど、で……」
「うんうん、」
「…これで伝わるんだから凄いよなぁ…」



この間の休みに町にお使いにいったこと、
そこで怪しい男をつけて忍び込んだ屋敷で見つかってしまったこと、
そしたらそこに偶然潜入していた先輩に助けられたこと、
その人にお礼を言いたいのだけれどなぜか見つからないこと、を口々に伝えた。

「五年生だったと思うんです。だから、先輩達なら知っているんじゃないかと思って…」

そう言ってしょんぼりした三人に雷蔵は優しく、大丈夫すぐ見つかるよ、で、その人の名前は?と聞いた。

「たしか…先輩とおっしゃられたかと…」
「「………え?」」

おぼろげながら口にした名に、なぜか雷蔵も三郎も固まった。
ですから、先輩とおっしゃったかと思うんです。ご存じないですか?私たちどうしてか見つけられなくて。
そうもう一度言った乱太郎に、

「ええっと…その、もしかしてにあったときって…その、」
「はい」
「っていうか………どっちだった?」
「はい?」

ああ、なんて言ったら分かりやすいかな、と生来の迷い癖を発揮しそうな気配を察し、横から三郎がさっと、

「そのどこぞの屋敷で潜入中のあいつに会ったときって、あいつ男だった?女だった?」

三人は顔を見合わせ、

「えっと……女の人でした。帰りも、最初とは違ったけど女の人でした。でも私達、ちゃんと先生に聞いて、それは変装でちゃんと男の人なんだって知ってますよ?」

まだあんまり信じられないけれど、と一応付け足して首をかしげた三人に、雷蔵は困ったような笑顔を浮かべ、

「ああ、いや……あーそっか、うん、じゃあ分からないのは仕方ないよ」

と言った。
あっちに先に会ったんじゃあなぁ、ギャップが大きすぎるもんねと言った雷蔵に、先にこっちに会ったって同じことだろうよと三郎が突っ込み、わけの分からないままの三人に手招きをした。

「ついておいで。に会わせてやるよ」
「本当ですか!?」
「うん、今ならちょうど食堂にいるよ。僕達も行くところだったんだ」

一緒に行こう、という雷蔵達について食堂へ向かう。




ようやっとお礼が言える!ウキウキと跳ねる足を押さえてついてゆくと、雷蔵は食堂に入ったところで立ち止まり、半分ほど埋まった室内をぐるりと見回すと顔をほころばせ、ちょっと膝を曲げて三人と視線の高さを合わせるようにして、一つの机を指差した。

「あれだよ。分かる?」

その指の先を見ると、席に座って食事の最中の人が三人。そのうち二人には面識があった。
残りの一人、手前に座っている人の姿をじっと見つめてみる。

……髪の色は、同じような気がする。
若干斜めになって顔はよく見えないが、見える限りで言うならば……どう見ても、男の人だ。
あの日の面影は全く見られない。
本当にあの人ですか?とうかがうように傍らの先輩達を見上げると、雷蔵は優しく、三郎はニヤニヤと楽しそうに、笑って背中を押されたので、三人は何か嫌な予感がすると思いつつも机に近づいて、

「あの…………、先輩?」

勇気を出して声をかけると、その人は振り返り、乱太郎達を見るとちょっと眼を見開いて、あれっこの前の三人組だ、と言った。



……………おそらく。


なにしろ、口に物を含んだままだったので三人には、ふぐふぐ、むぐぐ、としか聞こえなかったのだけれど。




「「「………」」」

雷蔵に、飲み込んでから話しなよ、と叱られたその先輩は、口の中のものを噛み砕くついでに漬け物をもう一切れ口に放り込んで、全てを飲み込んでから改めて口を開いた。

「おう、こないだのちびどもじゃねーか。どうした?」
「ええっと………先輩…ですか?」
「そーだけど?」

なんか用?と、その会話の合間にも、おかずの皿にこっそり手を伸ばそうとする三郎の手をペチンとひっぱたきつつ、煮物を口に放り込んだ先輩をまじまじと見る。

「……なんだ?」

顔の造作は整っている、と思う。派手な顔立ちではないが、綺麗な部類だ。
手足だってよく見ると細くて白い。男女の判別を容易にする喉仏も、有ると思って見なければ分からないほどで。
肩幅や胸板の厚みだって、向かいに座った久々知や隣の竹谷と比べれば貧弱だ。

だけど、それでも、どう見たって―――


「…………男の人にしか見えない…」

「男だからな」



何言ってんだお前ら、と言いたげなと、爆笑している三郎と、困った顔で笑っている雷蔵と、口元が引きつっている竹谷と、何事もなかったように食べ続けている久々知を前に三人は、いつまでもいつまでも、呆然としていた。





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