幕間のひと 【壱章】 誰ぞ彼
呆然と突っ立ちながらもしんべエの腹がギュル、と鳴った音を聞きつけ、なんだよまだ飯食ってねーのか?ならここで食ってくか?と自分のお盆を寄せて机を叩いてくれたに、三人はハッとして、はい!とうなづくと慌ててカウンターに走りよった。
同じく食事がまだだった雷蔵・三郎と共にお盆を抱えて戻ると既に席が空けられていて、元々6人がけの机に小柄な一年生三人を含むとはいえ、八人が一緒につくのはキツく、机の短い辺に移るはめになった竹谷にすみませんと頭を下げれば、気にすんなと笑顔で返されて。
先輩達の隙間に、滑り込むように席に着く。
お盆もぶつかりそうな、ぎゅうぎゅうに狭いながらも乱太郎達は嬉しかった。
食事は同じ食堂でとっていても、授業時間やお風呂の関係もあるしでいつも同じ学年の子達としか食べていなくて。
先輩達と、特に委員会も違う先輩と一緒に食事をとることはとても少ないので、それは純粋に嬉しい。
席に着いて、ちょっと浮かれた気分が落ち着くと、三人の眼はに釘付けになった。
箸を口元に運ぶことも忘れ、じいっと見つめてくるあからさまな視線にさすがに居心地が悪くなったのか、
「……なんだ?」
眉を少しひそめ、いぶかしげに見下ろすその顔、仕草は何度見ても、何度見ても、
「………やっぱり男の人だ…」
「だあっから、お前らなー……」
素の本人を目の前にしても一番最初に会った日の印象が拭いきれない三人―――特に、女中に母の面影を感じていたきり丸には、どうにも、が男に見えるということに違和感を感じる…というか有り体に言うと納得がいかないようで。
それを見て、
「の女装は上手だからね」
仕方ないよ、と横から雷蔵が助け舟を出してくれた。
「上手いっていうか、あれはもう女にしか見えないだろ」
と竹谷も言った。が、なぜかその顔は苦虫を噛んだようにしかめられている。
そんな竹谷を三郎が、
「ハチは俺達が何度教えてやってもずーっと、『いや、そんなはずない』って信じてなかったもんな」
「…………詐欺だっ」
顔を歪ませ机に突っ伏した竹谷の頭を行儀悪く、箸の先でちょいちょいと指して、
「こいつがあんまりにも、信じられん、みんなで俺をだましてるんだろうって言うもんだから、わざわざ目の前で女装の一部始終を見せてやったんだぞ、俺は」
「見たよ。分かったよ。でもそれでも俺はまだ納得がいかねェんだよ……」
ちらり、と傍らのを見上げ、あーっ、あの美女がこれ!?と叫んだ竹谷に、これとは失礼な、とむっとしたが空になったお椀を持った手を一扇。
カコーン、といい音とともに竹谷は再び倒れふした。
「でも、疑いたくなる気持ちは分からないでもないよね」
「雷蔵、お前もか」
「だって、普段とあまりに違うからさ。僕だってたまにだって分かってたはずなのに、本当?って思うこと有るよ」
ね、兵助も有るよね?と聞かれ、周囲のざわめきも何のその、平然と食事を続けていた久々知は一言、
「慣れた」
と。
「雷蔵が三郎の変装にいまさら驚かないのと一緒だ」
「あー、なるほど」
「でも三郎は四六時中変装を繰り返しているけど、は違うでしょ?」
「………長屋が同室だとな、」
と箸を止め、なぜか視線は遠くへ。
「部屋に戻ったら村娘だの町娘だの武家の娘だ姫君だのが、舞ったり笛吹いたり花を生けては歌を詠み、あるいは明かりを灯しながら振り返って、『あら、遅かったのね。委員会でもあったの?』とか笑顔で聞かれる日が月に十日もあってみろ。いやでも慣れるさ…」
そう言った久々知に、その場にいた人々は心の中でそっと合掌した。
その様子には不満げに膨れ、
「失礼な。研究熱心だと言ってほしいね。ほら、どこぞの先輩も言ってんだろうが、日々の鍛錬を怠るな、ギンギーン、とかなんとか」
「それどこぞのじゃなくて明らかに某委員長だよね、隠す気無いよね、皆無だよね!?」
「それに俺だって気を使ってんだぜ。豆腐と勉学に明け暮れて季節感のない兵助にせめてもの風流を、と思って季節の移ろいにあわせて衣を替え、扇を替え、花を替え、舞を替えていろいろ演出してやってるってのに」
「あ、そうだったんだ?」
「おうよ。ま、お前の教養の授業での成績の一部は俺のおかげであると言っても過言ではないと思うほどには、いろいろやってんだぜ。わりと大変なんだからもっとありがたがれ」
「ヘーそりゃありがとう。あ、そういや春に夜桜で舞ってたときのやつは良かった」
「檜扇のときのか?じゃあまた来年やってやるよ」
楽しみにしてるな、任せとけ、とほのぼのしだした二人に呆れつつ、
「あー…それにしてもの女装はホント上手だよね」
これだけは三郎もかなわないし、と言ったのに三人が反応して口々に、変装の名人の鉢屋先輩なのに?と騒ぎだした。
信じられない、と素直に浮かべた顔達に三郎は冷静に首をすくめ、仕方ないさ、と言った。
「顔だけならむしろ完璧に作れるんだけどな。さすがに体格だの仕草だのの違和感はごまかしきれないさ。ま、高学年になってくれば多かれ少なかれ、みんなそうだ。一番違和感なく女装が出来るのはお前らくらいの頃だよ。上級生で女装を難なく出来るやつは実のところ、凄く少ない」
雷蔵も、こうして忍び装束だと分かり辛いかもしれないけれどね、と笑って、
「僕より三郎の方が体格がいいんだよ。そのせいもあって、三郎が女装するとこう…顔と釣り合いが取れてないというか……うん、違和感が大きいんだよね」
「三郎の場合は、体格がどうだとか言う前にしとやかさが足りねェんだよ」
「…………それを、今のお前だけには言われたくないぞ」
半眼でを見やる。
しとやかさ、を問題としてあげた人物は大口を開けて茶碗からご飯をかき込んでいた。
米粒が二つ、口の端に並んでくっついているのも気に止めず、かっかっと茶碗と箸の立てる音も軽やかに。
全てを口の中に流し込むと、パアン、と両手を合わせて、ごっそーさんでしたっと!、と笑う。
「………これで深窓の姫君にも化けるんだから、不思議だよなぁ……」
そうつぶやいた三郎の隣。
きり丸は、
「ああっ、俺の夢が音を立てて崩れてゆくっっ」
と頭を抱えて叫んだ。
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