その人ってどんな人?

と聞かれれば、富松作兵衛はまず、さばさばした人と答える。
そんなところは彼と同年の生物委員長代理に似ている。
次いで、真面目で真っすぐな人と答える。
そんなところは、自分たちのところの委員長に少し似ている。

あまり深く踏み込んでみたことはない。
なので、詳しい人となりは知らない。
それでも多少は分かっているつもりでいる。
そして、それだけ知っていれば、そう判断するのにはもう十分だと思う。
だから作兵衛は、その話を切って捨てた。

まさに、笑止。

「んなわけねぇだろ」




幕間のひと  【弐章】 今日から迷子





きゃっきゃ、きゃっきゃと一年生たちが騒ぐ声を聞きつけて、作兵衛は深くため息をついた。
遊ぶなよ、真面目にやれよと言いおいたのはついさっきのことだというのに。
また注意してやらないと、作業は進まないし怪我でもされたらことだ。

俺が言わねぇと食満先輩はキツく言うことなんてしないんだから、と思い、修理の終わった桶を戻しがてら用具倉庫の正面に向かえば、案の定手裏剣の整理をしていたはずの手はすっかり止まって話し込んでいる、喜三太と平太の姿が。
しんべエの姿がないが、渡した箱が一つ少なくなっているところをみると、終わった分を先輩に見てもらいにでも行ったのか。
この間も、手裏剣をあつかっているときは危ないから話はストップな、と食満先輩が言ったのに。
そのときは良い子の返事を返していたのに。やっぱりあれでは聞いていなかったんだな、とまたため息。

すぅ、と大きく息を吸い込んで、

「こらぁっ!サボるな!」
「「わぁっ」」

わたわたと慌てふためいた後、仁王立ちの作兵衛に気付いた二人は、ごめんなさーいと言ってごまかすように笑った。
それでも作兵衛の顔が戻らないのを見て取ると、焦って、そういえば先輩知ってましたー?と話の方向をそらそうとしだして。
妙な知恵だけは、つけるんだから。
たぶんまたどうでもいいような話なんだろうな、と思いつつ、最近更に面倒見の良くなって来た作兵衛が一応、なんだと問うと、喜三太が、

「富松先輩は、先輩の女装って、見たことありますかぁー?」
「……それがどうした」

一体なにを言いたいのかと思わず額に手をやりため息を付くと、

先輩の女装はすごく綺麗なんだ、って聞いたんですぅ。そんでもって、利吉さんのお手伝いをしててー、だからよく学園にいないんだーって。それって本当ですかぁー?」

無邪気な顔できょろり、と覗き込まれた瞬間。
作兵衛は。



イラっと、した。



「馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ」

思わず口からこぼれた声は平素よりもずっと低くて。
いつも怒るたびに慌てはしても怯えたことはない喜三太と平太がびくんと身をすくめたのが分かったが、フォローするつもりも、その余裕もない。
せめてこれ以上怯えさせないようにと桶を抱えて足早に去る。

喜三太たちになんの悪気もないのは分かっているし、その噂だってたいしたことないというか、くだらない話だって分かっている。
だけど作兵衛はイラっとしたのだ。

ああ。
ああ、またか、と。



同じ委員会に所属していながら、実のところ作兵衛はあまりという人物のことを知らない。その理由は単純で、あまり会わないから、だ。
は昔から手先が器用で細かな作業が苦にならない人物だったため、複雑な小物や、からくり扉や各種仕掛けなどの出向いての修理に回されることが多かった。

最近は特にそれが顕著で、力仕事は食満と補助の作兵衛。
量は多いが単純な作業は一年生たちで、監視役に食満と作兵衛が付く。
残る小物と出向が、という作業分けが定着して、集合時と解散時にしか顔も見ない、ということも決して少なくはない。
もしかしなくても、最近よくからくりの修理に向かうの後ろを付いて歩く、からくり好きの一年は組の二人の方がよっぽど話しているだろう。





は、二年時の終わり頃からの途中編入なのだそうだ。
一年の途中で増えることは時々あるが、他の学年で編入はとても少ない。
簡単な話で、ついてゆけないからだ。だからこそ、タカ丸さんの入学はとても驚かれた。

作兵衛が入学したときには既に学園にいたので、そうはいっても同年の他の先輩たちと何ら変わらないように思うのだが、周囲としてはそうではなかったらしい。
二年間外の世界にいたものは、いまは一緒にいても結局は部外者、ということなんだろうか。


に噂が立ったことがある。

委員会のある放課後のみならず日中もいないことがあること、数日間続けていないこともあること。
いなかった後のが保健室から出てくるのを見たものがいたこと。
二年分も遅れているはずなのに始めからちゃんと授業についてゆけていること。
薬と毒に、とても詳しいということ。

それらのことから、出て来た話。



は、暗殺を請け負っているらしい』



もちろん、根も葉もない噂だ。
それを聞いた先生たちは呆れた顔で、物語の読み過ぎだ、城付きの忍者じゃあるまいし、第一、依頼するなら忍たまじゃなくプロの忍者に頼むに決まっているだろうと切って捨てたし、噂はすぐに立ち消えた。
だが、それを聞きつけてわざわざ作兵衛のところに訪ねに来た者もいた。

本当なのか?どういう先輩なんだ?おっかないか?
口々にそう聞く者たちに作兵衛は鼻で笑った。

「んなわけねぇだろ」

のことをよくは知らないが、それでも知っていることはいくつかある。
まず、学園にいるときは一度だって委員会をサボったことはない。いないときはいつだってちゃんと理由があった。
仕事の内容に文句をつけたこともないし、量の多さにため息はついても不平は言わない。
作業の最中は見ていないが割り振られたのは決して少ない量ではないだろうに、自分が終わって戻って来たときに食満がまだ作業をしていると、どんなに遅い時間でも必ず言うのだ。
手伝いますよ、と。


真面目で真っすぐな先輩なのだ。
優しい、先輩なのだ。
それだけ知っていれば、十分だと思う。


だけれどそんな過去のいきさつなぞ知るはずもない一年生にとっては、ちょっと仕事をさぼって先輩のうわさ話をしたら怒られた、って話になるわけで。

怯えた様子の喜三太と平太を思い出し、すまないことをしたな、という考えに気を取られすぎて前をよく見ていなかったのがいけなかった。

「うわっ」
「おっ…と、作兵衛か」

ちゃんと前はよく見て歩けよ、忍たま失格だぞ、と笑った食満は、作兵衛の顔を見ると、大きな手で頭を撫でて、なにをそう落ち込んでるんだ?と聞いた。





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