久々に平穏な日々が続いたある日。

うららかな日差しの中、庵の縁側に座って、さわさわと揺れる木々をヘムヘムと眺めながら学園長がなにやら考え込んでいる。
不意に風が強く吹いて、吹きちぎれた葉が目の前を過ぎ去った瞬間、かっ、と目を見開き、叫んだ。

「思いついたぞぃ!」

そのとき庵の近くで偶然その声を聞いた人々は、皆そろって遠くを見つめて、ああまたか、とつぶやいたという。





幕間のひと  【参章】 学園長の素敵な思いつき





「………」
「……………」
「………なんっだ、こりゃ」



夕食をとろうとしていた彼らは食堂前にでかでかと張り出された、墨の匂いもまだ新しいポスターを目にして、呆れた声で言った。

「えー、なになに…『全校一斉女装大会』…?」

いやがおうにも目に入ってくる文字をわざわざ読み上げたのは雷蔵。

「つまりは、全学年で一斉に女装をしよう、という学園長の思いつきだ」

と三郎。

「そんなことは読めば分かるさ。……しっかし、学園長も毎度毎度妙な思いつきばっかするよなぁ」

とは竹谷。

迷惑、と顔に書いてため息を付く三人をよそに、は黒々と書かれた注意事項に顔を近づけて読み上げてゆく。

「開催日はー……ああ、明日と明後日だ。下級生が明日、上級生が明後日と。……まぁ、そりゃさすがに一日にいっぺんに女装して町に行ったら、おかしなことになってしばらくは近所の話題の種になっちまわーな」

その言葉にキラーン、と目を光らせ、

「『ちょっと奥さんっ、この間の、見まして!?』」
「『えーえー、見ましたよ。なんなんでしょうね、気持ちの悪い女の子達が突然町にうようよと!!』」

悪ノリして声色で話す三郎と竹谷に雷蔵はため息をついた。

「でー?『下級生は女装して町に一日いて、男だと指摘されなければ合格。クラスごとの合格者数で競う』。そんでもって上級生は、『女装して町に行き、どれだけ男性に声をかけられたかを競う』と。」
「…つまりナンパされてこいってことだな」
「『参加は二人一組』だって。あ、今回は自分たちで組みを決めていいみたいだね」

そう口にした瞬間、竹谷の目が輝いた。
バッ、と片手を挙げ、

「はいっ、さん、俺と組んで下さい!」

同じようにも片手を挙げ、言った。

「拒否します」


ええっなんで!と抗議の声を上げた竹谷に、

「お前のへったくそな女装と組んだら確実にマイナスになんじゃねーか、誰がんなリスクわざわざ負うかよ。俺は兵助と組む」

と言ったかと思うと、遅れてまだ一人食堂に来ていなかった久々知を探しに駆けだしていった。
その背中に伸ばした手もむなしく。
がっくり、とうなだれた竹谷は、ならば!と、バッと二人を振り返るも、

「俺は雷蔵と組むからな」

三郎には口にする前に切って捨てられ、すがるように見た雷蔵にまでも、

「ええっと……その…ごめん、三郎もこう言ってることだし……ね?」

すまなそうな顔はしつつも断られ、竹谷は廊下に崩れ落ちた。


「………友達って…」
「「?」」
「友達ってなにーーー!?」

竹谷の悲痛な叫びは、食堂で食事をとっていた人々にうるさい!と一言怒鳴られて終わった。






判定役で先生達の手が足りなくなるから、と半泣きで自習を告げた土井に飛び上がって喜んで怒られて。
面白そうだから見に行こうぜ、と言って出てきた中庭で、乱太郎・きり丸・しんべエの三人は、先輩達が女装してわらわらと集まっているのを見て、うわぅお、と感心とも悲鳴ともとれる声を上げた。

「………なんていうか…」
「うん…ほんとに、ね…」

すごい。
なにがって、上手い人と下手な人との差が。

三人は、すっかり引きつった顔を合わせ、うなづき合った。
は組は伝子さんで見慣れているから大概のものは平気さと耐性がついているつもりだったが…。それとも個々のパンチ力は低くてもこれだけ数が集まるとやはり別だというのか。

いや、と乱太郎はうなった。

個々のパンチ力さえ低くない。
視界の端に入る潮江先輩とかもう凶器だ、とこっそり思った。

精神の保護のため、比較的まともな、女の子に見える伊作や三木エ門、案の定美人な綾部に仙蔵といった面々に目をやりつつ、(滝夜叉丸は、顔は悪くないのだが仕草がいつもの雄々しいままなのと、着物の趣味が素晴らしく目に痛いまでに派手派手しいのとが相まって、そりゃあもう凄いことになっていた)昨日の俺らのときもすごかったけど、今日の方が輪を掛けてすげえな、と話していると

「これだけすごいのが集まるともう、気持ち悪いとしか思えないな」
「三郎…」
「三郎じゃなくいまはお三っちゃん、だ」

一応それだけは口にするのをためらっていた本音をさらりと口にして、現れた二人はこの中でいえばまぁ、見られないことはなく普通で。
三人はちょっと安心した。

「あ、鉢屋先輩、今日は雷蔵先輩の顔じゃないんですね」
「お三っちゃんと呼びなさい、お三っちゃんと。ま、この状態で同じ顔が二つ並んでいたら実習が上手く進まないだろうと思うから、仕方ない」

残念だ、とつぶやいた三郎。

どこの誰なのか、糸目をした見たことのない顔はいいのだけれどやはり、体格や仕草にどこか違和感があって。鉢屋先輩にも苦手な変装があるもんなんだな、と思っていると、五年生に気付いたらしい六年生がよってきた。

そちらに目をやった三郎の眉が、面白そうにきゅう、と上がる。

「わぁ、先輩方すごいですね、ほんともう、いろんな意味で」
「…なんだと」
「その格好と顔ですごまないで下さいよ潮江先輩。そんなことしてると声も掛けられないまま終わりますよ?」

睨む文次郎で遊び始めた三郎に、あっちの方は見ない見ない、と、呪文のようにつぶやいて、釘付けになったっきり動けないでいるしんべエの首を二人掛かりでそむけさせてあげた。
ボク、すごいもの見ちゃった…という小さなつぶやきに、沈痛な面持ちでうなづきを返す。

「他の奴らはどうした?」
「兵助とはまもなく来ると思いますよ?ハチは……」

あー、なんというか…と口ごもり、

「現在奮闘中です」
「………そうか」

懸命にも、詳細は聞かなかった。薄ーい笑いが辺りに満ちる。



その空気を破ったのは、

「なんでこんなに集まってるんだ…?」

聞こえてきた声におそるおそる振り返った三人は、あからさまにほっとした。

「久々知先輩。ええと…いまは兵子ちゃんですか?」
「おや、なんだ案外まともだな」

なぜか残念そうな仙蔵に嫌そうに小さく眉を寄せた久々知は、ほんのり体格の良さがうかがえるが、背の高ささえ少し割り引けば問題なく女の人だと思う姿だった。






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