幕間のひと  【参章】 学園長の素敵な思いつき





やはり髪が長いせいか、いやまつげが長いからだろ、結局は土台の問題じゃないの?とこしょこしょ三人が話し合っていると、

「さすがにあれと三年も同室だと嫌でも技術は向上しますよ」

あと、最後にちょっと手直しされましたしね、という久々知に、そう言えば、と思い出す。
女装大会だというのに、肝心の人がいない。

「あれ、先輩…ちゃんはどうしたんですか?」
「ああ、あいつならいま来るよ」

という言葉が終わるか終わらないかといううちに、

「ごめーん、兵子ちゃん!遅れて……って、なんでみんなこんなにいるの?」

町娘の格好をしたが駆け寄ろうとして、不思議そうに足を止めた。


「「「……わー……」」」
「なに?乱ちゃん、きりちゃん、しんべエ。口なんかぽかんとあけて」
「いやぁ、……やっぱり見事だと思って…」

久しぶりに見たの女装はあいかわらず見事で。
十五、六歳の少女に化けたその完成度は綾部や仙蔵と並んで他を圧倒的に引き離している。

……というか、作法委員は皆上手すぎだ。

思い出してみれば昨日ちらりと目にした浦風先輩もまともだったし、兵太夫も伝七も普通だった。
そして佐吉は眉毛が目立っていた。
作法委員会は活動内容に女装の講習会でも組み込んでいるというのか。

あの人ならやりそうだよな、とシレッと立つ仙蔵に目をやりつつ。



先輩のはやっぱり女の人にしか見えないな、と苦笑して、不意に乱太郎は違和感に気付いた。

(あれ?なんか、この前見たときと違う気が……する?)

そりゃ、化ける設定や年が違えば色々異なる、というか変えなくてはいけないのは分かるけれど、そういうのではなくて。
年ならば、先日門のところでお使いに出ると話している伊作を見た、あのときのそれとほぼ変わらない。それなのに、帰りに買い物を頼めるかなと言われ笑ってうなづく顔を斜め下から見上げた、あれとどうにも違う気がしてならないのだ。

(……紅の色が、違うせいかな)

ううん、と首をひねると、どうしたんだ乱太郎、と横にいたきり丸に聞かれた。
けれど明確になにが違うのか分からないものだから、なんでもないと返すしかできなくて。
すっきりしない感じにもにょもにょしていると、もう時間だし行きましょ、とが元気よく皆の方を押してうながした。


数人は渋々…というか一部死地におもむくような顔で歩き出す中、

「あれ?お前このかんざし、飾りが外れかけてるぞ」

食満がの髪に挿した飾りかんざしに目を留めていった。
ここからでは分からないが、ちりちりと涼しげな音を立てる下げ飾りの付け根の金具が緩んでいるのだという。
それに挿し方が下すぎるし、これじゃ途中で落ちちまうぞ、と挿し直してやろうと伸ばされた手を慌てて押さえて止め、

「これはいいんです、これで」
「でもなぁ、」
「っていうか、これが、必要なんです」

どういうことだ?と疑問を浮かべる一同を、ま、いーからいーから、と背を押しつつ。残る三人を振り返って、

「あ、お土産持ってくるから、楽しみに待っててね」

一人だけにこにこと笑って出発したを、行ってらっしゃーい、と見送った。






「…………やっと、終わった…」

疲労困憊、と顔にはっきり書いて、着物が汚れるのもかまわずぐったり座り込む先輩達に苦笑いを浮かべつつ、三人はおばちゃんに頼んで用意してもらっていたお茶を差し出した。

ぐっと煽るように一気飲みして、おかわりとばかりに湯飲みを差し出してくる文次郎と食満の仕草は完全に男のそれに戻ってしまっている。
周囲をぐるりと見やれば、他の先輩達も大なり小なり、同じ様子だ。
化粧を落とす気力もないのか、崩れかけの化粧がもうなんのカバーにもならなくて、目に痛い。本当に痛い。輝かしくて見られないっという意味ではなくダメージを受ける方の意味ですごく痛い。


そっ、とそれから目をそらし、

「あー疲れた」
「本当、学園長の思いつきもいい加減にしてほしいよね…」

先生への報告を終え、六年生同様、ぐったりした様子で戻ってきた五年の雷蔵・三郎・久々知の三人にもお疲れさまでしたとお茶を差し出す。
乱太郎達から湯飲みを受け取りつつ、あとの二人はどうした?と六年生に聞かれ、

「ハチはまだ町で頑張ってると思いますよ」

まつげを箸が乗るくらいバッサバサ、紅をぼってりと口の形に塗りたくり、ほっぺにまん丸くリンゴのように紅いほお紅を指していた竹谷いわく『力作』を思い出して苦笑い。

「まだ一人も声かけられていないみたいでしたから」
は?あいつは久々知と同じ組みだったはずだろう?」
「あいつは……」

問われて、はあっとため息をこぼす久々知。

「まだ報告の最中です」
「? 一緒に戻ってきたんだろう?」
「そうなんですが……多いので。報告することが」
「それって、つまり、」
「時間がかかるんです。あまりに声かけられすぎたから」

はははっと久々知の乾いた笑いが流れた。



共に町に行き、一番間近で一部始終を見てきた久々知の頬は、それを思い出すだけで引きつった。


「……そ、そんなに、すごかったのか?」

お前が聞けよ、いやお前が言えよという無言の押し付け合いに負けておそるおそる聞いた食満に、

「そんなに!すごかったんです」

聞いて下さいよ、とばかりに身を乗り出した。



「まずは、先輩が出がけに気にしてたかんざしなんですがね、」
「ああ、あの壊れかけの?あれだいぶいい品だろ、もっと大事にしないと」

というのを遮り、

「ええ、あれなんですけど、まずはあれを使って新しいかんざしを買ってもらいました。」
「………は?」

なにを言っているのか分からない、とばかりに目を丸くした姿に、久々知はコホンと咳払いをして、えー説明しますとですね、と


「小物屋でかんざしを見ている最中、後ろにめぼしい男が通った瞬間を見計らってそっと一歩下がるんです。もちろん、ぶつかりますよね?ぶつかったらその衝撃で、かんざしは落ちます。抜けやすいように挿してたんで」
「あ、ああ、」
「頭の高さから落ちれば、あの外れかけの金具が当然壊れたわけですよ。そうしたら、土がつくのもかまわず慌てて膝をついて拾い上げ、壊れたかんざしを手のひらに乗せて目を潤ませるんです。それで、一発です」
「…………」
「あとはもう、『お嬢さんお詫びに私がかんざしを買ってあげましょう。あれがいいですか、こっちの方が似合いそうですね』と、向こうが勝手に盛り上がってくれるんで」


全員の間に、深い沈黙が落ちた。

「………あいかわらず、えげつない手を使うな…」

つぶやいた三郎にこくこくと横の雷蔵がうなづく。

「あと、あいつが言うには、そういうとき男は見栄があるんで前のより安いのは買えないことが多いんだそうで。最低限同じレベルのものが買ってもらえるってんで、壊れかけでなおかつものは良いあのかんざしをわざわざつけてったわけです。ついでに、髪紐も買ってもらってました」
「……………」
「ついでに俺もくしを買ってもらいました」

ほら、とふところから取り出したのは黒地に寒椿の絵柄が綺麗な飾りくし。
もらったそれをまじまじと見て、これもまた良いものですよね、という久々知にもう笑うしかない。


ははは…と乾いた笑いが辺りに満ちた。






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