幕間のひと  【参章】 学園長の素敵な思いつき





「そんな感じで一日中。あちこちで声かけられていろんなものを買ってもらって、すごいですよ、ほんと。俺横で見てて、男ってほんとに馬鹿なんだなって思いましたから。もうじき戦利品持ってくると思いますけど、」


まぁすごいんで見てやって下さい、と半ばやけになった久々知が笑った。
とても良い笑みだった。

かけるべき言葉が見つからない。



辺りに満ちた妙な空気を吹き飛ばそうと、咳払いをして、

「いやぁ、すごいなぁ、えっと……そのうち着物なんかまで買ってもらっちゃいそうだよね、ねっ」

冗談にして笑い飛ばしてしまおう、と伊作が一生懸命言った言葉は、

「あー、えーと、もういました」

あっさり肯定された。



「四十もすぎた好色そうなじじいでしたが。やたら肩とか触ってきて、着物でも買ってあげようとか言ってきて、」
「ええっ、それで、買ってもらったの!?」
「あー、いえ、」

贈り物として着物は高いし物としてもふさわしくないし、何よりそれって下心見え見えじゃないか、と伊作が食いついたとき、

「あー、いたいた、探しちゃったよー」

なにやらやたら大きな包みを抱えて、当の本人がぱたぱたと足音も軽く駆けてきた。


、じゃなくてちゃんっ、着物まで買ってもらったの!?」
「は?」

駆けてきたその肩をぐわしとつかんで、お母さんはそんなこと許しませんよとばかりにまくしたてる伊作に面食らっただったが、周りからことのいきさつを聞くと、笑ってぱたぱたと手を振った。

「まっさか、さすがに着物は買ってもらってないよー。高いし」
「そ、そうだよね!」

いやだなー、僕すごく焦っちゃったよ。あっはは、と笑うのにあわせてがにっこり笑い、

「だから代わりに帯買ってもらっちゃった」

ほらこれー、と包みの中から嬉しそうに細帯を取り出してこちらに見せてくれた。柔らかな色合いのそれに目をとられていると、それも二本もー、ともう一本出てきた。
予想の斜め上をいくその姿に、ぽかん、と皆の口が開く。



にこにこと帯を包みにしまったは、時を止めた一同を不思議そうに見回した。
深いため息を吐いて動き出すまで、は首をひねっていたが、その中に混じっているきり丸に気付くと、

「あ、きりちゃん、よかったらこれあげるよ」

と、ふところから手ぬぐいに包んだものを差し出した。開けてみると、出がけにがつけていた、だしに使ったといまさっき聞いたばかりの壊れたかんざし。
とれて落ちてしまった飾りをつまみ上げて、

「ここんとこをね、直してもらったらまだ使えるから。ものはわりと良いのよ?きりちゃんの髪の色に合いそうだし、あげるわ」
「ああ、だからあの時持って帰ってきたのか」

とうなずく久々知。

「いいんすか?」

もらえるものは大好きだけど、使えるんなら自分が使えばいいのに、と思ってためらうきり丸に、首を曲げて髪に挿したかんざしを見せ、悪戯っぽく笑う。

「私は、これがあるもん」
「ああ………買ってもらったやつっすか…」

それもいい品っすねー、とちょっと遠い目で言うと、でしょー、と嬉しそうな声が返ってきた。
誉めてるけど、誉めてるわけじゃないんすよーという心の声が伝わるはずもなく。

「あとね、これあげようと思って三人のこと探してたの。たくさんあるからお友達とドーゾ」

にっこり笑って、やけに大きいなと思っていた包みから小さな包みを取り出した。小さな、とはいってもそこそこの大きさはある。
渡された乱太郎が、これってなんですか?と聞こうとした時、

「あ、これお団子だっ」
「ピンポーン!正解!」

しんべエが得意の鼻で嗅ぎあてた。うながされて包みの端っこを開けてみれば、たしかにそこには団子の山。

「こんなにたくさん、いいんですか?」

明らかに自分たちだけじゃ食べきれないほどの量にびっくりして聞くと、もちろん、とうなずき、

「そのつもりで買ってもらったんだもの」

ピシリ、と音を立てて三人が止まった。
いや、しんべエだけは団子の匂いに気を取られて半ば聞いていなかったが。

「えと、もしかして、これも…」

おそるおそるうかがうと、

「うん。買ってもらったやつよ?」

とのこと。三人が微妙な表情を浮かべているのを、遠慮しているんだと受け取ったのか、大丈夫よ、と荷物からもう一つ、今度はもっと小さめの包みを取り出し、

「ちゃんと私達の分は別にあるから」
「あ、このあんこの匂い……近江屋のですね!」
「しんべエの鼻ってすごいのね……近江屋の豆大福、私大好きなの。だからごめんね、これはあげなーい」

えっへへ、と悪戯っぽく笑って包みを抱え込む姿に、乱太郎・きり丸・しんべエはもう、すっかり脱力した。



「あ、なにその顔。まさか違うわよ、私一人でこんなたくさん食べないって」

プン、と紅で彩られた艶やかな唇を尖らせ、

「五年生の皆で食べるんだもん。雷子ちゃんもお八ちゃんもここの大福好きだからこれくらいないと足らないのよ?」
「一人三つは食べるもんね」

近江屋の豆大福、と聞いてすっかり気を取り直し笑顔でに近づいた雷蔵に、文次郎が胸焼けしそうだと眉を寄せた。更に、

「あ、三郎はあんまり甘いもの食べないもんね、三郎の分、一つ僕にちょうだいね?」
「もう一つは私にちょうだい?」

左右からにこにこと見つめてくる、違う顔に同じ表情を浮かべた二人に三郎はため息をついて、太ってもしらんぞ、といった。ら、

「「大丈夫だよ、ねー?」」

ともうどこの女生徒のノリだといいたいと雷蔵に。
彼らの後ろで先ほどから背景と成り果てている六年生達は、

「な、なんかすごいね……」

ようやく開けたままの口も閉じて、復活した伊作がそれでもまだ少し顔を引きつらせつつ言った。

「久々知がほんとにすごいって言ってた意味が分かった気がする……」

うんうん、とうなづいて閉めようとした六年生達に、その久々知はなにを言ってるんですかとあきれ顔で、


「まだですよ」
「へ?」
「もっと、買ってもらってます」

は!?と上がった声にびっくりして振り返るのその仕草も可愛らしい。
が、やっぱり出がけと同じ違和感を感じて、乱太郎はおそるおそる、

先輩…じゃなかった、ちゃん、なんだかこの間と違いませんか?」

と聞いてみた。

「え?」
「えと、もちろん化けている年が違うとかそういうことは分かるんですけど、そうじゃなくて雰囲気がっていうか、ノリっていうか…あ、あと言葉とか……?」

言っているうちになにが疑問だったのか分からなくなってきてしまって、ううん、と首をひねった乱太郎に、ピコン、と指を指し、正解!と笑う。


その仕草を見て、あ、やっぱり、と思った。
前に見た時はこんなに明るくてノリのいい子じゃなかった。なんというかもう少し、おとなしめで上品だった。

そう思ったことを告げると、

「それでいいのよ、今回のお題は『手が届く』だから」

意味が分かりません、と首を傾げた中にちゃっかり六年の小平太も入っていたことにちょっとびっくりしてから笑い、いいこと?と咳払いを一つ。説明を始めた。






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