幕間のひと  【参章】 学園長の素敵な思いつき





「そもそも今回の大会の課題の趣旨はなんでしょう。有り体に言うと?雷子ちゃん!」
「え、ええ…?」
「ぶぶー、時間切れ。じゃあ次ぎ、お三っちゃん!」
「なるべく多くナンパされてこい」
「そうです。ここでまず問題となるのは、声をかけようかなと思われる程度には女の子になること」
「そこで失敗しているのがハチってわけだ」

にっ、と楽しそうに三郎が笑う。
言い過ぎだよと言いたかったが現実的にはたしかにそうなので、五年生三人は皆モゴモゴと曖昧にごまかした。


とにかく!と大きく叫んでその微妙な空気を吹き飛ばし、

「でもここで注意すべき点が一つ。あまりレベルを上げすぎてもいけません」
「なんで?」

より美人の方が良いんじゃないのか?と聞いたのは素直な小平太。

「美人だと一見有利に思えるけどね、仙子ちゃんに聞いてもいいけど実のところそんなに多くは声かけられてないと思うわよ」

ええっとそろって振り返った一同にちょっと気圧されてためらい混じりにうなづいた。

「ま、三人だな」

それだけ!?と真っ先に声を上げたのは小平太だったが思いは皆同じだ。
もっとたくさん、それこそひっきりなしに声をかけられているものだと思っていたのに。


その表情に呆れて、

「よく考えてもみてよ、男の気持ちで。ナンパする目的って、お話ししたい、お茶したい、でもって出来ればその後も知り合いになって親しくなりたいってことでしょ?目の前を美人が歩いてる。すこぶる付きの美人よ。声、かける?たいていの男は声をかけないわ」
「なんで?」
「断られるって、分かってるから」
「あ、」

ぽかん、と口を開けた小平太にやっと気付いた?とうなづいて、

「よっぽど自分に自信があるか考え無しじゃなきゃ、そんな美女に声かけられないわよ、人前で振られたら恥ずかしいもん」

だからこその『これ』なの、と女装した自分を指した。



「声かけてやってもいいかな程度にそこそこ可愛くて、お茶くらいなら誘ったらホイホイついてきそうなちょっと軽くてちょっと馬鹿っぽい、ノリのいい子。まさに、手の届きそうな辺りの子、ってわけよ」

パチン、とウインクしてみせるその姿はたしかに可愛くて、そして思慮深いという言葉はちょっと似合わないかなと思う程度には、言ってはなんだがーー軽かった。

「もちろん、軽すぎるのはダメよ。遊びたいなら遊び女に手を出すもん、本当に、お茶くらいなら…っていうのがポイントよ」

あけすけなの言葉に伊作と雷蔵の頬がさっと赤みを帯びた。一年生はまだよく分からないのかきょとんとしている。
まだしばらくは分からなくていいのよ、むしろ分からないままでいて、とその頭を撫でるに、

「で、結局今日の戦利品はどれだけだったんだ」

と仙蔵が聞いた。

「ええっとー」

あごに指をあて、首を傾げると少し思案のあと、指折り数えだした。

しかし、聞いたことを早々後悔するはめになる。





「かんざしと髪紐と、あとくしも買ってもらったでしょー、おしろいと紅が二つ、筆と墨と、綺麗な柄の入った紙も一緒に買ってもらったし、あと、可愛い手ぬぐい。鼻緒に綺麗な切れを巻いた草履と。お昼とお茶もおごってもらって、お土産がそのお団子とこの大福。あとなんかあったかなぁ……あ、忘れちゃダメよね、この帯!このくらいかな?」




今度こそ本当に全員の口が開いた。
それをみて久々知は、そうだろうそうだろうとうなづく。


ぽかんとした顔で固まる一同をよそにあっと声を上げ、包みの中を探り小さな紅の入った貝殻を取り出すと、仙子ちゃんこれあげる、と差し出した。

「紅か?」
「買ってもらったんだけどこの色私には似合わないからあげる。首化粧の練習にでも使って?」

すまんな、と受け取る仙蔵とにため息を付く文次郎。

「似合わねェって分かってたんならなんで買ってもらったんだよ…」

そう言うのにぱちくり、と目を瞬かせ、

「だって、この色選んでほしそうにしてたから」

せっかくお金出してもらうんだもん、気持ち良く払ってもらう方がいいでしょ?あっちも嬉しい、こっちも嬉しい。
そう言って笑うのに、きり丸が、なんかもうこれで食っていけそうっすねとやけっぱちに笑い返すと、意外にもは首を振った。

「同じ人相手に何回もこんな手使えないし。こんなに買ってもらえるのも今日一日こっきりのことだからよ。毎日町を替え、市を変えてわずかずつ…なんてしてたら働いてるのと大して変わらないわ。結局、労せずなにかを確かに手にするなんて出来ないってことよね」

その言葉に一年生達は心に刻み付けるようにうなづいた。



しかし、まっとうなことを言ったかと思うと、

「さぁって、じゃあそろそろこの豆大福を!」

くるりと表情を変え、大福の包みを目の位置まであげ、

「お八ちゃんももうすぐ諦めて戻ってくるだろうし、先におやつの用意して待ってましょ」

雷蔵・三郎を振り返りそう言ったかと思うと、久々知の片腕に抱きついて、兵子ちゃーんと猫なで声をあげた。

「私、美味しーいお茶が飲みたいなっ」
「なんで兵助にいうんだ?」
「私のことばっかり色々いうけど、兵子ちゃんだって美味しーいお茶の葉買ってもらってるんだもん」
「あれは別に、買ってほしいなんて言ってない。ただ、ああ、新茶が入ったんだなぁと思ってのれん見てたら、買ってあげようと言われたから断るのも悪いかと思って、いただいただけだ」
「私だって、これ買ってほしいなんて一言も言ってないよ」


二人のやり取りに呆れた顔をしていた三郎だったが、お茶といえばとが取り出した包みに、

「忘れてた。お三っちゃん甘いの好きじゃないから、おせんべいは買ってもらい辛かったから代わりにあられ。中戸屋の」
「さ、雷蔵、さっさと長屋に戻って茶にしよう!」

あっさり陥落され。


「兵子ちゃーん」
「兵助―」

あのお茶飲みたいなー、と左右からーー三郎は完全なる悪ふざけでーーゴロゴロと懐いて上目遣いでおねだりする二人に、久々知はため息をついて了承の声を上げた。
もちろん、三郎の頭を一発叩くのを忘れずに。

「分かった分かった。入れてやるから離れろ。歩けない」
「わーい!」

ぱっと腕を放し、荷物を抱えるとにこにこ嬉しそうに笑って、じゃあねと手を振りつつ三人と一緒に五年長屋に帰ってゆく後ろ姿に。




しばらく黙って見送ったあと、誰からともなくつぶやいた。

「男って、ほんとに馬鹿なんだな……」


皆がうなづいたのは、いうまでもない。






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