幕間のひと  【四章】 山ぶ鬼のあこがれ






「乱太郎ー、きり丸ー、しんべエー!」

次は教室での座学だよねー ダメだボク絶対寝ちゃうー しんべエ、頑張ってよ…と三人がのんびり歩いていると、遠くからかけられた声に。
あれ、なんか聞き覚えのある声が…と振り返ればこちらを目指してたかたか駆けてくるのは、

「あれ、ドクたまの山ぶ鬼じゃん」
「やっほー」

そこに居たのはやはり、本来なら学園内に入れるはずのない部外者、山ぶ鬼。
とは言っても学園内でドクたまを見かけることももう慣れたのだけれど。
小松田さんったらまたサインだけ貰ってすんなり入れちゃったんだな…と成長の見られないマニュアル事務員の気の抜けた顔にため息を一つこぼして、

「あれ、今日は一人なの?」
「うん、一人一人」
「まったく、今度は何しにきたんだよ?」
「あのねー、実はちょっとくのいち教室の授業に入れてほしくて」

えへへー、と悪びれもせず笑う山ぶ鬼にポン、と手を叩く。
ああ、そういや山ぶ鬼はくのいち教室の山本シナ先生を尊敬しているんだっけ、と前にユキちゃん達からきいた騒動のことを思い出した。あの時は確か忍術学園に編入したいってやってきたんだった。

シナ先生に憧れてるんだって?というと山ぶ鬼は、

「いいわよねーシナ先生!」

強くて綺麗なくのいち、憧れちゃう!とうっとりしたかと思うと、

「だけど今日はそれだけじゃないのよ」
「え、なにか他に用があるの?」
「今日は、くのいち教室の臨時教師の人の授業を受けてみたくて来たの」
「「「臨時教師?」」」

三人はそろって首を傾げた。


「ねーねー、そんなひと居たっけ?乱太郎」
「私は聞いたことないけど……」
「俺も」
「忍たまとくのたまは授業別だから知らないのかもね」

そんな人本当に居るの?と疑問顔の三人にあんたたちったら、と山ぶ鬼は呆れた顔をして、

「すごい人なんだって噂なのよ?それを聞いて、どうしても受けてみたくて来ちゃった」
「え、もしかして山ぶ鬼かってに抜け出してきちゃったの?今ごろ皆心配してると思うよ」
「ううん、今回はちゃんと黒戸カゲ先生に許可もらってから来たから大丈夫」

ほら、とふところから取り出してみせた紙面には確かに、『この者の校外授業を許可する』と書いてあった。

「ほら、ドクたまって女の子は私一人じゃない?他の先生呼んでの講義なんてなかなか出来ないから。ちょうどいいし参加していらっしゃいなって先生もおっしゃって」

ちょうどいいって言ったって、向こうはよくたってこっちもいとは限らないよなぁ、なんて。三人にしてはわりと常識的なことをつぶやいて。


「乱太郎達にその先生のところに連れて行ってもらって、参加出来るようお願いしよう、って思ってたんだけど…」
「でも私達はその人知らないし、」
「職員室に行った方が早いんじゃねーかな」
「やっぱり?」

さてどうしよう、と思っているところへちょうどよく、

「なにしてんの、あんた達」
「いつもの三人…と、ドクたまの山ぶ鬼じゃない」
「なんでこんなところに居るんでしゅか?」


「「「ユキちゃん、トモミちゃん、おシゲちゃん!」」」


「ちょうど良かった!ちょっと、ちょっといい?」
「なぁに?また面倒ごとはごめんよ?」
「いやいや、ちょっと」
「ちょ、なんなのよ…」

眉をしかめていぶかしがる三人の手を引いて庭の片隅で円になる。




なによほんとに、と呆れた声を上げたトモミに、しっ!と立てた人差し指を唇にあて、ウキウキして待ってる山ぶ鬼をちらりと目で指して声を潜めると実は…と切り出した。

(な、くのいち教室に臨時教師って来てるのか?)
(ええ、居ることには居るわよ。……でもそれがあんた達となんの関係があるのよ)
(山ぶ鬼ったら、その人の授業が受けたくって来ちゃったんだって)


「ええっ!?」
「声が大きい!」


びっくりして声を上げたトモミに慌てて、しー、しーっ!と指を立てた。

(ごめん…)
(ねー、そんなすごい人が来てるの?)
(え?ま、まぁ確かに…)
(いろんな意味で、とてもためになるすごい授業だとは思いましゅ)

なぜか口ごもってうなづき合うユキ達に、そういえば、とはたと思い出した。

(臨時の先生が居るなんて、聞いたことがなかったんだけど)

乱太郎がそう聞くとユキ達は顔を見合わせ、まあ…ね、と苦笑をこぼした。

(あまり声高にいうことじゃないし……っていうかできればあまり知られたくなかったし…)
(? どんな人なの)
(ものすごくおっかない人とか?)
(全然。乱太郎達もとてもよく知ってる人よ)
(え、誰だろう。そんな女の人いたっけかなぁ)


サユリちゃん…はないよな。 ミスマイタケ城嬢とか? あの人は?ほら、迷子になってたおばあちゃんのお姫様! キノコ協会副会長……あと誰がいたっけ、と。

うんうんうなりつつ過去に会ったことのある女の人を上げてゆくも、ことごとく首を振られ。


(えー、もう思いつかないよ)
(ねぇ、誰なの)

降参、と手を上げた三人にそもそも方向性が違うのよ、とトモミ。

(どうこうせい?)
(方向性!)
(それがどう違うっていうんだよ)
(あのね、実は…)
(実は?)

ごくり、とつばを飲み込む音が聞こえる。意を決したように顔を上げ、




(実はね、臨時の先生って………先輩なの)




先輩?)


三人の頭に、ポンッとかの人物の姿が浮かび上がる。

(あの、先輩?女装の得意な?)
(そう。『あの』女装の得意な、先輩よ)


「えええっ!?」
「声が大きい!!」

スパーン!といい音を立ててユキの平手がとんだ。


なんでそんなことに!?と目をこぼさんばかりに見開いて驚く三人組に、あんた達ってほんとになにも知らないのね、と呆れて、

先輩は、お化粧の腕はもちろん素晴らしいけどそれだけじゃないのよ)
(お茶にお花、香に書画。笛や鼓、琴だってお得意でしょ、和歌も詠まれるし)
(薙刀もお上手でしゅ。とにかくその他にも色々、立ち居振る舞いに始まって、貴族のたしなみとされるようなものは一通りこなされる、本当にすごい方なんでしゅ!)

(((ヘー……)))

ぽかん、と間の抜けた返事を返す乱太郎達に、もう!とじれったさに身をよじった。


(行儀作法は、くのたまとしてもくのいちとしても必須だもの。だから先輩の持つ技術をぜひくのたま達に教えてやってほしい、ってシナ先生が)
(直々に木下先生に頼んで、先輩が自習とかで手の空いているときに限って、臨時の先生として来ていただいているのよ)
(先輩はただ女装が得意なだけじゃないんでしゅよ。ほんっと、なんにも知らないんでしゅね、しんべエ様達ったら!)
(……っていっても、あんまり胸を張っては言えないことなんだけど…)


だって、女性としての振る舞いを教えているのが、女装の得意な男だ、なんて……。



自分達も最初はとてもためらいがあった。
今まで通りシナ先生が教えて下さい、と言ったくのたま達に、先生は貴女達により高い技術を身につけてほしいの、分かってちょうだい、と説得されて渋々了解したが。

あまり年のかわらない、それも男の教える行儀作法なんてたいしたことはないに違いない、という思いは、にこにこ笑って座る良家のお嬢様、といった風情のいでたちのがくのいち教室に現れてまもなく払拭され。
いまはその技術の高さを認めているからの授業をすんなり受け入れられるが、本来なら男に女らしさを教わるってかなり屈辱的だ。


デリカシーに欠けた男どもに知られればいいようにいわれるだろうから、と暗黙の了解でくのたまの秘密になっていた、それ。
それを、

(やっぱり山ぶ鬼を会わせるわけにはいかないわよねぇ…)







Back  幕間のひとTopへ  Next