幕間のひと  【四章】 山ぶ鬼のあこがれ






(やっぱり山ぶ鬼を会わせるわけにはいかないわよねぇ…)
(せっかく来たところ悪いとは思うけれど、こればっかりは……ねぇ?)

そうだよなぁと黙ってうなずき合う六人に、ウキウキした声で、お話し終わったー?と山ぶ鬼が駆けて来た。


「どうする?」
「ううーん、ここはやはり」

「「「ユキちゃんトモミちゃんおシゲちゃん、よろしくっ」」」

「ええっ」
「んもう、こういうときばっかり人を頼るんだから!」
「しんべエ様ったら酷いでしゅー」
「おシゲちゃんごめーん」

後ろで無自覚にいちゃいちゃしだした二人はおいといて、ユキとトモミは、オレ達の説明じゃ聞かないと思うからさとズイズイ山ぶ鬼の前に押し出そうとするきり丸を眉を寄せて睨んでから、愛想笑いを浮かべて振り返る。



「あー、その、山ぶ鬼?」
「なーにー?」
「えっと、今日は授業を受けたくて来たんですって?」
「そうなの。素晴らしい臨時の先生がいるって噂で聞いて」
「え、ええ、確かに素晴らしい授業なんだけど…」

ちら、と向けた救いを求める視線に顔をそむけた乱太郎達に、覚えていなさいよと心の中で悪態をついて、

「でも、ほら、臨時の授業だから…ね、ユキちゃん」
「ええ、トモミちゃん」

ええっ、もしかして今日はないの?と声を上げた山ぶ鬼についおシゲが、

「いえ、あることにはあるんでしゅが」
「「おシゲちゃん!!」」

慌てておシゲの口を押さえ、でもほら!山ぶ鬼はうちの生徒じゃないから先生が許可するかどうか…と言ったことに一応納得するように、そうよねーと肩を落とした。

「あたし一応部外者だしー」
「残念だけど、ほら…ね?」

よし、これで帰ってくれそうだ、と思わず小さくガッツポーズをとった瞬間、

「じゃあせめてその先生に会って帰りたいわ」

そう言ったので全員、えええーっと叫び声を上げた。

「今日授業があるってことは、いらしてるんでしょ?せめて会って帰りたいわ」
「それはちょっと……」
「会うのもダメなの?」
「ダメっていうか、なんていうか…」
「さっきからなんなの、もう、はっきりしないわね!とにかく会わなきゃ帰らないから!」

そう宣言した山ぶ鬼に焦るあまりついトモミが、



「会うったって……使用前に?使用後の方?」
「使用前?後?」


なにそれ、と首をかしげる山ぶ鬼の前、素晴らしいスピードでユキがトモミのえりを引っ掴んで後ろに下がらせる。

(使用前に会わせるわけにはいかないでしょうよトモミちゃん!?)
(そ、そうね、ごめんなさい、つい……)


一生懸命なんでもないのよと取り繕って、なんとか会わせられないことを納得させようとあれこれ話しかけたが、山ぶ鬼はどうしてもその人に会うまでは帰らない、の一点張りで。
もうどうしよう、と六人がほとほと困り果てていたとき、



「なにをしているのです」



背にしていたくのいち教室へと続く廊下からかけられた声に慌てて振り返った。

見ると、そこに立っていたのは、落ち着いた色合いの裾引きの着物を着てきっちりと髪を結い上げた、意志の強そうな目元が印象的な武家の若奥様然としたいでたちの女性。

なんでお客さんがこんなところに、と一瞬思ったが、次の瞬間六人は固まった。
よくよく見たその顔に見知った人の面影を見つけたので。





((((((先輩!?))))))





固まったままの六人をよそに、は廊下の端まで歩み寄るとユキ達の方を見て、

「もうすぐ授業が始まりますよ。いらっしゃい」
「「「は、はいっ!」」」

弾かれたように、慌てて教室に走って行くユキ達の背を見送ると、残った山ぶ鬼に目をやり、ドクたまの山ぶ鬼とやらですね、と呼び掛けた。
穏やかだけれど有無を言わせぬ力のあるその声に、ぴん、と背が伸びる。

「はいっ」
「シナ先生より聞き及んでいます。参加してもよいとの許可はいただきました。そなたも早ぅお上がりなさい」

はいっと頬を上気させ、うかれてスキップでに駆け寄る姿をぽかんと見ていた乱太郎・きり丸・しんべエにも、そなた達も授業が始まりますよ、と声をかけた。
ようやく我に帰った三人は遠く聞こえてきた予鈴の鐘に顔を見合わせ、

「「「忘れてた!!」」」

きっちり声を会わせて叫んだ三人に、一瞬きょとんと目を見張った後、ころころと鈴のなるような、という表現が相応しい声で笑った。
ゆうるりと弛んだ目元がきつそうな印象をやわらげる。

「山ぶ鬼を案内してきてくれたのですね、ありがとう」

おいで、と呼び寄せそっと頭を撫でる白い手はとても優しい。


「土井先生の胃に穴が開いてしまわぬうちに、お行きなさい」

山ぶ鬼の背に手を添え奥に消えてゆく姿を見届けてから、慌てて自分達も教室に向かい走り出した。








「遅いねー」
「もう、終わってると思うんだけど、」
「あ、待てよ、あれじゃねえか?おーい、山ぶ鬼!」

くのいち教室の近くで授業を終えた山ぶ鬼が出てくるのを待っていた三人が、どうだった?と興味津々できくと、頬を上気させ身ぶり手ぶりを交えつつ、すごかったわ!とっても勉強になった、と嬉しそうに返してきた。



「先生の動作の一つ一つに品があって美しくてねっ。今日は見られなかったけど薙刀もなさるんでしょ?きっと凛々しいと思うわー。あたし焦って簡単なお茶の手順を間違えちゃったんだけど、先生はそれを怒ったりなさらないで、手際は良いのだから落ち着いて思い出せばできますよ、ってにっこり笑っておっしゃったの!それから、あああそうそう、三人とも見てた!?今日の先生のお着物、色の合わせがすっごくいいと思わない?落ち着いた中に季節のうつろいを感じさせて…ああいうさり気ないところにセンスって表れるのよねー」



まくしたてるように話し出したその勢いに気押され三人は何も言えないでいたが、素晴らしかった授業のことで心がいっぱいな山ぶ鬼はちっとも気に止めず、それからそれから、と嬉々として喋り続けた。


すっかり聞き手に回された乱太郎達がもういいかげんにうんざりしてきた頃ようやく、満足!といったように大きく息を吐き、

「ああもう、あたしあんな女性になりたいわー!」

高らかにそう言った。


うっとり、と未来の自分の姿を思い描いて浸るその姿に、ああそう、よかったね…うん、なれるんじゃないかな……と三人が汗をかきつつ、そっと目をそらしたのはいうまでもない。






じゃーまたねーとスキップで帰っていく山ぶ鬼に無言で手を振っていたが、彼女の姿が豆粒のように小さくなったあたりで、乱太郎が誰に問うでもなくつぶやく。

「…ねえ、山ぶ鬼さ、今日のこと帰ったらみんなに話すのかな」
「だろうな」

あのねー、あのねー、とうんざりした顔のいぶ鬼達の服をはっしと掴んで嬉々として今日の出来事を語り続ける姿が容易く脳裏に浮かんだ。
誰ともなくため息がこぼれ落ちる。


「なぁ……」
「うん………」
「……………………………ほんとのことは、黙っててやろうぜ」
「………そうだね…」








知らない方がよいこと、というものは世の中にあふれているものですよ(笑)
そんなこんなな理由で、とくのたまとの関係は比較的友好的です。
少なくとも、遊び半分で下剤を仕込まれたりはしません。授業なら話は別だと思いますが(笑)
けれど彼氏候補になることはないでしょう。
だって嫌じゃないですか、自分より遥かに女らしい彼氏って…っ!






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