幕間のひと 【伍章】 真偽のほどは
「あれっ?」
「どうした、作兵衛」
「いや、先輩がまだきてないようなんで」
今日は全員で、体育委員会と四年の綾部による塹壕やら落とし穴やらを埋めて回る日だったはず、と思い首を傾げた。
先日、もはや狙っているんじゃないかという高確率でぽこぽこ穴に落ちる不運委員長がついに、穴に落ちそうになった瞬間とっさに前にいた学園長の服を掴んで一緒に落ちたあげくちゃっかり下敷きにしてしまって。
土まみれの泥まみれ、かつての天才忍者が見る影もなく足をくじいてしまったのがたいそうご不満だったらしく、『さっさとこんな穴埋めてしまいなさい!』と。
普段ははた迷惑なご老人でも学園長の一言はツルの一言。
他にも作業は山ほどあるのに、と苦労性の用具委員長は肩を落としつつその役目を押し付けられてきたはずなのだが。
倉庫の前に並べられた用具はきっちり五人分。
ということは
「またお使いですか?」
最近ちょっと落ち着いていたのに、というと
「今日は学園内にはいるんだが、内部で貸し出しだ」
内部?と首をひねったが、ああ、と思い当たった。
「作法委員会っすか」
が外の仕事ではなくいない時の大半を占める理由を思い出し、しっかし…と長らくの疑問を口にした。
作法委員会はそんなしょっちゅう、なんの用事があるってんですかね?
……いや、綾部先輩の落とし穴の後始末ならいつだってあるんすけど。
会計とか体育とは違ってそんな四六時中物を壊すような人がいるわけじゃないのに。
……いや、立花先輩は別かもしれないっすけど。
疑問と遠い目をくるくる入れ替えて百面相をしている作兵衛に食満が笑って、仙蔵がな、と言った。
「あいつはのこと気に入っているからしょっちゅうなんだかんだといっちゃ持ってくんだよ」
「はあ。なんとも迷惑な話っすね……」
「ま、今日は学園長に頼まれた件で、とかいってたからまっとうな理由だと思うが」
そこではた、と思い当たった作兵衛は、
「えと、立花先輩に気に入られて…るんですか?」
あまり他人に、特に後輩には興味を持たない人、というイメージが立花にはあったのだけれど。
あるいは、気に留めた人物は文次郎のように構い倒されーーーもとい、いじり倒されろくな目にあわない、とか。
作兵衛お得意の脳内妄想大暴走が起きようとする前に、食満が、おう、に重い物を持つような作業を回すな、とわざわざ文句をつけにくるくらいにはな、と作兵衛の意識を引きずり戻した。
「無駄に筋肉がついて変装に支障が出るようになったらどうしてくれる、ってうるさかったなあ、あいつ」
「ああ、先輩が得意な変装って女装ですからね」
「ガタイがよくなると、ちょっとな」
「似合わなくなりますからね」
ま、あれだ、と食満は首をすくめ、
「あいつらみたいに変装を得意とするやつには色々あるからよ。『忍者は多芸、多趣味でなければならな』ってのはよく言われることだけど」
「喜車の術とか相手に取り入るためっすね」
「ああ。いくら顔を完璧に真似ても話が合わなきゃ一発でバレるし、潜入先で友好的な人間関係を築けなけりゃ意味がない。手持ちの札は多い方がいい。だから、変装・潜入を主とする忍者は他の忍者より何事にも知識や興味を持っておかなきゃならないんだ」
はぁ、大変そうっすね…と作兵衛は息を吐いた。
実は作兵衛は、忍者は多芸・多趣味でなくば、と教わった次の日から一念発起していろいろな物に手を出してみたことがあった。
しかし、各種芸事に囲碁に将棋に、書画にその他諸々……数日もしないうちに全部、これは駄目だと放り出してしまった。
だって、興味のないことを趣味にするってかなり難しい。なにしろ、興味がないんだから、やる気が起きるはずもなく。
結局、早々に諦めてしまった。
自分には、興味のあることを突き詰めて伸ばす方が合っているんじゃないか、と。
はぁっと嫌そうに吐き出した息に、まあ人には向き不向きがあるからな、と察した食満が笑った。
「特に仙蔵はまぁ……顔、あれだからな、」
仙蔵の整った白い細面を思い浮かべ、
「女装は得意なんだが、村娘はどうにも似合わないんだ」
「分かるような気がします」
あまり綺麗で品の良さそうな村娘は、そりゃあ浮くことだろう、と思う作兵衛は深くうなづいた。
「どうしたって武家の娘だの貴族の娘だの屋敷勤めの女房だのに化けることになるんだが、身分のある人間に化けるってのはこれまた難しい。教養や、立ち居振る舞いが必要になってくるからだ」
「そのために忍たまにも行儀作法の時間があるくらいっすからね」
初めて授業予定を見たときにはなんでこんなものが?と思ったものだけれど。
「ああ。有る物を無いように見せるのは技術でできるがその逆は至難の技だ。だから。だからあれこれ身に付けておかなきゃならない。その点は、なんでかそういうことに詳しいから」
「へ?」
「知らなかったか?あいつ、教養の点は学年一……っていうかたぶん学園一だぞ?」
「ええっ!?」
豪快、を絵に描いたような先輩がーーーまあそうではない一面もある、というのは先日嫌というほど思い知らされたがーーー教養!?なんてミスマッチな!
とまたぐるぐるしだした作兵衛に呆れるように、
「ま、そんなわけでなにかあっちゃ頼るくらいには気に入られてんだよ」
ほれ、戻ってこい、とばかりに強く背中を叩かれて。
手加減という言葉はどこ?というその勢いに思わずむせた。
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