幕間のひと  【伍章】 真偽のほどは






一方その頃話題の作法委員会室では。


つい先日、同年の作兵衛が遅まきながらようやく、自身の委員会の先輩がすごい女装の名人だ、と知ったらしい。
お前知ってたか?実は先輩はな、とちょっと浮かれつつ深刻な顔で切り出され、つい、うーあー、そうらしい…な?などとごまかしてしまったが。
実はすごくよく知っていた。しかもとうの昔に。

っていうかなんで作兵衛は二年以上もそのことに気付かなかったのか、そっちの方が藤内には気になる。
本人も別に隠しているわけじゃなし。早々に気付きそうなものだけれど。
作兵衛は長らく気付かなかったようだが藤内はだいぶ前から知っていた。
だってーーー

「いかがした、藤内?」
「いえ、ちょっと考え事を……」

この人よく作法委員会にいるから。





どうやら仙蔵が非常に気に入っているらしくてよく連れられてくるその人は、女装しているかこれから自分達も含めて女装することになるかが、だいたい来た時の半分ほどのパターンだから。
女装姿にももう慣れた。
それがたとえ、きらびやかな打ち掛けに長い髪を垂らした、まるでどこぞの城主の奥方か、というような格好をしていたとしても。

慣れというものは本当に恐ろしい。



作兵衛は間近で見たの女装に驚いてうろたえたらしいが(本人は言ってはいなかったが、様子を見ていれば察しはつく)藤内は驚くよりむしろ感心する。
ほんと、よく化けるなぁこの人、と。

化粧の腕ももちろん外せない点ではあるのだろうが問題はそこではない。
それだけでどうにかなると思うのは大きな間違いだ、とよく知ってるから。
化粧云々だけが問題だというのなら、前に先輩達が悪のりをして作法の後輩全員に化粧をして回ったときに自分もやられたが。

仙蔵が、私にかかればこんなもんだ、と胸を張ったその力作は、じっとしている時はかなりそれらしく見られたのだが、動いたりしゃべったりすると途端に、いかにも『教わったことをいま必死に思い出しながら演じてます!』というがんばりが見て取れて。
とうてい良いところのお嬢様には見えなくなってしまう。
その点は、指の先まで所作の一つ一つに品を感じさせながらもそれが自然体であるという、素晴らしい出来映えだ。



しかしながら、いつまでその格好をしているつもりなんだろうか。
たしか、くのいち教室の講師があったからの格好なはずだから、(あちらで授業があるたびに女装しておもむかなければならないは本当に大変だと思う)、もう忍び装束に着替えても良いんじゃないかと思うんだけど。
さすがにあの長さがあるとカモジとか重そうだし。

そう言おうとしたら部屋の戸ががらりと開けられたので、ああ立花先輩が戻ってきましたよ、といおうと振り返ったら、

「お?」

入ってきたのは待っていた仙蔵ではなく、鉢屋三郎だった。
珍しい人がきたもんだ、と思っている藤内の横を通り、

「こりゃまた、すごい格好だな」
「くのいち教室で少々、の。それより、なに用じゃ?三郎」
「立花先輩からまた例の学園長のがあるって聞いてさ」

の前で立ち止まって、にっと笑うと、

「俺も変装組みだし。そんでもって委員会はいつもながら暇だったから、後学のためにこいつらも連れてきた」

と巧妙に後ろに隠して歩いてきたものーーー庄左エ門と彦四郎を差し出した。
いきなり開けた視界に飛び込んできた、どこの奥方?という女性の姿に、庄左エ門と彦四郎は目をぱちくりと、こぼれんばかりに見開いて。

期待していた通りのリアクションを返してくれた二人の様子をにまにまと楽しそうに見る三郎に、いい加減にせよと軽くとがめる視線を送って、固まったままの二人を手招く。

「そう身構えずともよい。来よ」

藤内、茶を。と言いつけ、座るようにと自分の前をうながした。

「そなた達、甘いものは好きか?」
「えっ、は、はい?えと、」
「彦四郎、落ち着いて」
「落ち着いてるよっ!っていうかなんでお前はそんなに落ち着いてんだよ!?」

本人達は小声のつもりで、周囲にしっかり聞こえている小競り合いを始めた二人にふふっと笑うと、傍らの小箱を引き寄せて、中の干菓子を懐から取り出した懐紙に二つ三つ乗せ、頂き物じゃが遠慮するでない、と差し出した。

「あ、それ俺にも」

そろりそろりと座る二人の横にどっかり座った三郎に、ほんにそなたは可愛らしさのカケラもないのう……とため息をつきつつ同じように菓子を供して。

「立花先輩は?」
「学園長殿のところにうかがっておいでじゃ。じきに戻ろうて」
「ふうん。で、今回はどんなもんだ?」
「数は少ない。せいぜい数点、といったところかの。他意も、おそらくは無かろうとのことじゃ」
「ああ、そりゃ外したかな」
「なれど、その子らにはちょうどよかろう」
「まーな」

頭上を行き交うチンプンカンプンな会話に首を傾げつつ、目はすっかりに釘付け、な様子の一年生二人を横目に。
三郎は、藤内に差し出された茶をズッとすすると干菓子を口に放り込んで、それよりお前をそろそろ戻ったら?と言った。

「それはさすがにキツいだろ」

も、ふう、と聞くものが聞けば頬を赤らめそうな息を一つ吐き、

「重ぅてかなわぬ。立花殿が戻られるまであと幾ばくかあろうし……少々失礼いたそうかの」

というと、そなた達はゆうるりとな、と庄左エ門と彦四郎に笑いかけ、しゅるしゅると衣擦れの音を立てて部屋を出て行った。



戸の向こうに微かに聞こえるのが消えるのを待って、

「あの、鉢屋先輩」
「んー?」
「いまのは、どなたですか?」

興味津々な二人に三郎は、誰だと思う?と楽しげに笑い、藤内はそんな先輩に呆れたため息をつきながら二人の碗に茶を足してやった。

「ヒント。庄左エ門は、会ったことはなくても名前は聞いているはずだ。ここ最近に」
「僕……ですか?」

じゃあおそらくは組がらみだろう、と察しを付けたが、あんな身分の高そうな女性と関わるような事件に巻き込まれた者はいただろうか?それもここ最近に?







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