幕間のひと 【伍章】 真偽のほどは
ろくでもない巻き込まれ、なら山ほどあるんだけど……と記憶を掘り返すがさっぱり分からなくて、分かりません、と正直に言うと、
「すぐに諦めちゃ駄目だぞ庄左エ門」
やっぱり楽しそうに笑われた。
その顔は、元の顔の持ち主の雷蔵なら絶対にしない、というくらいに悪気ににやっとしていて、そんな顔していると見分けがつきやすいですよと言ってやろうかとも思ったがやめておく。
本人は別段間違えてほしくて普段から雷蔵の顔にしているわけじゃないのだから、毛ほども傷つかないことだろう。
眉を寄せて考える己に、庄左エ門、と笑って呼びかけ、
「そうだな……まず、根本的な認識が間違ってるんだよ」
「根本的な?どういうことですか?」
そう聞いたと同時に戸が開く。
さっきの女性が戻ってきたのかと思い顔を上げると、戸口に立っていたのはなにやらたくさんの箱や風呂敷を抱えた仙蔵だった。
「お邪魔してますよ、立花先輩」
「なんだ、もう来ていたのか鉢屋」
仙蔵は三郎の連れてきた二人の方をちらりと見たが、なにもいわなかった。
「聞いてたのより多いですね」
抱えた荷物のいくつかを受け取り、部屋の真ん中に並べてゆく。
仙蔵も残った荷を下ろし、は?と聞いた。
「いま着替えにいってます。あれなもんで」
「なるほど」
着替えにってことは、というのがおそらく先ほどの人物のことだろう、とあたりを付ける。
女の人にしてはずいぶんと変わった名だな、と思ったところで庄左エ門はその名前に聞き覚えがある気がした。
たしか、どこかで……
そう庄左エ門が考え込んでいると、隣の彦四郎が、これはなんですか?と先ほど並べた箱を指差して問う。
んー?と生返事で箱を開けてゆく三郎。
「これはな、」
よいしょ、と箱から取り出した紫の風呂敷を開き、
「皿、だ」
確かにそこにあったのは皿だった。
見間違いようもなくどっからどう見ても、皿、だった。
「………」
「あとは茶碗に花瓶に……掛け軸が二本、と。先輩、そっち何ですか?」
「こちらも茶碗だ。それと香炉に……扇か」
「、だってさ」
きゅ、と首をすくめる三郎に、聞きたかったのはそういうことではありません、と思ったが賢明にも口にしなかった。
この先輩は、自分の言いたいときに言いたい話しかまともに教えてはくれないと、同じ委員会にいて学んだからだ。
せめてもの抗議の証としてじいっと見つめてみれば苦笑して、学園長のところに来た贈り物たちだよ、といった。
「学園長に?」
「いざとなったとき力になってもらえるよう友好的な関係を築きたい、とか、うちに優秀な人材を優先的に回してほしい、とか、敵対しているところには卒業生をやるなよ、とかそんな打算いっぱいの贈り物だ」
「学園は、ドクタケ城他いくつかのように極端な例を除いて、中立の立場にある。それを守るため、必要以上に高価な物は受け取らないようにしている。いまからそれを見極めるんだ」
「なんでもかんでも全部突っ返しちゃうとそれはそれで、角が立つからな」
交互に教えてくれる先輩二人にほうほうとうなづく。
ということは先輩達は、これらが価値の高い物なのかどうか目利きができるということなのかとキラキラした眼で見てくる彦四郎に先輩二人は苦笑して、
「『忍者は多芸、多趣味でなくてはならない』。特に変装を得意とする者はそうでなくては。覚えておけ」
「せっかく忍び込んだのに話が合わなくてなにも掴めなかったら意味ないだろ?取り入りたい人物や化けたい相手が、もしかしたらすごい焼き物好きだなんてことも、絶対無いとは言い切れない」
「だから先々に備えて見る目を養えるようにと学園長は私たちにこれを任せて下さっているんだ」
やっぱり上級生はすごい、と感心しきりの一年生にちょっと気分を良くして。
しかし、と仙蔵は戸口に目をやり、
「肝心のあと一人が来んな」
「さすがに戻るのに時間がかかるんじゃないですか?なんか今回はすごかったし」
と言っていると、タタタ、とごく軽い足音が廊下からしてきた。
振り向いた先、
「遅くなりましたーっと、」
遠慮なくガラ、と戸を開けて入ってきた紺色の忍び装束の人は、
「藤内、茶ァ一杯くれ」
三郎と仙蔵の間にどっかりあぐらをかくと首を回して、あー重かった!と言った。
「遅かったな」
「着るのも脱ぐのも一苦労だ。あんなもん好き好んで着るやつの気が知れん」
あとヅラが重くってなーとぼやくのに眉を寄せ、
「お前な、一応カモジといえよ、カモジと」
「なんと言おうが物は変わんねーからいいじゃねェか」
「心情が大いに変わる」
いきなりやってきてあっさり溶け込んだ人に目をぱちくりさせる庄左エ門と彦四郎。
誰だろう、という視線に気付いて、分からないか?と三郎が実に楽しそうに聞いてきた。
もう一度、その人物に目をやる。首を精一杯伸ばして、正面、横、斜めと見て回るが、
「…………分かりません」
ギブアップの声に三郎はとても嬉しそうだ。
「実はな、」
「はい」
「これはさっきのと同一人物だ」
コレハ サッキノト ドウイツジンブツ ダ
「………………」
たっぷり十秒ほどの沈黙のあと。
「「えええええー!!」」
案の定な反応をした二人に三郎が満足そうにうなずく。
ひとしきり驚きの声を上げ終わるとまじまじと見て確かめようとする冷静な庄左エ門。
こうして驚かれるのはいつものことなのでもう気にしないが、
「五年い組、だ。よろしくな」
「あ、一年は組、黒木庄左エ門です。でこっちが……ほら、彦四郎。彦四郎ってば」
「あ?ああ………一年い組……今福彦四郎、です…」
並んでぺこり、と頭を下げたところではたと気づいた。
「あの、」
「ん?」
「……先輩、ですか?」
「おう。そーだけど。それがどした?」
「あ、いえ、」
先輩、というのはは組が誇るお騒がせ三人組みが最近ご執心な女装の得意な先輩のことではなかったろうか。
嬉しそうにきゃいきゃい話すのを、話半分とまではいかないが一、二割誇張が混じっていると思って聞いていたが自分の目で見て納得した。
ああ、これは確かにこれはあの三人が騒ぐほどすごい、と。
その先輩は、並べられた品々をひょいひょいと無造作に二人の手に乗せ、分かんねェでもいいからとりあえず見とけ、と言った。
「こういうもんはとにかく数を見て慣れとかねェことには善し悪しなんて分かるようにはなんねェんだからよ」
おそるおそる、といった様子で手に乗せられた品物を見る二人とは対照的に、気楽そうに傍らの皿を引っ掴んでひょいと裏を返した。かと思うと、ばらっと掛け軸を広げ、んー?と首を傾げながら覗き込む。
粗雑とまではいかないが丁寧ともいえぬ扱いのに目を見張るその視線に気付くとちょっと気まずそうに目をそらしつつ、落としたりしなきゃ壊れねェから問題はねーよ、とごまかしを口にした。
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