幕間のひと  【伍章】 真偽のほどは






真面目な顔で検分する仙蔵と三郎の横で一人だけ気楽そうなは花瓶を指先で突つき、

「これ、どっからのっすか?」

仙蔵の口から出てきたのはここから少し離れたところにある小さな城の名前。きな臭い噂もなく、比較的穏やかな城だといわれているところだ。

「あっちの掛け軸と皿はよく依頼が来る商家からだそうだ」
「ヘー」


見てもまったく分からない……と思いつつ、真剣な上級生二人(は除く)の様子にそれを口にすることができず、庄左エ門は手の中の茶碗をくるりくるり、と回してみた。
見飽きました、とでもいうように品物そっちのけで茶をすすりだしたの姿を横目で見て、この人一体なんのために来てるんだ?と彦四郎が心の中で首を傾げていると、

、これなんだが」
「はい?」

どう思う?と仙蔵に差し出された掛け軸に、茶を下げて覗き込んだ。

「落款(らっかん)はある。聞いたことはない名だが号の一文字が同じだから…ほれ、おそらく弟子の一人だろう。色使いはよいと思うのだが、筆の勢いに欠ける気がするというかなんと言うか、」
「あー……」

腕組みをしてもう一度じっくり見るとうなずいた。

「まあまあ、っすね」


え?と思わず声を上げた一年生をよそに、

「ここら辺書き込みが甘いし、さらーっと流し過ぎ。この辺りなんか筆の運びが悪いですよ。でもまぁ、題材と色がいいから飾っとく分には十分じゃないすか?」
「そうか」
「おい、この茶碗は?」
「ああ、これも良かぁねーな」
「箱書きはしっかりしてるけど」
「窯は合ってんだけど、本窯で焼いたやつじゃなくて別の窯で焼いたやつだと思う。似せてっけどな。見ろよ、高台の形が違うだろ?本当はもう少し高い。これなら銘はねェけどあっちの花瓶の方が良いんじゃねーの?形と釉薬(ゆうやく)の掛かり具合がいい」
「皿はどう思う?」
「すげぇ俺の趣味じゃねーんですけど、いい品だと思いますよ。返しといた方が無難じゃねェかなー」

さらさらと答えるに、二人の目はもう点だ。


驚きのあまりおろそかになった手からうっかり落ちそうになった茶碗を慌てて掴む。ほーっと安堵の息をついた庄左エ門の様子を見て、

「あいつが目利きができるのが意外か?」

にや、と悪人顔で三郎が笑う。
はいとは言えないし、かといってここまで驚いておきながらいいえと答えるのも嘘くさい。
どうするか困った一年生たちを楽しそうに見やる三郎の、ネズミをいたぶって遊ぶ猫のような様子には呆れた視線を投げつけた。

「三郎、ちびどもで遊ぶな」

言いながら、ひょいと庄左エ門の手の中の茶碗を別な物に替える。
次いで彦四郎の手の中の物も同様に、これはわりといいやつな、と言いながら花瓶に替えようとしたところで、はっと我に返った彦四郎が手を後ろに隠した。

「……おい」
「ぼ、僕、見ても分からないんで……」

高い、壊したら大変、と顔に書いてぷるぷる首を振る彦四郎に、

「お前にそんなの期待してねェよ。だからって見ねェままで分かるようになんてなるか。いいから手、出しな」

そろり、と差し出された手にしっかり花瓶を握らせて、その頭をポンポンと叩く。

「しっかり見とけよ。目利きなんざ、とりあえずいいもん見ときゃどうにかなんだから」
「……そういうものなんですか?」

不思議そうな庄左エ門に、

「とりあえず『良い』って言われてるもんを山ほど見ときゃ、そうじゃねェのは安物、って分かるだろ?」
「そんな簡単にいきゃ苦労はしねェよ」

珍しく疲れたようなため息を付いた三郎は庄左エ門と彦四郎の方を向き、いいか、これをお手本にするんじゃないぞ、これは特例だ、むしろ別物だ。普通は形状や色、特徴、趣向その他を総合して価値を量るもんだ、と諭した。

あしざまにいわれたは、というと、だってなぁ、と頭をかきつつ並べられた品々を見回して、

「こんなのは結局のところ、自分の趣味に合うかどうかだろ。あれなんか、ああいうのが好きなやつは良いって言って大枚叩くんだろうけど、俺は欲しいなんざ思わねーし」

と指差したのは、色鮮やかに花々と蝶が描かれた大皿。先ほどが、『趣味じゃないが高い』と言った逸品だ。
なんで、と三郎が口を挟む。

「彩色も鮮やかだし、絵柄は緻密だし、形も良い。欠けもひびも無いし、良い物じゃないか」
「うん。良いもんだよ」
「良い物だろ」
「良い物だとは、思うんだけどなー」

ポリ、と顎をかき、




「あれに料理盛っても美味そうな感じ、しねェだろ」


だからいらねェ。




しんっ、と沈黙が落ちた。
いままで黙って聞いていただけの藤内もぴたりとその動きを止めた。
三郎の深い深いため息が辺りに満ちる。

「お前な……………………………観賞用の絵皿に料理盛ろうとすんなよ」

食欲をそそられるか否かが判断基準か?どんだけ食いしん坊なんだ、しんべエと同じなのか?と呆れる三郎の様子に不満そうに眉をひそめ、

「なにをいうか。皿は料理盛ってなんぼ、茶碗は茶ァ注いでこその代物だろうが」

それはそうなんだが、と素直にうなずきそうになり、慌てて首を振る。
のいうことは確かに正しい。正しいんだが…………違うだろ?

なんといったらよいのか迷って、助力を求めて仙蔵に視線をやるが、藤内を手招き茶をと言い付け独り楽しそうに笑って眺めている姿に、これは手伝う気は全く無いな、と小さく舌打ち。

「あー、そういうのは実用的な皿に任せとけ」
「実用的でない皿は、それはもうはたして皿なのか?」
「………形が皿なら皿だっ。眺めて風情を感じるだとかなんだとか、そういうのも……あるだろうが」

なんとなくで分かれよっお前教養の点はいいんだから、というのを分からんとばっさり切り捨て。

「春に喜び、夏を謳歌し、秋を惜しみて、冬に憂いる。季節のうつろいを感じるのが風情ってんなら、春に春を感じさせる器に春ならではの食材を使った料理盛って、春っていいよなって思いながら食うのこそなによりの風情だろうが」


考えてもみろよ、と座り直し、

「例えば冬の寒い日、炊いたふろふき大根でも黒の深皿によそって食うとしたとする。皿の濃い色と大根の白の対比がいいよな。いざ食おうと熱々の大根を箸で刺して持ち上げたとき、黒一色だと思ってた皿にしゅっと一筋筆で掃いたような白が走ってたら、お、と思うけどよ。同じように食材持ち上げたら花々しい御所車に蝶が乱舞じゃ、食欲落ちんだろうが」

素直にいわれた通りに想像してみた庄左エ門はああ確かにそうかも、と感じてうなずいたが。
三郎は額に手を当てて深いため息をついた。







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