幕間のひと 【伍章】 真偽のほどは
感覚を一致させるのは早々に諦めて(は元よりそんなことさっぱり気にしないで)、
「では、皿と花瓶だけ丁重にお返しして、あとは礼を言って受け取ればよいだろう」
「そうっすね」
すっかり疲れきった三郎をよそに、二人はうなずきあうと品々を箱にしまい始めた。
仙蔵が最後の包みを結び始めたのを合図に、あー終わった終わった、と背伸びしたは、
「藤内ー、茶、もう一杯くれるー?」
「はい」
それに呆れたような仙蔵の声が返る。
「お前は、ここに来るとよく茶を飲むな」
「あー、だって、藤内の煎れてくれる茶は旨いんで」
とたんに後ろでがちゃんがちゃがちゃ、と慌ただしい物音が上がる。
「どーした、藤内?」
「いえっなんでも!?」
「……そーか?」
顔を赤らめ、叫ぶように返した藤内に不思議そうに首をかしげ、顔を戻すと、
「俺、茶を立てんのはできるんですけど、茶を入れるのは苦手なんすよねー」
どう違うのかと目で問う仙蔵に、や、なんかどんだけ茶葉と湯を入れたらいいのかとか、どんくらい蒸らしたらいいのかなーとかイマイチよく分からなくて。だからいつもは兵助に煎れてもらってんですけど……というに三郎がうなずき、
「そういやお前の煎れる茶はいつも白湯もどきか苦くて飲めないかの二択だよな」
にやっと笑った三郎と眉をしかめたの視線がからみ合う。
「……三郎には言われたくねェよ。お前だっていつもは雷蔵に煎れてもらってんじゃんか」
「いいや、俺とお前じゃその理由が大きく異なる。俺は、自分でも煎れることはできるが雷蔵が煎れた方が旨いから、あくまで得意な者に任せているだけだ。お前はただへたくそで飲めないから、だろ」
「…………屁理屈」
「反論はせめてハチが飲める茶を煎れられるようになってから言え。俺は、ハチが食い物飲み物の類いを吹き出すのを初めて見たぞ」
わざと遠ーい目をする三郎に不満げに眉を寄せ、ハチに我慢が足んねーんだよ、とぼやいた。
「馬鹿言うな、ハチだから吹き出すだけで済んだんじゃないか。忘れたんじゃないだろうな、優しい雷蔵なんて無理して湯呑み半分飲んだら一刻ほど寝込んだだろう」
そこまで!?と目を向いてを振り返った一年生二人に、ぐっと口籠ると、
「よーし、そこまで言うならやってやらぁな。今度こそちゃんとしたのを煎れてやる!」
たあん、と飲み終わった茶碗を叩き付けるようにおいて宣言したに、
「いっとくが、白湯もどきを煎れて『湯みたいだから飲める』ってのは無しだからな。あくまでちゃんと、茶として飲めるもので、だぞ。あ、あと、ハチの口を抑えて吐き出さないようにするのも無しな」
「…………お前、俺のことなんだと思ってやがる……」
唸るような声にしれっと、
「目的のためには手段を選ばない男」
「手段のためには目的を選ばない男がなにをいう」
「………なんだそれは」
「雷蔵が言ってた。一年生相手ににこにこ笑いながら、『だから三郎の興味をそそるような行動・反応はしちゃ駄目だよ、ろくでもないことに巻き込まれかねないからね』って」
「………………」
思わぬ身内の裏切りに黙る三郎。
横の、己の委員会の一年生の方を向き、
「………庄左エ門、俺は良い先輩だよな?」
「面白いかどうかを最優先にする癖さえ出て来なければ、」
よい先輩だと思います。
正直に答えた庄左エ門にがっくり肩を落とす三郎。そしてその姿をざまあみろと指差してけたけた笑う。
笑われるまましばらくは耐えていたが、いつまでたっても笑い止まないどころかついには呼吸困難を起こし始めてヒィヒィ言い出したに、笑い過ぎだと三郎が投げた手裏剣を笑いながら、身体を傾けるだけであっさり避けて。
ふざけながらも実はすごい先輩達なんだよね……本人達には言わないでおくけど、と庄左エ門は再認識した。
「では、私はこれを学園長のところに持っていかねばならないのでな」
手持ちの手裏剣を使い果たし、もようやく笑いが納まって一段落した頃。箱を抱えて立ち上がった仙蔵を合図に、じゃあ俺達もお暇しますか、と皆立ち上がる。
「、これからどうする?」
「あー、陽もまだ高いから戻るわ。まだやってると思うし」
「用具委員会か?」
「ああ。学園長がなんか学園中の穴をうめて回れとか言い出してさ。自分が落ちたから躍起になってんだよ。ただでさえまた誰かが裏の土塀ぶっ壊したから忙しいってのに、はた迷惑な話だ」
土塀が穴どころか一区画ポッカリ無くなっててよ……だいたい誰か想像はつくんだが。
追加予算が却下食らったばかりだってのに修繕材料の出費が痛いぜ…とため息つくのを聞き付け。
「そういえば、委員会で重いものは持たされていないだろうな?」
と仙蔵が口を挟んだ。
「はい?」
「留三郎にも直接注意しておいたのだが、あまり重いものは持つなよ。筋肉が付き過ぎてはいかん」
忍術学園では体育に次いで体力勝負になってきている用具委員会に所属するに、そんな注文しても無理だろう、ということを口にして、腕や胸板のあたりを確認する仙蔵に、
「ああ、平気ですよ。なにしろ持とうにも俺、あんま力無いんで。力仕事はもっぱら留先輩がやってくれてます」
あっさり笑って否定したに、そうか、と安心して仙蔵も笑った。
先輩けっこう心配性っすねー、と笑いあって歩く二人に、
(そうですよーなにしろそいつは、ひと一人しか担いで走れないって嘆くような自称:力無しなんですよー)
と心の中でつぶやき、ははっ、と薄く笑った三郎を、不思議そうに庄左エ門が見上げた。
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