「あっ、ほら見えてきましたよ!」
森の木々の間から見えてきた強い光のきらめきに、隣を歩く少年が待ちきれない、というように小走りになる。
つながれた手に引かれこちらも小走りになって、タタタッと駆けた先に、急に開けた視界いっぱいに広がる、まばゆいばかりの青、青、青―――
「おーい!」
その青の中に散らばる人影に向かって叫べば風に乗って声が届いたのか、豆粒ばかりの人影がいくつか振り返った。嬉しさに、駆ける足が速くなる。
「兵庫第三協栄丸さーん!」
小さな人影が一人、こっちに向かって手を振る。
ぶんぶんと振り返すように少年が大きく手を振り、
「お魚もらいに来ましたー!」
幕間のひと 【陸章】 とんだ豊玉姫
おーい……と風に乗ってそんな声が聞こえた気がして、舳丸は顔を上げた。
気のせいか?と思ったが、他にも何人か同じ音を耳にしたようで、作業の手を止め辺りを見回すと、
「あ、あれ」
言われて崖の方に目をやれば、小さな人影が一つ、二つ、三つ、と。
誰かが、乱太郎君達じゃないか?と言った。
一番年若の網問が目をすがめるようにして、ああ、乱太郎君達ですね、と判断する。
『兵庫第三協栄丸さーん』
今度はさっきより大きく聞こえた声は、確かにとても聞き覚えのある声。
「おーい、乱太郎、きり丸、しんべエー!」
第三協栄丸が大きな声で呼ばって手を振ると、少し遅れてあちらも振り返してきた。
『お魚もらいに来ましたー』
元気一杯な無邪気な声に、第三協栄丸だけでなく皆の顔が自然とほころんだ。
「おー、早く来いこーい!!」
叫ぶと、人影が引っ込んだ。浦に降りてくる小道に向かったんだろうとあたりを付けて、こちらも海から上がり浜に集まり待っていると、
「「「第三協栄丸さーん」」」
転がるような勢いで駆けて来た小さな子供達の頭をガッシガッシと撫でてやると、きゃーと声を上げて嬉しそうに笑うから。第三協栄丸達も嬉しくなる。
「美味しいお魚もらいに来ましたー」
「これ、食堂のおばちゃんから、特製のお漬け物でーす」
「いつもお魚ありがとう、って」
にこにこと笑う姿は本当に無邪気で、とても忍者のたまごとは思えない。
片や忍者のたまご、片や海賊。
本来なら出会うはずもなかったこの小さな忍たま達が、第三協栄丸は可愛くて仕方がなかった。まるで、自分の子のように。
まだ年若の者もいるが他の海賊達も多かれ少なかれ同じ思いなんだろう。集まってくるその顔には、それぞれ笑みが浮かんでいて。
人当たりの良いとはとうてい言えない、むしろ目が合った瞬間泣き出されても文句の言えない風貌をしている自覚はある。
だからこそ、向けられる無垢な笑顔と慕ってくれることがこそばゆくもあり、嬉しくもあり。
子供達をぐるりと囲むように集まった面々と同じように、にこにこと笑いながら近寄った鬼蜘蛛丸は、三人の後ろに更に人影を見つけて、おや、と足を止めた。
浜に降りてくるその人物はまだ距離があるため顔はよく見えないが、服は女物の着物のようだ。
またしても女装をしている山田先生だろうか、と変わった趣味を持つ少年達の担任教師の顔を思い浮かべたが、どうにも体格が違う。
海賊のねぐら、と名高いこの浦に女性が一人で来るなど、怪しい。さっと身体が不審者に対する反応をとった。
横でも幾人かが同じ行動をとったのを、気配だけには鋭い三人がきょとんとしつつ顔を上げ、鬼蜘蛛丸の視線の先を振り返って、あ、と声を上げた。
「今日はお魚をもらいに来ただけじゃないんだった」
「何かあったのか?」
「いえ、そうではなくてですねー」
なぜか嬉しそうにえへヘーと笑う乱太郎の横、きり丸が後ろから来る女性の元に駆けていって、早く早くと手を引いて戻ってくる。
近づくにつれ分かったその人物は、濃山吹の着物に小さく染め抜かれた花模様のよく似合う、目尻の柔らかな風貌の、十四、五のまだあどけない少女だった。
女の子が何故ここに?と首を傾げる海賊一同の前に、きり丸達は笑顔で少女をずいずいと差し出した。
ちょっと困ったように浮かべる、恥じらい混じりの笑みが可愛らしいまだ幼さの目立つ少女。
「今日は先輩も一緒なんです」
「ちゃんっていうんですー」
女の子、と聞きつけて、すかさず女性大好きな義丸がさっと前に出て来た。
「おや、これはまた可愛らしいお嬢さんだ」
日焼けした顔に浮かべる、うさんくさい爽やかな笑みに、さすがに十も年の離れた少女では彼の守備範囲内ではないだろうと思いつつも、念のため離しておいた方がいいんじゃないのか?と頭を寄せ話し合う海賊達。
当の少女は、義丸の笑顔にか直接的な褒め言葉にか、頬をさっと赤らめつつ、うつむき加減で乱太郎達に助けを求めるように視線を送った。
そんなすれてない、もの馴れないうぶな仕草もまた可愛らしい。
助けを求められた三人はけれど助けようとはせず、むしろなぜかにこにこ笑ってその光景を眺めて楽しそうにしている。
「先輩、ってことは、くのいち教室の子か?」
でも、と第三協栄丸は首をひねって、
「前にくのいち教室の子達が臨海学校で来たときには見なかった顔だな」
それ以降に入った子か?それともあの日は休みだったのかも。しかしこんなもの慣れない様子でくのいちとしてやっていけてるんだろうか。
だんだん心配になってきてそう問うとなぜか三人はいっそう笑みを深めて。
「いいえ、先輩はくのいちじゃないんです」
「くのたまじゃないんでーす」
「先輩はオレ達の先輩なんっすー」
訳が分からなくて、首を傾げる。
そろって首を傾げる海賊一同は傍から見たら異様な光景だろう。
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