幕間のひと 【陸章】 とんだ豊玉姫
「? 女の子なのに忍たまなのか?そりゃすごい」
そう言った第三協栄丸に、違いまーす、と三人の声がそろう。
うっふふーと笑うその顔は既に悪巧みをする時のそれだ。
顔を見合わせると、ジャーン!!と一声。
「「「先輩は実は男の人なんでーす」」」
「「「「「「……は?」」」」」」
悪戯成功、とばかりに手をぱちんと叩きあって喜ぶ三人に囲まれた少女が、恥ずかしそうに、えへ、と笑った。
わけが分からない、という顔で目を見開いて、恥じらう少女を凝視するこわもてな一団。
その前できゃっきゃ、きゃっきゃと楽し気にはしゃぐ三人組の声が響く。
「ちゃんは本当は先輩っていうんです」
「女装の名人なんす」
「女の子の格好してるときはちゃんって呼ぶんですよー」
楽し気に披露する三人とは対照的に少女……に見えるが実は少年だという人物はすまなそうな顔だ。
それはそうだろう。
「あの…………すみません、なんか…」
その声もまた、少女のように柔らかく高い。
「ああ、いや、あんたのせいじゃあないだろうし……」
けど、なんでまた。
女装なんかして?と問うたのを、なんでお前もついてきたのかと問われたととったらしい少女……じゃなくて少年だというややこしい人物は、
「あ、えと、最近この近くの山道に山賊が出るって話があって。どうにかしてほしいって話も学園に来てたんですけど。そこにちょうど乱ちゃん達のお使いが重なったものですから……」
と言うので、おや?と首をひねった。
三人の護衛として付いてきたのなら、女の子に化けるより男の姿のまま来た方が牽制になってよかったのではないだろうか。
そう言うと、あ、いえ、とちょっと照れたように笑って、
「私、おとりなんです」
ことり、と首を倒した。
ほら、子供と女の子だったら狙いやすいから出てきてくれるでしょう?
あぜんとした海賊達に笑いかけるに、乱太郎達は、すごかったんですよ、あっという間に山賊をばったばったと倒しちゃったんですから、とはしゃぐ。
常ならめったに目にすることのない先輩の勇姿に興奮して目はキラキラだ。
「でも、あの山賊さん達聞いてたのより少なくなかった?」
としんべエ。
「町の人たちが早めに警戒し始まったから、実入りが少なくて他に移った、とか?」
「ねぐらにいる者と二組に分かれていたのかもよ」
「じゃあ念のため帰りも気を付けて、もしまた出たら退治して帰りましょうね」
荷物がある方が狙ってきてくれそうだし、とにこにこ笑顔で言うようなことではないことを口にする見た目可憐な少女に、ぴゅう、口笛を吹いて義丸が、すごいお嬢だとつぶやいた。
「第三協栄丸さん、お魚は?」
「おう、そろそろ漁師さん達が戻ってくる頃だ。捕れたての、ピッチピチだぞう」
「わぁい、ボクお魚大好きー!」
もうちょっと待ってな、と言われていい子のお返事。
それまでの間遊んでこよう、と波打ち際や岩場に駆けてく三人に、気をつけてねーと声をかけて見送る姿はまるっきりお姉ちゃんだ。
しばらくは三人の姿を笑顔で見ていたが、自分も波打ち際に歩み寄ってみた。
波に濡れて黒く染まった際まで進むと足を止めて、ぼうっと海を見つめるその姿に、チラチラと様子をうかがっていた者達の中から、行ってこいと押し出された舳丸と網問が声をかけた。
「なにか、珍しいものがありましたかい」
「えっ、あ、えっと」
「お嬢は海は初めてですか?」
「お嬢?」
網問が問うのに小さくつぶやくように返す。
「あ、すいません。別にさっきの話を疑ってるわけじゃないんですけど、ただ、そのぅ……」
チラ、とを見て、
「その見た目で男名前で呼ぶってのもちょっと……」
あ、嫌なら止めます、と慌てた網問に小さく笑って、そりゃそうですよね、かまいませんよ、と言った。
「えと、海は二度目なんです。前に見たのは何年か前で…」
「ご生家は山の方ですかい?」
「海からは離れてましたね。水っていうと、池とか」
「おや、川もなかったんですか」
「あ、川は近くにはあったんですけど、実はあんまり行ったことがなくて」
恥ずかしげにちょっとうつむいて、
「だから私、学園に来るまで泳いだことなかったんです。なもので、しばらく水の訓練の授業が来るたび気が重くて重くて……」
「ああ、そんなのたいしたことないですよ。なにしろうちのお頭もしばらく泳げなかったくらいで」
「え?」
「網問、余計なこと言うんじゃねェ」
「あ痛っ」
ゴス、といい音を立てて舳丸のげんこつが網問の頭に落ちる。
思わずしゃがんで涙目になった網問に慌てて大丈夫ですか、とが駆け寄ろうとするのを片手で押しとどめ、
「あー痛……へーきですよ、いつものことなんで」
「でも、涙目になってますよ?」
「大丈夫です、こいつ頭は頑丈なんで。―――で、いまは水は平気なんですか?」
まだちょっと網問の方を気にしつつ、
「え、ええ。同室の人が放課後とか休みの日に練習に付き合ってくれて。いまじゃちゃんと泳げますよ」
きゅっと小さく手を握って嬉しそうに話す姿に、思わずこちらの頬も緩んでくる。
「前に授業で海に来ることがあって、」
「おや?いらっしゃってましたか?」
「あ、いえ、直前になって別な用事でしばらく学園を離れることになって、私だけ行けなかったんです」
しょぼん、とちょっと肩を落とす。
「前に見た時は、街道沿いの林の間から、ほんのちょっと見えるのを通り過ぎただけだったので、楽しみにしていたのに……」
「そりゃあ残念でしたね」
「ええ。だから、乱ちゃん達と一緒にってお使いの話がきたときはやった!って思って。実はすっごく楽しみにしてきたんですよ」
「そうだったんですか」
「すっごく綺麗ですね!」
自分達が常日頃生活の基盤にしている海を誉められて、嬉しくならないはずがない。
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