幕間のひと  【陸章】 とんだ豊玉姫






そうでしょう、そうでしょう、と二人はうなづいて、

「ええ。今日は特によく晴れていて……いい日にいらっしゃいましたね。綺麗でしょう?」
「ええ、日の光がキラキラ反射して、とっても綺麗……」

つぶやくように息を吐いたの髪が海風にさらわれる。
ふわっと香ったおしろいと少しの甘い香りに、網問の心臓がばくんと一つ音を立てた。


(いや、待て待て自分、この人本当は男だろ?それにときめいちゃったりなんかしたらまずくないか?まずいだろう―――義兄辺りに知られたら、しばらくからかわれ続けるに決まってる!)

落ち着け、そうだ、たぶん嗅ぎ慣れない香りにびっくりしただけだって。もしくは見た目だけとはいえ若い女の子がこんなとこにいるなんてなかなかないことだから、単純な反射的反応とか。
ほら、あっちで重とか間切の顔もなんか赤らんでるような気がするし、俺だけじゃない!これで普通だよ、と焦る網問を尻目に。


海風にさらわれる髪を耳に引っ掛けたところで不意に動きを止めた。

「あれ、は……」
「え?」

なんですか?と舳丸と網問が返そうとした瞬間、わぁーん、という泣いているような声が聞こえた。
慌てて声のする方を見れば、裏の浦に行こうとしていたのか、山際の岩場の方からしんべエが泣きながら駆けてくる。
そしてその後ろには、


「っ山賊!?」


ここに来るおりの山賊退治に漏れたのだろう、いかにもな風体の男が駆けてくる。
山は実入りが少ないと、海まで降りてきたところに偶然しんべエが出くわしてしまったという辺りか。

錆びた刀を振り回して身にあわぬ素早さで駆けてくる大男。
ただでさえしんべエの足は遅いのにこんな足場の悪い浜辺ではなおさら、逃げ切れるはずもなくみるみる男との距離は縮まってゆく。
慌てて駆け出そうとした舳丸の横を、


「「お嬢!?」」


さっと駆け抜けた人影は一路しんべエの元へ。
前のめりに倒れ込むように、バランスを崩して捕まりそうになったしんべエの手を掴み、ぐいっと引き寄せると自分の背の方へと逃がした。

しかしそのため、自分が山賊の前に飛び出す形になり

「っ、」
ちゃん!!」
「お嬢!」

代わりにとを捕まえた山賊は、周りを囲む海賊達の姿にようやく我に返ったのか、左腕にを抱えるとそののど元に錆びた刀を突きつけて叫んだ。

「動くな!動くんじゃねェぞ、ちょっとでも動いたら…分かってんだろうな!!」

人質を取られてしまっては手の出しようがない。
苦い顔でじり、と二の足を踏んだ海賊達に山賊は優位を感じ、にやりと嫌な笑いを浮かべると、左腕の力を強め、抱えたを引きずるようにしてじりじりと下がりだした。

このまま逃げる気だ。
逃がすわけにはいかないが、なにしろを人質に取られている。
まずあの刀をどうにかしないことには、と迷っているうち、少しずつしか進めないことにいらだった山賊が、腕に抱えたに、

「おい女、さっさと歩け!」

耳元で怒鳴られたはびくっと身をすくめ、その拍子に、

「あっ」



よろけた、と思った瞬間。
ほんの一瞬きほどの間だった。



よろけたに、突きつけられていた刀がほんの少しだけ離れた瞬間を見逃すことなく、右足で思い切り山賊の足を踏みつけた。

「っ」

痛みにこわばった身体に、その右足を軸にして身体をひねり、右ひじをみぞおちに叩き込む。
ぐふっと鈍い声を上げてくの字型に身を折って、体勢が崩れたところへ叩き込んだ右ひじをそのまま上へ跳ね上げ、突き出したあごを下からしたたかに打つ。
まるで舞を舞うように、流れるように続いた一連の動作。

勝負はまさに一瞬だった。

みぞおちもあご下も人体の急所の一つだ。急所は鍛えようがない。
その二つに立て続けに強烈な攻撃をくらえば―――身も蓋もなく意識を昏倒させた男がどさりと砂浜に崩れ落ちた。

一瞬の出来事にわけが分からず、警戒の態勢のままあっけに取られる海賊達の前、

「しんべエ!」
「わぁーん、先輩、怖かったー!」

わんわん泣くしんべエにもう大丈夫だからね、と一生懸命慰めるの顔には、先ほど一瞬かいま見せた鋭さのカケラもない。



「いやはや………見事だったなぁ」

蜉蝣が感心した声をあげる。

「俺達の出る幕なかったな」

鬼蜘蛛丸も苦笑を浮かべ。

「確かにこりゃ、普通のお嬢さんじゃねェや」

そう言いながら、泣き止んだしんべエの鼻をかんでやるを見る疾風の目は、あの三人組を見る時のように、優しいものだった。







「こんなにいっぱい、ありがとうございました」

そろそろ日も暮れ始めようかという夕刻。魚を満載した荷車の前、並んだ四人はにこにこ笑って海賊達に頭を下げる。

「なあに、いいってことよ。怖い思いさせちまったお詫びだ」

また、今度は遊びにこいよな、と三人組の頭を第三協栄丸がガシガシと撫でる。

「お嬢も、また遊びにきて下さいね!」

網問が重ねてそう言うと、ちょっとびっくりしたように目を見張った後、

「はい」

頬をさっと薄紅に染めて、嬉しそうに笑った。
その表情を真正面から目にして、本人達は気付いていないがちょっと締まりない顔の若い衆達の姿に。

ひっそりあーあとため息を付いたきり丸の心を、いまはまだ誰も知らない。







豊玉姫は、海神の娘の名前です。
女装が得意なですが、実は体術もけっこう得意ではあります。
竹谷、作兵衛、藤内に続いて間違った道に迷い込みそうな人が出てきました(笑)
海賊さん達は特に、男版のを知らないから仕方ないのやも……
素の彼を見た時の驚きが楽しみでもありますね。






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