折り入って頼みがある。


そういって深々と下げられた頭。
普段はそんな行動を決してとらない人だけに、しんっとした重い空気が部屋中に満ちて。

「文次郎を女にしてやってくれ」



「…………………………………………………は?」



ようやく口から出たのは情けないことに、ずいぶんと間の抜けた声だった。





幕間のひと  【七章】 愛でられてこそ華






「ま、ま、ま、紛らわしい言い方をするなー!!」

スパーン!といい音を立てて戸を開けた文次郎が転がるように部屋に駆け込んでくると、と相対していた仙蔵は、なんだと、と下げていた頭を上げ、

「失礼な輩だな。人がこうしてせっかく、お前のためを思い頭を下げてやっているというのに、感謝するどころか文句をつけてくるとは……」
「だから紛らわしい言い方するんじゃねぇよ!お前絶対面白がってるだろう!?俺のためうんぬんでお前が動くなど太陽が西から昇っても有り得ん!」
「心外だな、級友の窮地にこんなにも心を砕いているというのに。理解されぬというのはかくも悲しきことか」
「そのまま砕けて粉々になっちまえばいいんだ!!」
「なんだと」

ギャイギャイと騒ぎだした文次郎と仙蔵(主に一方が)を前に、まったく事情が掴めないは、どうだっていいけど早くどっちか説明してくれねーかな、と思いながら出された茶をずずりとすすった。






ひとしきり騒ぎきった四半刻後。

結局集まってしまった六年生六人を前に(文次郎と、おそらくは巻き込まれたのであろう伊作が若干煤けて……というか正直焦げていたけれどそこは賢明に見えないふりをした)部屋が狭いな、と思いつつ説明を聞く。
正直な話、さっさと帰って全て忘れて、のんびり秘蔵の菓子でお茶でも飲みたかった。

「今日お前を呼び出したのは他でもない。頼みがあるのだ」
「………さっきのよく分からない話ですか」

潮江先輩を女にうんぬんかんぬん。
思い出したくない話だったけれど、仕方なしにうなずくと、

「実は、三日後に六年生は三クラス合同の校外実習テストがあるのだが、」

そんな話、他学年の自分にしていいのかと視線で問うたに気付いて仙蔵は肩をすくめた。

「そのように気負うほどたいした話ではないのだ。単なる変装のテストでな。町に行って課題をこなしてくるだけの簡単なものだ。ただし、その変装というのが―――」

女装でな、と仙蔵が笑った。

女に化けて町に行き、男に声をかけてもらい何か買ってもらうかおごるかしてもらえば良い、というだけの、今更とも思えるほど簡単なテストだという。

「下級生の頃から散々やり尽くしたテストだ。だが、六年生といえども……いや、六年生だから、というべきかな?中にはそれが大問題な者もいてな。―――この文次郎のように」

視線で指す先には憮然とした顔で座る文次郎。



そもそもが、この間の全校一斉女装大会の際に上級生の結果が散々だったことに端を発するという。結果をみた学園長が、こりゃ由々しき問題じゃ!といい今回のテストが決まった。
つまりはこれ自体が既に再試験のようなものだ。ここを落とすとさすがにもうマズいらしい。
ところがその最終ラインの試験に危ない者がいた。

言わずもがな、潮江文次郎その人だ。


「私とか長次とかもわりと危ないんだがな、文次郎はぶっちぎりで危ないんだ!」

笑顔でとどめを刺したのは小平太。
なにしろ文次郎は三年生の頃からただの一度も成功したことがないんだから!という小平太の言葉に文次郎の眉間のしわがぐっと深くなる。だが事実には違いないのでぐっとこらえた。
一方はわりと別な部分に驚いていた。


ってことは、二年生まではまだ女の子に見られていたんだ……!?


口にしていないから誰も突っ込む者がいないが、お前こそ文次郎をなんだと思っているのか。

「私も色々と手を出し………もとい手を貸してみたんだが、どうにも上手くいかん。ほとほと困り果てて、お前に相談することにしたんだ」
「そんで、くだんの発言に繋がる、というわけっすか」

は深くため息を付いた。
ならもっと分かりやすい言い方をしてくれればよいものを。あれは分かっていて、わざと煽るための発言に間違いない。まったく、どんな時だって自分の楽しみを忘れない人だ。

「とりあえず、どんな強引な手を使ってもいいから一人、引っかかればいいんだ。どうにかならんか」

あまりに文次郎に失礼なことをさらっと言った仙蔵に、うーんとうなりつつ横の文次郎を見やる。
右から。左から。ちょっと離れて。近寄って。終いにはあごを掴んだかと思うと首がグキグキいうのも構わずあちこちの角度に向けて、しげしげと見やった。
四方八方から見られることに居心地の悪くなった文次郎がついに身じろいだあたりでようやく手を放し、

「どうにかできないこともない、と思いますよ」
「本当か!?」
「ええ。……なにに化けるかは特に決まりはないんですよね」
「ああ、女ならばなんでも構わん」
「ならば、まあ」

大丈夫だと思います、とうなずいたに、固唾をのんで様子を見守っていた伊作が、よかったね文次郎、と笑いかける。他の者もホッとした様子だ。
いつもなんだかんだと揉めたり騒いだりしているが、やはり六年も共に学んできた学友達。友のピンチに心を砕いていたのだ。

やっぱり餅は餅屋だ。意外にどーにでもなるもんだな!!

その横で顔中笑みにしてけっこう失礼なことを言う小平太がいるから説得力に欠けるが。

「テストはいつなんすか?」
「三日後の、昼のあとに学園を出て、夕刻の鐘までには戻らねばならん」
「あ、よかった、その日は俺ら午前は座学で午後が自習なんで。じゃあ、早めに昼飯食って、部屋にいて下さい。着物と化粧道具はこっちで用意しますんで」

そういうと横から小平太が、なあなあ私達も見てていいか?と聞いてきた。
見せ物になる側の文次郎は渋い顔をしたがは気にせず、構いませんよと返すと、やったな長次!ついでに何かアドバイスをもらえるかもしれないぞ!と隠すそぶりもない策略をぶつけられて苦笑いが浮かんだ。
こうはっきり言われてしまっては、一緒に面倒見てやるより他にない。これさえも作戦だというなら、いっそ見事だ。


ここまで上級生に頼られるというのはやはりちょっと嬉しいものだ。自分の技術と努力が認められている証だから。
………それが『女装』というインパクトはあるがいまいち素晴らしいものとはかけ離れているものであるのがなんだが。



「じゃあ、三日後に」







Back  幕間のひとTopへ  Next