幕間のひと  【七章】 愛でられてこそ華






「七松先輩はとにかく無邪気さをアピール」

目はぱっちり大きく、明るい印象を残した白すぎない肌、ほんのり上気したように薄紅く彩られた頬は少し彼を幼げに見せている。
元気がよくて活発で、楚々としたしとらしさはないけれどそれが逆に魅力なる、少女らしい少女。

「とにかくはしゃいで、いかにも久しぶりに市に来た、楽しくてたまらない、って感じに店を見て回る。それで団子屋にでもいって、周りに人の良さそうな少し年配の男がいたら、団子を買うんだ。
ただし、すぐには買うんじゃねェぞ。いかにも軽そうな―――ここ大事な―――質素な財布握りしめて、何本にしようかな、どの味かいいかな、ああやっぱりこっちの方がいいかも、とか、長々と迷う」
「私はみたらしが好きだよ?」
「あんたの好みを聞いてんじゃねェよ」




「そのうち店の人が、お土産ですかと聞いてくるかもしれねェ。そのときには、弟達が家で待ってるんです、なにか買ってってやりたいんですけど……と言葉の尻をちょっとしんみりしたように下げて手の中の財布をぎゅっと握りしめつつ眉を下げると、」
「分かった、持ち合わせが少ないことをそれとなくアピールするんだね?」

はいはい、と生徒のように手を上げて答えた伊作に、墨を付けた筆の先でピッと、当たり、と指し、

「なおもうんうん迷っているとさっきの男が『買ってあげましょう』と声をかけてくるから、一瞬驚いて、それから慌てていいです悪いです、と断る」

えー、せっかく買ってくれるのに?と不満げな小平太に、近場の町だ、後輩の実習のときにもまた居るかもしれないだろ?気持ち良く買ってもらって、次回の誰かのときにも引っかかってもらえるように色々手順が必要なんだよ、と呆れ顔。

したたかというか、上手というか。
軽々と手のひらで踊らされているような感覚に、留三郎達は顔を引きつらせた。

「一度断っても相手は、いえいえ遠慮なさらず、弟さんが楽しみに家で待ってるんでしょう、と言ってきてくれるから、そしたら今度はちょっと上目遣いにはにかみつつ、すみません、じゃあ…といって、受ける。
そしたら相手は上機嫌で多めに買ってくれっからな」

カミソリで文次郎のしっかりとしている眉を柳型に整えた後、小さな筆を使って墨を溶いたものを目尻にちょいちょいと。
紅は濃いめの色を、下唇を強調するように塗る。



「中在家先輩は親切心に取り入れ」

おしろいも紅も、ごく薄めにされた長次は飾り気のない代わりにごてごて感もない。さっぱりしつつ、頬の傷跡は例の塗ったものでしっかり隠されている。
ややガッシリした感は否めないが、生来の寡黙さと相まって、『自分が女らしくないのを気にして着飾れないでいる大人しく純朴な子』といったようにも見えるあたり、さすがなところだ。

「色柄は派手じゃねーが見た目にいい手ぬぐいを一枚、懐に持ってく。あと、出がけに履物の鼻緒に傷つけて切れやすくしといてくれな」
「傷……?」
「そ。ちょっともったいねーが仕方ねェ。必要だからな。で町についたら履物屋の看板が見える辺りまで離れたところで、懐に余裕のありそうな穏やかそうなじいさんを捜しその側でわざとつまずいて鼻緒を切る」

だがすぐに助けを求めちゃいけない。

これがポイントだと振り返って念を押し、

「道の端に移動して、懐から手ぬぐいを取り出す。そんでもってハッとした顔でその手ぬぐいを見るんだ。
大事そうに握りしめ、履物を見て、手ぬぐいを見て、迷ったふり。で、唇をきゅっと噛んで、意を決して手ぬぐいを破く振りをすると、お待ちなさいと止めに入る手があるから、そしたら後は七松先輩と同じだ。
一回引いて、んで、すまなそうに何度も礼を言いつつ履物を買ってもらう」

草履だのでも構わないんだろ試験は、と確認するにうなづいた。
特に何かを、という指定はない。とにかく何か、勝ってもらうかおごってもらうかさえすればいいのだ。

なりふり構ってないとか言うなかれ。本当に構ってないなどいられないのだ。
なにしろ世間一般ではそろそろ大人として認められつつあるこの身で女のふりをするのは、いささかどころではなく無理がある。

いつの間にか付けたカモジまで結い終わっていたは、次いで容赦なく忍び装束をひっぺがすと、風呂敷で包んで持ってきた着物を広げる。

「これを着ろ。着るくらい一人でできるよな?ああ、首はそんな詰めるな。もっと後ろ衿開けて。帯はもっと高めだ」
「高め?だがこれ以上すると……それにやけに裾が短くないか?」
「いーから、高め!」
「あ、ああ………」

このままでは裾が短すぎて足が出て、つんつるてんになってしまうのでは?と首をひねりつつ、言われた通りに着付けている間にも、傍らでの怒りを買わないようにじっとしていた留三郎を手先で呼び、広げたままの化粧箱を引き寄せてちょいちょいと手直しを。

すると普段のキツすぎるほどのまなざしが、意志の強そうな印象的な、と表現出来るくらいに弱まる。
続いて、支度途中に慌てて飛び出してきたせいか妙に斜めってる頭を、なんでこんなになるんだ?とぼやきながら手直ししつつ、

「伊作先輩は……もうこけるなとは言わねェ。そりゃ体質で、もうどうしようもねーからな」
「なんかもう……ホントすいません…」
「ただこけるときは、なるべく顔をかばって、できれば手に小さな擦り傷を作ること。で、こけたらたいして痛くなくてもわざと目元に涙をにじませる。このとき涙はにじませるだけで決してこぼさないこと!
あと、くれぐれも、相手が引くほど派手に転んでくれるなよ。例えば顔からとか。学園じゃねーんだから」
「…………善処します」

次いで仙蔵には、じっとその顔や格好を見た後初めてにっこりと笑った。

「うん。さすが。特に問題はねーわな。でも念のため…」

ちょっとだけ、と言って針の先ほどの紅を混ぜたおしろいをうっすら頬にはき、目尻をやや下がりめに書き足す。
それだけで、冷たい雰囲気の中に年頃らしさが混ざった。



「で、どうだ、着れたか?」
「あ、ああ」
「あー……ちょっと待て、もうちょい詰め物足そう」

問答無用で合わせ目に手を突っ込むに心の中だけでうわっと驚きの声を上げつつ身体はぐっとこらえる。
ここでうかつに逃げの姿勢をとれば怒り再びだろうという予想くらいはついていたので。
そんなことは意に介さず、は容赦無しに詰め物を突っ込むと若干乱れた合わせ目を直し、ポン、と一つ手を叩いた。

「よし、完成!」

どうだ!と弾んだの声に恐る恐る学友達の方を振り返った文次郎は、





「「「…………………………………………」」」





「…………おい、なんとか言え…」

ぽかんと口を開けて―――あの仙蔵でさえぽかんと、マヌケな顔をさらして固まる一同に、やはり作り手が代わろうとどうにもならんものはどうにもならんのだろう、と。
わずかにではあったが期待していただけに気落ちして、

「やはり似合わんか……」

不安げに問う文次郎に、一同はそろってぶんぶんと首を横に振った。


なにを言うか。
似合わないどころの話ではない。


「………っごい!」
「あ?」
「すごいよ文次郎、ちゃんと女の人に見える!!」


硬直から解放された小平太と伊作はダダッと足音荒く駆け寄ると、その周りをくるくる回ってあらゆる角度から見て、感嘆の声を上げた。

「すごい!本当!普通にちゃんと女の人になってるよ、ひいき目無しに!!」
「あごがすっきりしてる!首の太さも気にならないし、胸も前みたいにおかしな感じになってないぞ!ごつごつした感じもしないし、なにより、」



「「隈が消えてる!!」」



「やかましいっ」







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