『理不尽な目にあってる滝夜叉丸を見かけたら、教えてくれよ!』


例の先輩にもう一度会いたいきり丸にそう頼まれて、もう二週間近くがたつ。
だいたい理不尽な目にあってる滝夜叉丸ってどんなの!?と聞けば、まぁ見ればお前も、これだ!って分かるから、と押し切られ、一応周囲に気を付けてはみたものの。
そんな場面に出くわすことはついぞ無かった。
探す気があまり起きないことも理由の一つだろう。
だいたい、乱太郎は滝夜叉丸が苦手だ。
もちろんたいがいの人が彼のことは苦手だろうが、持ち前の不運でよく捕まる身としては、他の人よりももう少し、彼が苦手だという嫌な自信があった。

ま、でもさすがに、そんな場面に出くわすことはないだろう、と高を括っていたのだけれど。





幸いなるかな、勘違い
〜再びの出会いは人力で、引きずり寄せるものです。 前編〜






「………はぁ…」

ある日、委員会のため保健室に行こうとした道中で。
いつものように落とし穴に、落ちた。



本当にいつものことで、慌てるより先にため息が出てきた。
これだけ多く穴に落ちていると分かるようになる。
これはおそらく四年の穴掘り小僧の作に違いない。

(まあ、学園にある落とし穴の大半が彼の作なのだけれど)

穴掘り小僧はどうやら機嫌がよろしくなかったらしい。
いつもより深い穴は登るのに苦労しそうだ。
とりあえず体勢を立て直して、と穴の底でもがいていると、

「おーい、落ちてる人。大丈夫?」
「あ、」
「とりあえず縄を下ろすから、それで登っておいで」

正に天の助け!とばかりにえっちらおっちら縄を登ると、穴の淵にはにこにこと笑う小柄なひと。
あまり見ない顔だが茄子紺色の忍び装束を着ているので四年生だ、と分かる。

「大丈夫?」
「あ、えと、ありがとうございました」
「怪我はないかな?」
「はい、上手く落ちたみたいで」
「じゃあ、動ける?」
「ええ、問題ないです」

ああ、四年生にしては優しい人だなぁ、と感動していると、

「それならちょっとこれ運ぶの手伝ってくれる?」

前言撤回。
やっぱりなぁ、見返りなく優しい人なんてそうそういないんだ、と現実にちょっと涙しつつ。

「……いいですよ、なにを運ぶんですか?」
「悪いね、ホント助かったよ。私一人じゃ重くて持てなくて」

これなんだけどね、と、ズルズルわりと派手な音を立てて引きずってきたのは、なんだか見覚えのある茄子紺色の大きな大きな包み………ではなく、



「た、滝夜叉丸!?」



「あれ、知ってるの?」
「え、ええ……っていうか知らない人はいないと思います…って、そうじゃなくて、」
「ああ、目立つものね」
「そんな、のんきに話している場合じゃないでしょう!?凄い泥だらけだ…と、とにかく保健室に運びましょう!」
「うん、悪いねぇ」

いつものうっとうしいまでのキラキラしさが見る影もなく。
土まみれで所々すれて完全に気を失っている滝夜叉丸を二人掛かりでなんとか保健室まで運び込み、

「伊作先ぱーい、怪我人です!」
「ああ、乱太郎。怪我人はどこ……わぁ、滝夜叉丸っ!?」

あまりの様子に一瞬声をあげるも、さすがは保健委員長。
手早く上着を脱がせると、傍らの左近にちょっとこれ外で叩いてきて、と土まみれのそれを渡して、自分は滝夜叉丸をかついで室内に入った。
見かけは細くても六年生。力は意外にあるのだ。

「これは、なんていうか………酷い。なんでこんなになったの?」
「えっと、落とし穴に落ちまして」
?とりあえず中に入って、詳しいことを教えてくれるかな?」

どうやらという名前らしいその先輩は、あ、あとこの子も落ちてたんで後で見てやって下さいね、と乱太郎の背を押しつつ、滝夜叉丸の寝かされた横にちょこんと正座する。
てきぱきと滝夜叉丸の泥を拭って怪我の様子を見る伊作は眉をひそめ、

「ずいぶんと深い穴だったみたいだね、凄い泥だらけだ」
「いえ、最初はこの半分くらいだったんですけど、引きずってきたんで汚れちゃいました」
「え、引きずってきたの!?」

思わぬ話に手も止まった。
びっくりして振り返った伊作の眼は驚きに、まんまるに見開かれている。

「はい。あ、途中からはこの子が手伝ってくれたんで、持ってきました」
「ひ、引きずっちゃ駄目だよ、怪我人なんだから」
「でも、かついだら潰れますよ、私」
「いや、たしかにそうなんだけど…」
「それに一応気は使ってみたんです。頭を引きずってもしハゲちゃったら悪いかなって思ったんで、こう、後ろ衿をつかんで、ズルズルと」
「気の使いどころが違うよ!?っていうかそれ下手したら首が絞まるからねっ」
「あ、そう言えばそうですね。絞まっちゃいました?」
「絞まっちゃってはいないけれど、いないけれども……っ」

なら良かった。

そう言ってにこにこ笑うその人に悪意はないようだから恐ろしい。
戻ってきた左近も、なるべくを見ないように、見ないよーに、会話を耳に入れないようにしていて。
懸命な判断だ、と乱太郎は思った。

もしかして、この人がきり丸の言っていた人だろうか?でも、まだなんか、決め手に欠けるような気がする…。
どうしよう、きり丸を呼んでくるべきだろうか、それともとりあえず名前だけ聞いておけば十分だろうか。
そんなことを乱太郎が考えていると、

「ええ、と……とりあえず、大きな外傷はないみたいだ。落ちたときに頭を打って、一時的に脳しんとうを起こしているけれど、目が覚めて気持ち悪くなければもう部屋に戻っても大丈夫だと思うよ」
「そうですか、ありがとうございました」

なんとか冷静さを取り戻した伊作が、ゴホン、とわざとらしい咳をしつつ。
の前にあらためて正座をした。





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