幸いなるかな、勘違い
〜再びの出会いは人力で、引きずり寄せるものです。 中編〜






「で、だ。たしか、穴に落ちたんだよね」
「ええ、凄かったです」
「………なにが?」
「歩いてましたら、かき消えたんです。で、下を見たら落ちてて。ストーン、とそりゃもう綺麗に落ちてゆきました」
「ええと、目印はなかったのかな?」

競合地域で罠を仕掛ける際には、味方には分かるよう目印を付けることになっている……はずなのだが。
時折、目印のない罠なども出現したりする。
主に、制作者の心理状態によって。

「ありましたよ。綾のが、ちゃんと。でも他のことに気を取られてたんで、見えてなかったんでしょうね」
「…気付いてたんなら教えてあげようよ」
「そんな、善法寺先輩。私を薄情なものを見るような眼で見ないで下さいよ。私だって、落ちはしないだろうと思いつつ、ちゃんと教えてあげはしたんですよ?」

酷いです、と子供のようにプウとほおを膨らませたに、伊作はあわてて取りなした。

「ごめんね、そうだよね、君がわざと滝夜叉丸を穴に落とすなんてこと、するわけがないってちゃんと分かってるよ、うん。…でも、ならなんで落ちたんだい?」
「はあ、それは不測の事態といいますか、当然の出来事といいますか。説明している間にいろいろありまして」
「説明って……」

そんなの、そこに落とし穴が、と一言で済むだろうに、と伊作は困り顔。
話が長くなりそうだと察した数馬の入れてくれたお茶を受け取り、同じくこちらはにこにこ笑顔でありがとうと受け取ったに、とりあえず最初からちゃんと話してもらえるかな、と苦笑いを浮かべた。

「なるべく、省いたり飛ばしたりせずに、ね。どうにも、君の話はいつも言っていないところに肝心な点があるんだ」

わりと失礼なことを言われているのも気にせず。
マイペースなその人は、こくりとお茶をすすると、分かりましたと言った。

「ええと…………。三木に注意されたので。」
「……なんて?」
「『お前はその結論を先に言う癖をどうにかしろ!話をはしょるな、説明を飛ばすな!お前の思考と他人の思考には海より深い隔たりがある!始点も通過点も終点もいちじるしくズレているのだということをいいかげん自覚しろ!』と」

それは三木エ門の声まねだったんだろうか。
とても似ていない口調で己が言われた注意を繰り返すのを聞き、伊作を始め保健委員は顔を引きつらせた。
凄い言われようだ。
しかも言った主は、お前の思考もかなりズレているとの判断を下されている三木エ門なだけに、その彼にここまで言わしめるこのという人物に、乱太郎は、一体この人過去にどんなことをしてきたんだろう、と気になった。
が、当の本人は、ちょこん、と首を傾げ、


「よく分からなかったんですけどね」


「……………」

ばっさり、勢いよく全てを切り捨てた。


「まあ、三木も自分がなに言ってるのかよく分かってなかったと思いますよ?予算前でもう三日も寝ていない状態で、それだけ叫んだかと思うとばったり倒れ込みましたから。ストレスが溜まってたんでしょうねぇ…。善法寺先輩、ストレスに効くのって何ですか?」
「…………ゆっくりのんびり、すること…かな…」

そうですか、じゃあ次回はお茶でも入れてあげることにします。
そう言って、いいことを聞いた、とにこにこ笑うはこうして見ているだけだと大変優しい良い子で。
いつだったか土井先生が僕達を前に、良い子なんだけど、良い子達なんだけどっと涙を流しつつ胃を押さえていたことが思い出された。
いつか三木エ門も、土井先生と同じように胃をキリキリさせるようなことにならなければいいな、と乱太郎は願う。

「で、なんの話でしたっけ?―――あ、そうそう。さっき滝と裏庭を歩いてたんです。前方には落とし穴がありまして。トシオ君かトシキ君とかだったかな。そんな名前のです。滝はまだ気付いていなかったので一応教えようと思ったんですが、はた、と先日の三木の言葉を思い出しましてね」
「………はあ、」

「そこに落とし穴があって、かつそれは綾のであるというのは分かっていたんですが、なぜそこにあると知っているかというと実は昨日掘っているところを見たからでして。そしてなぜ昨日裏庭の隅なんかにいたかというと、その日の午後の授業中にあった出来事にさかのぼるわけなんですが」
「…………」

「とりあえずはそこから説明すべきかと思いまして、『昨日実技でタカ丸さんも参加しての石火矢の授業があったのだけれど、その際、思わぬ失敗で三木の石火矢が暴発したのは知っている?』と聞いたところ、『あいつは油断や慢心があるからそういうことになるのだ!その点、学年一優秀なこの私はベーラベラ…』と話し出しまして」
「…………………」

「で、身ぶり手ぶりを交えつつ、気持ちよく自分語りをしているうちに前を見ていなくて、ストーン、と」

そりゃもう綺麗な姿勢で落ちてゆきましたよ、と笑顔で語る彼は誉めているつもりなんだろうか。
遠い眼をしつつ、ああ、そう…と言う伊作に、はい、そうなんですと元気にうなづく姿に、きっとこの人がきり丸の探している人だ、と確信して、

先輩、ちょっと待ってて下さいね!」

それだけ言うと、返事も待たずに廊下に飛び出した。
目指すはきり丸!今日は委員会がないから部屋にいるはず、と、一年は組の長屋目指していっそう加速した。




どうしたんだよそんなに慌てて、といぶかしがるきり丸を、見つかったんだよと急かして戻った保健室。
いつもはそっと開ける扉を、スパーンッ、と音がするほど勢いよく開けて
(そしてお約束のように跳ね返った扉に頭をぶつけて)、

「あ、あのときの先輩!」
「君は……」

を見つけて叫んだきり丸を、あ、という顔をして見た後、嬉しそうに笑い、

「犬の子だ」
「一応人の子です。……先輩、その言い方だとオレ人外になっちゃうんですけど」
「ああ、そうだね。じゃあ、もとい、犬のときの子だ」

屈託なくにこにこ笑うに、崩れ落ちた姿のままズルズルと室内に入りながら、ああそう、こんな感じのノリだった……と思った。





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