幸いなるかな、勘違い
〜天然ですか? いいえ、素ボケです。 3〜
「でも……入学のときに気付きませんでした?男の子しかいなかったでしょう?それに、女の子が忍たまクラスに入るのをよく先生が許してくれましたね」
まっとうな疑問を投げかけた庄左エ門に、ぱたぱた手を振りつつ笑って、
「ああ、それはだって、みんな気付かなかったから」
「……は?」
すっかり頭はグルグル、しんべエにいたっては両目が顔の横にいこうかというほど離れて、傾げた首が元に戻らなくなってしまっている一年生に、ようやくちゃんと説明してくれる気になったのか。
ええと、と身を正したに、皆も座り直した。
「そんな身構えて聞く話でもないんだけど。―――私達の学年はほら、顔の良い者達が多いでしょう?」
綾しかり、三木しかり、滝しかり、と挙げるのにうなづく。
性格には多大な難あれど、顔は良いアイドル学年、というのが学園共通の理解だ。
「いまもお顔は良いのだけれど、入学当初は輪をかけて可愛らしかったんだよ。幼いうちって男女の区別がつきにくい顔をしてるじゃない?」
「まぁ……そうですね」
「三木はいまより目元が柔らかかったし、頬もふっくらしてたし。滝は眉毛は立派だったけどキツめの女の子にも見えたし、綾にいたってはどう見ても女の子にしか見えなかったし」
丸みをおびた顔に大きな目、髪がふわふわくるくるで、そりゃあもう、可愛らしかったもんだよ、と力説するに、まさか、と一年は組の勘が告げた。
「………、まさか、先輩」
「うん。私、三人とも女の子だと思ってたんだ」
視界の端で三木エ門が深い深いため息をついたのが聞こえた。
「くのいち教室ってなんだかよく分からないけれど、別に分けてあるってことはきっとなにか別なことを習うすごいクラスなんだろうなと思ったから。私、そんなすごいこと出来るようになる自信なかったし、ただ忍者になりたいだけだから忍たまクラスだろう、と。」
「向こうは女の子がいっぱいでうらやましかったけど、ああ、でも少ないけどこっちにもいるし。やっぱり女の子で忍者になろうって考える人は少ないんだな、村でもいなかったもの、とそう思っていたから。なにも疑問に感じなかったんだよ」
まさか、忍たまは男の子だけなんて夢にも思わないじゃない?入学要項にも書いてなかったし。
そう聞かれて、皆そろって首を横に振った。
むしろ男の子だけだとしか思いませんよ?
僕だって知ってたのに……
しんべエの小さな声が風に流れてむなしく消えた。
「当時の三年生……いまの六年生の立花先輩や善法寺先輩もあのころはまだ可愛い印象が強くていらしたし。先生方も、先輩達で女顔の忍たまには慣れている上に、先にそんな綾だの三木だのを見ているから、私がきても別段なにも疑問に思うことなく、普通に入学を受理してしまったらしくて。」
「もちろん、その当時の私はそんな裏事情など知るよしもないから。ちゃんと自分は女の子として忍たまクラスへの入学が受理されたものだと、てっきり思って。その相互理解の欠如がまた、後々尾を引くはめになるんだけどねぇ」
「……本当に、女の子だと誰も気付かなかったんですか?」
むしろ、どうしても忍たまになりたかったから男装して入ったのだ、と言われた方が納得がいく、と眉を寄せると、
「残念な話だけれど本当に。でもそれをいったら君たちも、いままでなんの疑問も持たなかったでしょう?」
それを言われると、とぐっと詰まった。
「でも、僕達は、先輩は忍たまだから男の人に違いないって刷り込みで見ていますから……」
「ああ、それはたしかに大きいか。でも、先生方や周囲の注意力が足りなかったとかじゃなくて偶然が重なったがゆえの結果だと思うんだ。いかにも女の子―――っていう格好をしていたら、さすがにそれは間違われなかったと思うし」
じゃあどんな格好していたんですかと聞くと、きり丸は知っているでしょう?と。
ああそういえば一番最初に会ったとき先輩は私服―――そのため学年が分からなかった―――だった、と思い出し首をひねった。
あんときオレ、普通に先輩は忍たまの先輩だって思ったよな?忍び装束でも頭巾してるわけでもなかったのに。
じっくり思い返して、ポン、と手を打った。
横で乱太郎達が不思議そうに自分を見ているけれど、きり丸はかまわず自分の思考に落ちていった。
たしかあのとき先輩は、柴色(ふしいろ)の袴をはいてなかったか?でもって上は灰白(はいじろ)と利休鼠(りきゅうねず)の着物で。
その色合わせってどう考えても男物じゃんか。しかもかなり渋めの。
を見れば案の定、我が意を得たりとばかりにうなづいて、
「そう。私そのときも男物の着物着てたし」
「なんでまた…」
「その上、髪だっていまよりずっと短かったから」
「「「えええっ」」」
それは着物がどうだとかいう話より遥かに驚くもので、思わず数人から声が上がった。
なにしろの髪は女の人としてはもちろん、男でもけっして長いとはいわないほどの長さしかないのだ。結えば肩にもつかず、潮江文次郎と同じくらいしかない。
は組の皆と比べてみてもより長いものが幾人もいる。
なのにそれよりも短かったとは。
この時代女の人は皆、長く美しい髪は美人の証、と髪を長くするのが常識だったから、髪の短いを男の子だと間違うのは納得のいく話だ―――話だが、ならどうしてまたそんな、髪を短くしようだなどとしたのか……
男装するつもりだったのならともかく、そんなつもりはなかったというのならばなぜ、と不思議がる一年生を前に、困ったようにポリ、と一つ頬を掻いて。
「私もね、村にいたころは人並みの長さはあったんだよ?うちは兄弟が多くて、それも男兄弟の兄ばかりでね。裕福とは言いがたかったから、着物は兄のお古がほとんどだった」
「ああ、それで男物の着物だったんすね」
「うん。紅や桃、山吹なんて可愛らしい色の着物、母が若いころの着物を解いて作ってくれた晴れ着が一枚しかなかったから、いまさら男物だからどうのという感覚がなくて。それでも一応髪は長かったからかな?男の子に間違われたことはなかったんだ」
このくらい、と背中の半ば過ぎを手で指すのに、それなら確かにとうなづく。
※柴色(ふしいろ):柴をふしと読むことは日本書紀にある。
柴木(しばき)の煎汁で染めた灰みの茶をいう。後の路考茶。
灰白(はいじろ):灰みがかった白。
利休鼠(りきゅうねず):利休は葉茶の緑みを形容したもので、緑みがかったグレーのこと。
かなり渋い好みですね(笑)
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