幸いなるかな、勘違い
〜天然ですか? いいえ、素ボケです。 4〜






「私が忍術学園に入学するために出発する前の日に、ふと、髪の先がだいぶバサバサなのに気付いてね。身なりはきちんとしていけ、と兄にも言われたのでちょっと先だけ切ってもらおうと思ったんだけれど、母は一緒にとれる最後の夕食だからと張り切っていて、とてもそんな余裕はなさそうで、」
「はい」
「どうしようかな、兄に頼んでもいいけれど、忍術学園に行ったら何もかも自分でやらなければならなくなるのだから、やはりここは自分でどうにかしなければ!と考えつつふと横を見たら、草刈り鎌が出しっ放しになっていてね」
「…………はぁ…」



「これでいいかな、って」



よくない!とそろって心で突っ込んだ。

年頃の女の子だろう?普通はもっと気にするものじゃないのか?

「なにしろ鎌だから手元がよく見えないし。だから、こう、手で束ねたその下を切ればいいか、と思って鎌をあてようとした時、『なにをするつもりだっ!』って栄吉さんが―――ああ、お隣の息子さんなんだけど」
「…………」
「いきなり大きな声を上げられたものだからびっくりして、間違えて束ねた上を、切ってしまったんだよね」



うなじまで有るか無いか、うん、無いだろうって長さになっちゃってさー



あはは、と笑うに一年生は声無く、笑い事じゃありません!と叫んだ。
声は出なかった。あまりに衝撃が大きすぎて。

ああっ、世間では髪は女の命というはずなのにっ



「さすがに不格好だったから、母にため息つかれながら揃えてもらったら当然ながら更に短くなって」
「もしかしたら乱太郎より短かったんじゃない?当時は」

綾部の言葉に皆の目が乱太郎の、いまは頭巾に包まれた頭部に集まる。
よく見知ったそれを頭に思い浮かべ、そして思った。


それは短すぎだろう。


乱太郎ですら短すぎると言われるのに。それでは先生方や周囲が女の子だと思わなかったのも無理はない。

「行動も女らしくない、しゃべり方も丁寧ではあるがそれは男でもいるし、そんな男物の着物をきた短髪の子供を、女の子かもしれないと考える方がどうかしているだろう」
「誰もなにも、疑わなかったものね」

三木エ門と綾部がそろってうなづいた。

「でも私は、女の子として受理されたと思っていたから学園で過ごすうち、おかしいなと思ったこともたしかに有ったんだけれど、先生が何も言わないということはいいってことなんだろう、と思ってて」
「どうしてそこで、先生達が自分の性別を間違えているのかもしれない、と気付かなかったのか…」
「だってそんなこと、夢にも思わないもの。私としてはだますつもりなんて皆無だったんだから」




そこでようやく衝撃から抜け出した一年生が、おそるおそる誰もが持つであろう疑問を述べた。

「でも、同室の人とかさすがに気付かなかったんですか?」
「お風呂はどうしてたんですか?」

その辺りで誰かしら気付かないとおかしいでしょうに、と言うのに、それが、ここまで来るともう運が良いのか、悪いのか…と笑って。

「私、一人部屋なんだ。あ、もちろん最初は商家の生まれだって子と普通に二人部屋だったんだけど」
「だけど?」
「入学三日目に、家出してきてたんだってことが家族の迎えで分かって、大ゲンカを繰り広げた後そのまま強制送還」

わりかしすごい応酬だったよね  授業が一日潰れたし、と綾部とうなづき合い、

「で、お風呂なんだけど……」

都合のよいことに毎度一人だったんだ、なんて偶然はもうさすがにないだろうな、と疑っていたら、


「入学した次の日の夜だったかな。女の子が少ないからお風呂の順番大変だな、みんな、クラスの子とどう話し合って決めてるんだろう?って思いながら裏庭を歩いていたら立派な忍犬を連れた、当時六年生の先輩に出くわして。私こういう体質だからもちろんその犬にもすごく懐かれたんだけど、それを見た先輩がたいそう驚かれてね」
「当時の生物委員長だったか?あの人」
「そう。自分と友人以外にはけっして懐かなかったのに…と興味を持たれて話をしているうちに、先日の実習で犬が負った怪我を治しに温泉に行くところだという話になって」


温泉、ですか?と不思議そうな顔の一年生達に、見たことないかな、と言っては首をかしげた。

山の方に住んでいると、自然に湧き出た湯に怪我した動物達が来て入ってゆくのを見たりするんだけど。
そう言うと、へぇ、人間みたいですねぇと喜三太は目をきらめかせた。


「ボクのナメクジさんたちも温泉入れたら喜ぶかなぁー」
「ううーん、ナメさんは入れると茹だってしまうと思うから止めておいた方が良いんじゃないかな?」
「えぇー、茹でナメクジはダメェー!」
「ナメさんは小さいから熱が通りやすいものね。でも動物たちには良いんだよ、あったまると筋肉もほぐれるし。裏の森の少し奥まった辺りにとても怪我に効く温泉があるんだ。本当に良いところでね?ほどよく木々が茂っているから雨が降っても入り込まないし」
「そんなところがあるんですか。知らなかったなー」
「そうだろうね、二人しか入れないくらい小さいし。何より学園には大きなお風呂がもうあるからね」
「わざわざ外に行かなくとも、ですもんね」
「そうそう。でも温泉って響き、なんだかウキウキしない?それで、温泉ですか良いですねと言ったら犬が私をぐいぐい押してその方向に向かわせようとするんだ。これは一緒に入ろうというアピールだな、と」
「犬と一緒に入るんですか!?」
「一緒に入ってマッサージしなからどこか具合のおかしなところはないか見てやるんだ。虫獣遁を使うものにとって生き物は、大事なパートナーだもの」


その言葉に、うんうん、とばかりにナメ壷に顔をすり寄せる喜三太。
皆がため息混じりに見るその姿をは嬉しそうに笑って見、

「その様子を見て先輩が、じゃあ狭いけどお前も一緒に入るか?って言ったとたん、犬が歯をむき出して先輩に吠え立ててねー」


あの犬は私が女の子だって分かっていたんだろうね。人は誰も気付かなかったけれど犬は鋭いから。
男装していると思ったんだろうね、学園では不便だから助けてやろうと思ったらしい。

と感心したようにうなづいた。


「でもそんなこと先輩は分からないから。いままで一度も吠えられたことなんてなかったのに…と可哀想なくらいすっかり落ち込んでしまわれて。犬は犬で、私と一緒じゃなければ入らないと意地を張ったし」

で、結局、と。


「私が犬を連れて一緒に入り、先輩は離れたところであがるのを待つ、という形になってね。久しぶりにのんびりお風呂に入れた、と喜んでいたら次の日も、そのまた次の日も、犬は私を温泉に誘いにくるんだ。懐かれてるのが分かっているから私も断り辛くて。乞われるるままに温泉に一緒に行ってやったりしてさ。」







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