幸いなるかな、勘違い
〜天然ですか? いいえ、素ボケです。 5〜
「しばらくするとその犬の怪我は治ったんだけど、そうしたら今度は他に仲良くなった学園の犬だとか猿だとか、山犬、狐……様々な生き物が順番待ちしててね?」
私は君たちのお風呂係ではないのだよ、と言ってみたんだけど、夜になると部屋にやってきて、行こうと誘うものだから、とため息。
「代わりばんこに入れて、ついでに私も入って……としているうちにそれが普通になってしまって」
「外のお風呂じゃ偶然誰かに見られたりとかは、なかったんですか?」
そんな学園の近くじゃ、鍛錬と称して夜に駆けずり回っているものも多いだろうに、と心配して聞いてみると、ないないと笑って手を振って、
「私が入っているときに誰かが近づくと吠えたり噛み付こうとしたりするから、むしろとても安全だったよ」
いま思えば、あれは動物たちなりに私を守っているつもりだったんだろうね、とうなづく。
当時は、よっぽど温泉が好きで邪魔されたくなくてそうしているものだとてっきり思っていたのだけれど、と言って、座ったままの一年生を器用にもこけさせた。
学園で飼っている動物ともその先輩とも仲良くなったので、お前はぜひ生物委員会に来い!と誘われて、それで私は生物委員になったんだよ、と言ったは、そういえば三木と友達になったのもその頃だったなぁ、と懐かしそうに笑った。
「最初の委員会決めだから平等になるようくじ引きにしよう、という話で決まりかけてしまってね……でも先輩には待ってるからなと誘われているし、どうしよう、と思っていたら三木が、こいつは六年の先輩に生物に入るよう言われているから生物にしてやってくれ、と言ってくれたので私は無事、生物委員になれたんだ」
なんだかんだ言いつつ、けっこういい人なんじゃないか、という一年生の生温い視線に耐えかねたのか、三木エ門は耳を赤らめつつぷいっと顔を背け、
「お前らよく考えてみろ」
「?」
「当時のはまだ体質の加減がいまいち掴めていなかったからな。長屋には朝夜かまわず動物が押し掛ける、教室の前では授業の終わりを待っている、校外で実習があればどこからともなくやって来て割り込む…そんな状態のやつを生物以外の委員会になんかしたら、どうなるか」
「…………」
「他の奴らもそう思ってた。その証拠に、はそれ以降ずっと生物委員だ」
「そんなこと言うけどやっぱり三木は優しいよ」
にこにこと笑って恥ずかしげもなく言うに、私は?と綾部が問いかけ、綾も優しいよ、だって合同実習でイノシシが割り込んでも怒らなかったもの、と返すのを、一年生は遠い目で見ていた。
………そうか、いまの『これ』でも、まだマシな方なのか…と。
そしての優しさ基準はそこなのか。
「じゃ、じゃあ、なんで女の子だって分かったんですか……?」
いまはみんな知ってるんですよね?と竹谷も孫兵も知っていたしと思い聞いてみると、
「去年の終わりあたりかな。ようやっと、分かって」
「すごい事態のわりには、かなりあっさり発覚したよね」
「あんな騒ぎになるとは思わなかったから、びっくりしたよ」
「さすがに、三年間も誰も気付かなかったっていうのが、問題だったんじゃない?」
「先生達、目がこぼれ落ちそうだったものね。先輩達も」
「三木エ門と滝夜叉丸もね」
「綾はあまり驚かなかったね」
「驚いたよ。でも私は顔に出にくいから」
ことり、ことり、と首を傾げ合いながら、と綾部が言う。
ため息をついた三木エ門が一年生にも見えるように、そこの馬鹿が、とまだ倒れたままの滝夜叉丸を指し、
「となにやら言い合いになったんだ。そのときに『男ならもっとはっきりしないか!』と言ったら、」
「無理だよ、私は男じゃなく女なのだからと返したら、そういう冗談は私は好かん!と怒鳴るものだからね?」
「『そっちこそなんの冗談なのさ、まさか私を男だと思っていたんじゃないだろうね』とが言って発覚したんだよね、たしか」
「…………」
なんてあっけない幕切れ!
一年生の口が呆れてぽかんと開いた。
その様子に、そうだろうそうだろう、と三木が重々しくうなづく。
「結局、慌てた先生達を含んで囲まれつつ話し合って、始めから全員が勘違いをしていた、ということが分かって」
「女の子なんだからやっぱりくのいち教室に移すべきだって話があがったんだっけ?」
「そう。長屋の部屋は早々に移されたんだけどやっぱりそこでもめてね」
「……でも、いま忍たまをしてるってことは、くのいち教室に移らなくて良いってことになったんですよね?」
行ってしまわないように慌てて腕を掴んで三治郎が問うと、びっくりした後にっこりと笑って、学園長がね、と。
「『せっかく三年間学んできたのだからこのままで』とおっしゃったので忍たま継続中なんだ」
だからどこにも行かないよ、と腕を掴んだ手をなだめるようにポンポンと軽く叩くと、安心したように離れた。
自分に懐いてくれる可愛い後輩を嬉しそうに見ていただったが、ふと、でも私、思うのだけれどね、と口を開いた。
「でも私、いまになって、思うのだけれどね、」
「?」
「名前で、分かったんじゃないのかなぁって」
「滝夜叉丸だの三木エ門だの喜八郎だのという名前の中に『』というのが混じっていたら普通おかしいなと、そこまではいかなくとも、女の子みたいな名前だけれどなにか理由でも?と一人くらい問うてくるものじゃなかろうか、と思うのだけれど」
「……………」
「ま、いまさらなんだけどね」
固まった空気を、あはは、と笑って流し。
「そのごたごたがあったから、当時学園にいたものは皆私が女の子だって知っているから、てっきり言ったか、そうでなくとも誰かに聞くかして君達も知っているものだと思ってて。だから、ごめんね?」
「いえ、そんな謝られなくともっ」
すまなそうな顔で頭をちょっと下げつつ、くるりと撫でられた三治郎と虎若は慌てて首を振った。
残るは組の皆も見回し、
「まぁ、過去にはちょっと変わったこともあったけれど、私はおおむね普通だから。特に気にしなくていいよ」
笑顔で言うに。
はい、と良い子のお返事を返しながら十一人は、思った。
はい。十分、気にします。
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