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幸いなるかな、勘違い
~予算会議に情けと容赦は禁物です。 2~






「あれ、危ない」
「え?なになに?」

よーいしょ、と緊張感のないかけ声と共に妨げられた視界に一平が驚きの声をあげると、危なかったねぇ、と眉を寄せた五葉がなにやら手にした大きな布を揺らした。
そうか、先ほど視界を塞いだのはこれかと、

「なんだったんですか?」
「んー?」

ええっと、と地面にその布を広げてみせる。

「手裏剣に苦無に貸出票に薬研(やげん)?手当たり次第だね」

どうやら、狙いをそれてこちらに飛んできたものを手にした布で絡めとったらしい。
なるほどこういう事態を見越して、それで場にそぐわない大きな風呂敷なんて持っていたのか。なんでこの人風呂敷なんて持ってきてるんだろうかと思っていたけれど。


どんなにのほほんとしていてもやはりそこは四年生。頼りになる時は頼りになるんだ!………とってもまれなことだけど。


ぐっと握りこぶしで一年生がそんなことを考えているとはつゆとも知らず五葉は、

「ううーん、さすがに見過ごせなくなってきたなぁ」
「どうなさるおつもりですか、先輩」
「そろそろね、誰か止めないといけない頃合だと思うんだよ」
「危ないですよ」

誰か他の人に、と心配そうに眉を寄せて辺りを見回す孫兵の肩を笑顔で叩くと、

「そんな心配しなくても。いくらなんでも、あの喧噪のまっただ中に飛び込んでいったりはしないよ」
「でも……」
「それに、いまここにいる者で一番年かさなのは私なのだから」

ね?とうながす五葉に、孫兵は渋々うなづいた。
飛び交う品々の合間を見て土壁から身を乗り出すと、少しでも大きく響くように口元に手を当て呼びかける。

「会計委員長ー、各委員会の先輩方ー、もうその辺になさいませんかー?」

ドーンという爆発音がそれに答えた。

「いいかげんにしないと学園が半壊してしまいますよー?」

もうちょっと緊張感と必死さを持った呼びかけをして下さい、という後輩達のぐっとつぐんだ心の声を知らぬ五葉はなおも、用具委員長ー、あまり暴れると修理がより大変になられるのではー?と声をあげる。
だが、頭に血の上りきった一同がそんなささやかな声に耳を止めるはずもなく。

轟く爆音。飛び交う怒号。吹き飛ぶ保健委員長。

収拾のつかない事態をじっくり眺めてため息をつき、綾じゃないけれど、と、


「あらまあ、だね」

おやまあ、です。


がっくり崩れ落ちる一同を振り返り、

「孫兵、どうしたらよいと思う?」
「どうしたら、と聞かれても……」

しっかりした性格でもまだまだ三年生。困ったように眉をしかめた孫兵は、首を傾げる五葉の向こうにこちらに向かって飛んでくる影を見つけ、焦りの声を上げた。

「あっ、危ない!」
「え?」

ひょいと振り返ったところに飛んできたものが目に入り、あら、とのんきにも目を丸くするその腕を誰かが掴んで土壁の内へと引き倒す。
倒された拍子に打った頭をさすってはいるが無事な五葉の姿に、皆ほっと息を吐いた。

「いたたたた。もっと丁寧に助けてくれないかな、三木」
「助けられといて贅沢言うな。というか、あれくらい自力で避けろ!」

仮にも忍たまだろう!とガミガミ叱るのは向こうの騒ぎの中にいるはずの会計委員、三木ヱ門。
見ればその向こうには綾部と滝夜叉丸、その影に隠れきれていない身体を縮めて笑うタカ丸の姿もある。
いつの間にか勢揃いしていた四年生の面々に、あれぇ?と首を傾げ、

「あれ。なぜ皆ここにいるの?」
「………居ちゃ悪いのか」
「ただじっと事態の終息を待っているのにも飽きてきたから、私は話し相手が出来て嬉しいのだけれど」

まだ収まらない喧噪を土壁越しに見てまた首を傾げた。

「各委員会の皆さんはまだあちらで頑張っているようだからさ。乱闘に参加しなくてよいの?」

既に予算会議ではなく乱闘とはっきり言い切って。
特に三木は会計委員なのだから、潮江先輩がうるさいのではないの?と純粋に疑問を向けてくる五葉に三木ヱ門はむっつりと、

「こうなったらもう予算もなにもないだろうが。日頃の鬱憤を思う様ぶつけたいだけなんだから」

ああ、なるほど、とポンと手を叩いてにっこり。

「つまりは逃げてきたんだね」
「違う!……………戦略的撤退だ」

それを世間では逃げると言います。


あくまで逃げたのではないと強調する三木ヱ門だったが、その横で綾部が、

「特製の落とし穴に落ちる様子もしっかり見たしね。後は見るものも無いし、いらぬ怪我をしないうちに退散しようと思って」

などとさっぱり言ってしまうものだからなんとも格好がつかない。
一方、滝夜叉丸は左手を腰に、右手でご自慢のサラストの髪をかきあげ、

「私は別に逃げたわけではないのだがな、ただ私の美しい、この美しい!顔が!万が一にも……まあ私の実力を持ってすればそんなことは有り得ないのだが万が一傷がついてしまっては忍術学園中、いや、全ての人々が嘆き悲しむのではないかと思っ」
「そうだ三木、先輩方を止めてきてよ」
「なぜそれを私に言うんだ」
「だって三木は会計委員でしょう?なんだかもう本題を忘れてしまいそうだけれどこれは予算会議なのだから、収拾をつけるのも会計委員会のお役目だよ」
「だからといって、出来ることと出来ないことがある」
「あの………もしもーし?私の話がまだ途中なんだが…」
「これは出来ないことなの?」
「見れば分かるだろうが!あの中に飛び込んでいくのは自殺行為だ、さっきお前も実感しただろう?」
「三木なら大丈夫だよ!」
「その無責任な自信の根拠はなんだ!いい笑顔で『グッ!』とかするな!」
「あのー、聞いていただけます…?……ええと、あの……」
「だいたい、毎度毎度会議がこれほど荒れるのは実力行使に打って出る各委員会のせいだろう!」
「否定しきれないね」
「だったら各委員会の後輩たちが止めるのがものの通りじゃないのか」
「しかしながらそれは酷というものではないの?低学年ばかりの委員会は可哀想じゃないか。よってたかってかかっていったとしても、」

ほら、と側頭部に学園長のフィギュアをくらってもんどりうって転げる三郎次と、その三郎次に巻き込まれて共に転げてゆく伊助、不運にも立ち位置が悪くあおりを食らって以下同文の乱太郎・左近を指し、

「ああなるに決まっているよ?」
「ああっ、三郎次君、伊助くーん!みんなー!大丈夫ー!?」
「大丈夫ですよタカ丸さん。学年は低くとも忍術学園の生徒ですから、皆受け身の取り方は心得てます。ほら、ちゃあんと起き上がって……あれ、左近が起きないねぇ?」
「えええええーっ!?」
「あらどうしよう」
「どうしようって、どうしよう!?」
「はて、困りましたねぇ」

そんないっこうに困った様子でなく首を傾げる五葉の肩を、ポンと叩く人物が居た。

「綾?」

どうしたの、との問いに隅を指差し、

「滝夜叉丸がすっかりしょげてうっとうしいんだけど」

縦線とどんより重い空気を背負った、地面にのの字を書きながら『どうせ皆、私のことなんてどうでもいいんだ、私の話なんて……』と凹みきっている姿に驚いて目をぱちくりと。

「どうしたの、滝ったら」
「皆が滝夜叉丸の話をスルーしたからだよ」
「滝の話?いつそんな話していたの?」

全く気付かなかったよ。滝ってたまに存在感薄いのだもの。


おそらく万人が全力でもって否定するようなことをさらりと口にしつつ、まあどうせすぐに元気になるよね、と笑顔でさっぱり切り捨てて。



「それはともかくね、本当にそろそろどうにかしなければならないと思うのだよ」
「だから、どうやって」
「どうやってでも、だよ」

いつになく真剣な表情に、一同は思わずこくんと息を飲んだ。
いつもはふざけているのか分かっていないのかという五葉にも、真面目になる時があるのだという期待は

「これ以上酷くなると笑い話で済まなくなってしまう」
「「「既に笑い話じゃないんだが」」」

あっけなく霧散し。


「えー?三之助と四郎兵衛は大の字でくるくる回りながら飛んでったのに金吾一人だけ直立不動で飛んでいったのとか、ちょっと笑えなかった?」
「「「笑えない!」」」
「じゃあ、慌てて逃げていた小松田さんが額に爆風で飛んだカナブンの直撃受けて、銃弾と勘違いして昏倒しているあの姿とか、」
「「「全てが笑えない!」」」

お前もうそれ以上言ってやるなとたしなめられて不思議そうに首を傾げながらも分かったよとうなづく。

三木の言うことはたまにを除いて正しいものね。

にっこり満面の笑顔でそう言われた三木ヱ門は、喜ぶべきか、その『たまに』というのはなんだと怒ろうかと迷う複雑な表情で、ああともううともつかない声をごにょりと口の中でもらした。

その後ろで、私も同じこと言ってたのに、と綾部が恨めしそうに見ていることにも気付かず。







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