幸いなるかな、勘違い
〜予算会議に情けと容赦は禁物です。 3〜
「ともかく、ね」
いまはどうやってあの先輩方を止めるか、だ。
周りを無視して一人だけさっさと本題に戻っていったは、腕組みに眉間にしわを寄せ、うーんと考え込み。ややあってポンと手を打った。
「そうだ、滝」
「ええええ、私!?」
突如上がった自分の名に暗い空気を弾き飛ばして立ち上がり、目を白黒させる滝夜叉丸の自分より高い肩に両の手を置き、にっこり笑う。
「滝なら出来るよ」
「え、ええっ……」
「滝なら大丈夫だって」
「いや、しかし、」
「だって、いつもあの七松先輩の暴走を止めている滝だもの!」
「………」
滝なら、いや、滝にしか出来ないことだよ!とおだてられ乗せられ、
「よーし、私にまかせとけ!」
キラリン、と周囲に星を輝かせて喧噪のまっただ中に走ってゆき、
「皆、止めて下さい、止まってくださーい!もう終わりにぃぃぁぁあああっ!?」
走り込んだその横っ腹に小平太の蹴り飛ばしたバレーボールとおまけの焙烙火矢の爆発をくらった滝夜叉丸は、ひゅるりーという音と共に空高く舞い上がり、芸術的な格好で落ちてきた。
「へぶっ」
ちょっと焦げてぴくぴくうごめく元:滝夜叉丸だったものを半眼で見やったまま、三木ヱ門は横に立つに、
「………無理に決まってるだろう。滝夜叉丸はいつも、七松先輩の無茶を止め『ようと』して止め『きれず』に余波をくらって疲弊して終わるだけなんだから」
「うん、そうみたいだね」
失敗、と同情のカケラも見られない声でつぶやいては三木ヱ門達を見上げた。
「さて。じゃあどうやって止めようか」
「水でもかけてみる?」
「猫の喧嘩じゃあるまいし、あの人達が桶一杯程度の水で止まるものか」
「じゃあ綾の落とし穴?」
「残念ながらさっきので使い果たしちゃった」
「ううーん、それいけタカ丸さん、っていうのは無茶だしね」
「「無謀だよ」」
「ねぇちゃーん、それって僕に玉砕してこいってことー?」
へにゃりとタカ丸が眉を下げた。
うーんと考え込むは、もうこうなったら元凶の六年生が共倒れしてくれるのを待つしかないだろうと投げやりにため息つく三木ヱ門に、それを待ってはいられないよ、と。
「まだだいぶお元気そうだもの。体力が尽きるのを待っていたら夜になってしまう。それに、下級生達はもう耐えきれそうにないよ」
あと保健委員長もね。
あいかわらず止むこと無く飛び交う武器の数々、帳簿に算盤(十キロ)、焙烙火矢にバレーボール、貸出票とフィギュアと時々人間、を見やり、確かにと三木ヱ門は反論の口をつぐんだ。
本来は、最高学年に次いで年かさの五年生の面々に止めてもらうのが一番安全で確実なのだろうけれど―――
「お二方は参戦中だし、不破先輩は既に奔走していらっしゃるし、鉢屋先輩は―――」
きょろきょろと辺りを見回し、
「煽っていらっしゃるね」
「何やってんだあの人は……」
嬉々として争いに追い風吹かせている人物の姿に三木ヱ門はがっくりと脱力した。
もとよりどの委員会も予算の陳情は早々に却下されているのだからある意味予算会議はもう終わったともいえるのだし。ともかく下級生の安全を確保しなくては。
いつになく力の入ったは、むん、と握りこぶしを作り決意を固めると、土壁の影からでて声を張り上げた。
「もうその辺になさいましょうー!」
ドゴーン
「辺りが半壊してしまっていますよー?」
ドカーン
「落ち着いて、冷静になって下さーい!」
バリバリバリ
「皆巻き込まれて、怪我だらけなんですー!」
ズドーン
「いいかげんに、」
ヒュルヒュルヒュル、ゴッ
「…………」
次第にうつむいていったその細い肩がふるりと震え。
その姿に後輩たちが、もしかして泣く?と焦り、三木ヱ門がハッとしたとき、
バーン、と。
「わー、乱太郎と保健委員が吹き飛ばされたー!」
ひときわ大きな爆発音と煙と共に大小いくつかの影が宙を舞い、それを追って皆の視線が上がった瞬間―――
ぱあん、と軽い軽い、炸裂音にも似た音。
いままでの音に比べるまでもなく小さな音だったが、それまで聞こえていたのとは異なる質の音に、我に返った皆の手が止まる。何事かと集まった視線の先には―――
「………?」
「なんだなんだ?」
うつむいたのその両手が身体の前でまるで拝むように合わせられているところを見ると、どうやら先ほどの音は両の手を叩き合わせたもののよう。
殴り合う格好のまま戸惑って固まる一同に再びぱあん、と、手が打ち鳴らされる。
思いのほか大きな音に、ビクッとなりつつ竹谷が、
「……えっと、………?」
どうかしたのか、と恐る恐る声をかけると、ゆっくり、ゆっくりと顔を上げ―――にっこり、と。
満面の笑みを浮かべ。
にいぃっこり、と笑った、に。
「っ、全員退避――!!」
三木ヱ門の怒声が響き渡った。
なにが起こったのか分からない生徒達はその声に驚いて立ちすくむ中、
「っ!」
弾かれるように綾部が駆ける。
土壁から飛び出し突っ立ったままの一団の中に駆け込むと、藤内の襟首を掴んで土壁の向こうへと放り投げた。
見かけこそ細いが、毎日穴を掘り続けている綾部は実は力持ちだ。
ぽかんとする周囲に目をくれることもなく、続いて伝七も同様に。
フィギュアを持ったままぱちくりしている兵太夫は肩に担ぎ、ついでにあたりにいた二、三人もまとめて抱えると土壁の影に駆け込む。
一方、焦げて半ば意識を失っていたはずの滝夜叉丸もガバッと跳ね起きると、
「金吾逃げろ!四郎兵衛ぽけっとするな!どうしてお前はそっちへ行くんだ三之助!?」
ああもうどうしてと嘆きつつ後輩を追い立てて避難させようとしている。
タカ丸・三木ヱ門の両名も、
「三郎次君、伊助君、早くこっち!」
「え?どうしたんですかタカ丸さん、一体……」
「とりあえず走って!兵助君も、早く!」
「は?」
「急げ団蔵!佐吉はどうした!?」
「え、え?」
「さき、ああっなんでこんなときに限って気絶してるんだ起きろ!左門……はこんなとこでもお約束を守るなっ、堂々と正反対の方へ走り出すやつがあるか!」
「ぐえっ」
勢いよく走り出しかけたその後ろ衿を引っ掴んで、潰れたカエルのような声を発するのにも気に止めず力任せに引きずる。
突っ立っている一年・二年を放り投げ―――学園のトラブル量産機:一年は組は皆と同様にわけが分からないながらも、過去のあれやこれで培われた勘でもってなんとなくまずいと察したのか自分から逃げてきてくれるので非常に助かる―――なあおい、どうしたんだと戸惑い混じりに説明を求める先輩の伸ばされた手をさっぱり無視して、あらかたの回収を終えると自分も土壁の影へと飛び込んだ。
この間、わずかに十数秒。
あっという間のことだった。
元々かなりの広さがあったとはいえ、これだけの人数が身を隠せばさすがに狭い。
土壁に張り付くようにして息をひそめる三木ヱ門のただならぬ様子に、一同を代表してこの場唯一の五年生である久々知が一体何事なんだ、と尋ねた。
三木ヱ門がこれほどまでに焦っているのは珍しい。それに、三木ヱ門の退避命令に四年生全員が瞬時に反応したところが気になる。
何か起こるならあいつらも避難させた方がいいんじゃないかと、いまだぽかんと突っ立ったままの友人達の方をうかがう久々知に、
「………………」
「え?なんだって?」
「…………………来ます……」
来る…って、なにが?
ぽつりと落ちた言葉に皆そろって首をかしげた。
久々知に習ってあちら側をうかがおうと首を伸ばす左門と団蔵の頭を押さえつける、その表情は青ざめていて。
「田村?」
「………………来ます………大五郎が……」
「「「…………大五郎?」」」」
そんな名前のやついたっけかな、と首を傾げる久々知。
仮にいたとしても、それでなぜこんなにも焦っているのだろうか?いや、焦っているというよりむしろ、恐怖に怯えている?
詳しく聞き出そうとした久々知の耳に、微かな葉擦れの音が届いた。
徐々に近づいてくる微かな物音に、上級生達は周りを見回す。
その様子につられて下級生達もきょろきょろと、わけも分からず辺りを見回し。
大五郎は、といっそ悲痛なまでに抑えてこぼれた声に、はっと振り返る。
「……………大五郎は…」
痛みに耐えるように額を抑えた手で表情のうかがえない、三木ヱ門が。
「……………大五郎は…」
なぜかどこか遠くを見つめたまま、綾部が。
「……………大五郎は…」
哀れなほどだらだらと汗をかきながら顔色の悪い滝夜叉丸が。
「……………大五郎は…」
へちゃりと眉を下げて口元を引きつらせた、タカ丸が。
高まる緊張感と言い知れぬ空気。
ごくり、と誰かがツバを飲む音が聞こえた気がした。
「大五郎、は」
「「「「熊、です」」」」
声と同時に、空気をびりびりと震わせて強大な咆哮が轟いた。
程度をわきまえないと温厚なさんだとて怒りますよ、ということです。
温厚な人ほど怒ると怖い、という世間の常識を身をもって知るといいさ(笑)
迅速な下級生の救出を行った四年生ですが、六年生と一部五年生は自業自得、ということではっきりきっぱりさっぱりと見捨てました。
三木ヱ門や綾部もいいかげん騒動にうんざりしていたのでしょうね。
自身には全く非がないのに見捨てられた雷蔵は……うん、ツイてなかったんだよきっと。
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