夢の旅路は晴れた日に
2話  一年長屋と君





子供の狭い歩調に合わせて、お昼休みで人気の無い廊下をゆっくり歩く。
体力は無さそうだなというのは見れば分かるが、さて、どのくらい無いだろう。
実技の授業にはついてゆけるだろうか、しんべエと同じくらいならばとりあえずどうとでもなるんだが、と薄い肩を見下ろして思いつつ、

「休日と眠るとき以外は学園内にいる場合は指定の忍び装束を着る決まりになっている。学年ごとに色が異なっていて、一年生は井桁模様だ。装束は…ああ、もらったみたいだね」

とてとて歩きつつ掲げて見せた荷物の一番上に見なれた井桁模様のそれが乗っているのを確認してうなづく。

「学園にいるあいだは長屋が皆の家だ。基本的には二人部屋で、たまに人数の関係で三人になったり上級生だと一人部屋の子もいることはいるんだが、」

さて、君の部屋はどこにしようか。
きょとりと見上げてくる瞳に苦笑をこぼした。
人数のことだけを考えたら、唯一三人部屋になっている乱太郎・きり丸・しんべエの内の誰かと組ませてもう一部屋に分けるのが良いのだろうけれど。

は組の中でも特に仲の良い(おそらくは始終共にトラブルに巻き込まれるがゆえの連帯感もあって)三人を引き離すのはためらわれるし、それより心配なのはあの三人のテンションにこのもの静かそうな子供ははたしてついてゆけるのか。
というか環境に不馴れなうちにあのトラブル大量生産の三人組と一緒にするのは酷というものだろう。
面倒を見てくれる同室の人間も、一人より二人の方が心強くもあるだろうし。

「少し手狭にはなるが、どこか二人部屋のところに入ってもらおうと思うんだが、いいか?」

こくんとうなずくのを確認した。さて、誰の部屋が良いだろうか。

途中入学者同志で話しは合うかもしれないが、夜な夜なナメクジの這う喜三太・金吾の部屋は止めておこう。
それにしても、飼い主の喜三太が平気なのは分かるがどうして金吾はあの部屋で眠れるのだろうか…と、以前に見てしまった悪夢のような惨状を思い出して土井はぶるりと身体を震わせた。
私だったらたとえ毎晩野宿するはめになったとしてもあの部屋では寝たくない!
意外に金吾は剛胆なのかもしれないな、と、頬にナメクジを乗せたままがぁごがぁごとよく眠っていた教え子の姿を思い出した。

団蔵・虎若の部屋はどうだろうか。
洗濯物さえ溜め込まないようこまめにチェックすればよいかもしれないな、と思い、はたと気付いて首を振った。
あの二人は悪くはない。
悪くはないんだが……就寝前の体力づくりを欠かさない力自慢の二人の部屋では、このいかにも体力の無さそうな子では畏縮して取り残されてしまわないだろうか?
あちらは仲良くなりたい一心でも『一緒に腕立て伏せをしよう!』などと巻き込まれたら、潰れたまま戻ってこなさそうだ。
それはよろしくない。

残るは庄左エ門・伊助か兵太夫・三治郎の部屋だが。
面倒見のよさなら庄左エ門だろう。伊助もあれで中々気づかい家だし…と考えていると、

「あ、土井先生」

正面から偶然兵太夫がやってきた。
走りより、土井の隣に立つとその腕に抱えた真新しい忍び装束を目ざとく見て取ると、ちょっと首をひねって考えてからぱあっと顔を輝かせ、転入生ですか?と聞いた。

「ちょっと遅れてしまったが新入生だ」
同じクラスになる子だよ、との背を押し、

です」
「笹山兵太夫です」

ぴょこんと頭を下げるのももどかしく、早速あれこれ聞きたそうにそわそわする兵太夫を微笑ましく見ながら、こういう積極性があってちょっと強引に引っ張ってゆくタイプの方がこの子には良いかもしれない、と閃いて、

「兵太夫、この子の部屋なんだがお前達と同室でも良いだろうか?」
「はい!かまいませんよ!」

兵太夫と三治郎の部屋は仕掛けだらけで半ばからくり屋敷と化している点が少し気掛かりではあるが、自室の仕掛けならすぐに位置は覚えてしまうだろうし、それにここは忍術学園だ。
至る所に罠や仕掛けがゴロゴロしている。

…特に落とし穴とか。

なのでむしろ十分に注意して生活することに早々に慣らしておいた方が良いかもしれない。

「じゃあ兵太夫、部屋に案内してやってくれ。布団だのは後で届けてもらうように頼んでおくから。、荷物はそれだけだな?部屋に荷物を置いたら忍び装束に着替えなさい。あ、兵太夫、終わったら教室まで一緒に連れてきてくれ。授業に送れないようにな」
「はいっ」

元気よく答え、行こう!との手を掴んで小走りに走り出す。その背中を、走ると転ぶぞと声をかけて見送った。
目を見張り、引きずられるようにして連れていかれたはうなずくだけでやはり声は聞けなかったな、とちょっと寂しく思いながら。
今日は授業にならないんだろうなぁとを教室に連れていったときのは組の騒ぎっぷりを予想して、これで更にテキストの進みが遅れるのは確実だ、としくしく痛む胃を押さえて職員室に向かった。




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