夢の旅路は晴れた日に
2話 からくり屋敷と君
ぐいぐいと時期外れの新入生の手を引いて自室の前まで来て、戸に手をかけたところではたと気付いた。
部屋に入る前に聞いておかなきゃいけない大事なことがある。
「ねえ、はからくりって好き?」
?と頭に飛ばして見返してきた子に、これは実際に見せた方が早いかもと戸を開けて一番安全なルートを手を引いて歩かせる。
そこに右足、もうちょっと向こうね、でその壁には触らないでね、と指示を出すたび細い身体はバランスを取りきれずによろよろとして。
(凄く身体が細いし、背はあまり変わらないけど動きもゆっくりだし不安定だし、素直にいうこと聞くし。なんか小さい子を相手にしているみたいだ。弟とかいたらこんな感じなのかな?そういや僕、お姉ちゃんだけだったから弟妹が欲しくて父さん達を困らせたこともあったっけ)
安全なあたりに連れていって、とりあえずは着替えだな、と促したら一つうなずいて着替え始めた。
「ああ、それは巻き方があるんだよ」
案の定、頭巾を片手にどうしたらいいのかな、と首をひねっているので、貸して、とその頭巾を取り頭に巻いてあげた。
「いまは時間がないから僕が巻いちゃうね。明日の朝、巻き方教えてあげるから」
と言うと了承の証にこくんとうなずいたので結び掛けの頭巾がずれそうになり、慌てて動いちゃダメ!と声を上げた。
ぐるりとその場で回らせておかしなところがないのを確認すると、
「ええと、この部屋なんだけどね、僕と三治郎――もう一人の同室の子なんだけど、僕らがからくりが大好きだから、忍者としての勘を磨くためにってあちこち仕掛けがしてあるんだ」
「からくり?」
「そ。例えば…」
こういうのとか、と試しに床に仕掛けたものを一つ披露してみせる。
には同じ床板に見えるかもしれないが、足を伸ばしてある一ケ所を踏むとさっとその足を浮かせた。
その拍子にその位置を、飛び出した縄が掠めて天井からぷらんと垂れ下がる。縄の先は小さな輪っかになっていた。
「この床を踏むと、張っておいた縄が飛び出して、足をからめられて天井から逆さに吊るされる、という仕組みさ」
驚いたのか目がちょっと大きくなっていることに満足して。
他にも色々仕掛けてあるんだ、後でどこに何を仕掛けてあるか教えてあげるけれど気を付けてね、当面は分からないところは触らないようにした方がいいかも、と注意している途中でい組の伝七がやってきた。
兵太夫の部屋にどんな仕掛けがあるのか、何度かその身をもって体験し、最近では委員会絡みでも目にすることの多い伝七はよほどのことがないと兵太夫の部屋に入ろうとはしない。
今日もいつものように戸の一歩手前で立ち止まり、
「おい、兵太夫、今日の委員会のことなんだけ、ど……?」
言いかけて、室内の見知らぬ人物に気付いた。
「誰だ、そいつ」
「遅めの新入生だよ。同室になったんだ」
「今時分に新入生?おかしな話だな。おいお前、僕は、」
見知らぬ人物に気をとられた伝七は過去の教訓を忘れ、自己紹介しようと迂闊に室内に一歩踏み入れて
「にぎゃぁぁああああっ!?」
ばびょん、というちょっと抜けた音とともに華麗に空に飛んでいった。
目の前で起きた衝撃の出来事に、さすがに表情の乏しいもぽかんと口を開けた。弧を描く悲鳴は抜けるような青空に溶けて消えて。
「あーあ。気をつけろよっていつも言ってるのに。あれは三治郎の踏んだら吹っ飛ぶシリーズ。ちなみに最新作」
「………」
「ああ、大丈夫、そんな恐る恐る足を浮かせなくてもそこには仕掛けてないよ」
「……あの人、いいの?」
「平気だよ、伝七はあれでわりと丈夫だし。ねえ、本当にそこは大丈夫だから足下ろして?あれはそんなあちこち仕掛けてないんだ。それに他のはもっと可愛いもんだよ、桶が落ちてきたりとか」
ばん、と壁の一部を叩いて飛び下がると、カコーンといういい音を立てて桶が落ちてきて、
「床が抜けたりだとか」
トン、と墨の床を踏みならすとガコとちょうど一人分ほどの穴が開いて、ころころ転がっていた桶はその穴へと落ちてゆく。それに慌てて、
「ああっ落ちちゃった、後で床下にとりに行かなきゃ…」
面倒だなぁと頭を掻いて、はっと背後の存在を思い出した。
彼はこれが既に日常と化した自分達とは違うのだ。
最初っからあれは驚きが強すぎたかもしれない。
やはりこんな部屋は嫌だろうか、とちょっと不安になってそっと伺うと、開いたままだった口を閉じてゆっくりまばたきをしたと目が合う。
「あの、」
「……すごいね」
すごいね、と重ねて呟いた。
「忍者屋敷みたいだ」
その言葉に思わず笑った。
「忍者の学校だもん」
早く行かないと授業に遅れちゃうよ、との手を引いて駆け出しつつ、兵太夫は込み上げる笑みを押さえきれずに笑った。
からくりが好きで、からくり屋敷を作りたくて学園に入った兵太夫にとって『忍者屋敷みたい』というのは特上の褒め言葉だ。
作り上げた力作の数々には組のみんなは、特によく引っ掛かってしまう不運小僧の乱太郎は、ほんとよくやるねと最近苦笑ぎみで。
あんな率直な驚きと賛辞は久しぶりだった。
嬉しくてたまらない。いまなら、どこまでだって駆けて行けそうな気さえした。
やっぱり自分は好きなんだ。
何かを作ることが。
人を驚かせることが。
それからちょっとだけ、引っ掛かった人の笑っちゃうような情けない姿を見ることも。
もっともっと驚く顔が見たい。
今度はどんなものを作ろうか?また、すごいねと言って驚いてくれるかな。
そう心をうきうきさせながら、教室までの道を駆けた。
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