夢の旅路は晴れた日に
4話 一年は組と君
しまった。やっぱりついつい話し込んでしまったのがまずかった。
遠く聞こえた鐘が鳴ってから数分後。
怒られるんだろうな、と思いながら教室に駆け込めば案の定、
「遅いぞ、兵太夫!」
「ごめんなさーい」
鐘が鳴る前に教室に入っていなくちゃ駄目だろう、とぷりぷり怒る土井に、殊勝な顔をして小さくなる。第二波に備えてきゅっと首を竦めると、
「なっ!大丈夫か!?」
予想外の言葉に慌てて振り返るとつないだ手の先にはーーーというかつないだ手でかろうじて立っていられている、息も絶え絶えな様子のが。
ええっ!?そんな長い距離も走ってないのに!?と思いつつ慌てて、
「「しっかりしろ、―!!」」
「………」
ついにべしゃりと床に倒れ附した身体を揺する二人の慌てっぷりを、は組のみんなはぽかんと見つめていた。
だいぶ長いこと待って、まだ顔色は白いもののなんとか話せるまで回復したを立たせて、みんなの前に出す。
「ええと…。ちょっと遅れてしまったが、新入生だ。今日から、皆と一緒に学ぶことになった。仲良くな。さ、自己紹介をして」
「、です」
ぺこん、と頭を下げた拍子に今までで一番傾いだ身体をあわてて支えて、
「同い年だけどみんなの方が四ヶ月だけ先輩なんだから、が困っていたら助けてやるんだぞ」
「「「「「はーい」」」」」
そっと背を押して兵太夫と喜三太の間に座らせる。
席に着いたとたん、案の定全員がばっと振り返って、
「どうしてこんな時期になっちゃったの?」
「どっから着たの?遠いとこ?」
「兵太夫と一緒に来たってことは同じ部屋になったの?」
「すっごく細いねー、大丈夫?よかったらボクのお煎餅あげるー」
「顔色悪いけど大丈夫?保健室行く?」
「町通ってきたんだろ、いいもうけ話聞かなかった?」
「ナメクジさんは好きですかぁー?」
「あのね、これが三治郎。さっきの仕掛けを作ったもう一人の同室者だよ」
「同じ部屋になったんだって?よろしくね」
「何か分からないことがあったら聞いてね」
口々にしゃべりだしたものだから、もう。
さながら多重音声のよう。
は組ではよくあることだけれど慣れていないにはさっぱり聞き取れなかっただろう、と。
きり丸にげんこつを落としてしんべエにおやつはしまうようにと注意しながらうかがえば案の定。
「………」
ぱちくり、と目を見張って止まっていた。
わくわくと待ちかねる子供達の前、小さな口を細く開けては引き結びを繰り返す姿を見兼ねて、
「とりあえずみんな落ち着こうよ。一度に言ったから聞き取れなかったんだよ、順番に、聞きたいことがある人は手を挙げて言おう」
「庄ちゃんってほんと落ち着いてるよね」
「はいはーい、ナメクジさんは好きですかぁー?」
一番手がそれか!?という突っ込みはもういいかげん飽きたぞ、と代わり映えしない教え子に脱力している土井をよそに、
「……………………嫌いでは、ないかな」
「よかったぁ。嬉しいな、ナメさんが好きな人で。あのね、僕のナメクジさん達見る?」
「………ううん、遠慮しておく」
「そ?」
ずいっと差し出されたナメ壺にふるり、と首を振ると、あっさり下がった。
見たくなったらいってね、と笑う喜三太に、嫌いではないというのは好きだということではないよ、とか、あのたっぷりした間で気付こうよ、とか言おうかとは組のみんなは思ったが。
じゃあまた今度機会があったときにでも、と気を使われて嬉しそうにうなづく喜三太にそっと口を閉じた。
「じゃあ次!どっから来たの?遠いとこ?」
「…わりと遠い」
「部屋は、兵太夫達の部屋になったの?」
「うん」
「顔色悪いけど、平気?」
「走ったからだから、大丈夫」
ぽつりぽつりと質問に答えているところへ、
「話の途中で悪いが、教材が揃ったそうだから事務室に受け取りに行こう」
来なさい、と手招きすれば人波に埋もれていたがかき分けるように寄ってきた。
お前達は大人しく、くれぐれも大人しくしているんだぞ、と言いおいて、カルガモのように後ろをちょこちょこ歩くを連れて事務室に向かう。
一方教室では、二人の足音が聞こえなくなったとたん、さっきのように今度は兵太夫を取り囲んだ。
「大人しい子だったね」
「顔色も悪かったし、ろ組みたい」
「もう話しはした?」
「どんな話した?」
「兵太夫達の部屋ってからくりだらけでしょ、あの子大丈夫なのかな?」
再びわっと放たれた言葉は重なって混ざって、とても聞き分けることのできるようなものではなかったけれど、そこはそれ。長年一年は組をやっている兵太夫のこと。
さっと全てを聞き取って、良い子だと思うよ、と言った。
「あんまり話さないし顔も変わらないし反応薄いけど」
「兵ちゃん、それ全然誉めてない……」
「僕それは綾部先輩で慣れてるから、あんまり気にならないし」
「ああ、確かになんか感じは似てるかも」
「でも話しはちゃんと目を見て聞いてるし、よく黙るのはなんて言ったらいいのか考えてるみたいだったし。あとね、僕らのからくり見て、すごいねって」
「ああ、あの部屋の?」
「ちょうど伝七が来て踏んで吹っ飛んでったんだよ」
他にも色々見せて、忍者屋敷みたいだって言ってくれたんだ、と嬉しそうに笑う兵太夫によかったねと笑いながら、哀れ犠牲になった伝七に手をそっと合わせた。
成仏してくれ。
「良い子だと、思うんだよね。いまはまだよそよそしいけどさ。もっと仲良くなったらきっとたくさん話してくれるようになるよ」
そう言うのを聞いて、みんなは顔を見合わせうなづいた。
そうだね、もっと仲良くなりたいなぁ。
「すぐ仲良しになれるよー。だってナメさん好きって言ってくれた子だもん」
「ねぇねぇ、授業終わったら学園を案内してあげようよ」
「そのときに色々教えてあげなくちゃね。先輩達のこととか、注意することとか、いっぱいあるでしょ?」
そのときみんなの頭の仲ではその二つが混ざって『注意する先輩のこと』、となってくるりと回った。
とたん、身を乗り出してぴいぴい騒ぎはじめる十一人。
「綾部先輩の落とし穴には注意ってまず教えてあげなくちゃね」
「鉢屋先輩は変装の名人で、いつもは雷蔵先輩の顔を借りてるってこととか」
「それは二人に並んでもらった方が早いんじゃない?」
「図書室では静かに!中在家先輩の縄標が飛んでくるから気を付けないとな」
「小松田さんにはいろんな意味で注意しないと」
「備品は大事に使うこと、とか。食満先輩に怒られるからね」
「えー、食満先輩は怒っても優しいよー?」
「保健委員はみんな不運ってのも伝えておいた方がいいかな?」
「………それは言わなくても…」
「そう?先に聞いておいた方が乱太郎や先輩達のアレを見ても驚かないかと思ったんだけど」
「滝夜叉丸を見たらソッコーで逃げること、ってのも忘れちゃ駄目だよ」
「あと、七松先輩と潮江先輩も見たら逃げるように教えとかなきゃ!」
「あの二人の鍛練に突き合わされたらなんて死んじゃうよ」
「ああ、無茶しそうだもんね、あの二人」
「『体力がないなら気力で補えバカタレィ!』とか?」
「『体力をつけるならまず走ろう、裏々山までダッシュ五十本だ、いけいけどんどーん!』とかな」
「先回りして、善法寺先輩に、無茶させないよう言っておいて下さいってお願いするとかどう?」
「聞くような人たちだと思う?」
「「「「「全然」」」」」
途中から先輩批判と成り果てた注意事項に頭を抱えつつも、きゃいきゃいと嬉しそうに話し合うみんなを廊下からこそっとうかがって。
土井は、みんな本当に良い子達だ、と感動していた。
なんか方向性は著しくおかしいが、みんなのことを心配して気にかけてくれている。
きっとこの子達となら上手くやっていけるに違いない……!
そう心を震わせていた土井は、
「―――先生?」
後ろから学用品を抱えてついてきた存在をすっかり忘れていたため、驚いて強かに脛を打ち付けるはめになった。
音に驚いて飛び出してきた良い子達に見つかって笑われるまで、あと十秒。
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