夢の旅路は晴れた日に
5話  食堂のおばちゃんと君





結局あの後もろくに授業にならなくて。
予想はしていたとはいえ、書き直しに書き直しを重ねそろそろ読めなくなってきた授業計画書が悲しい。
ああやっぱりテキストが進まなかった…と落ち込む土井を心配するの手を、いつものことだからあんまり気にしなくていいよ、と引きながら。



ぐるり学園一周、案内の旅に出てから既に半刻。

十二人の道のりはあっちにそれ、こっちにそれ。
ちっとも進まないまま、とりあえず必要そうな職員室と中庭、演習場と保健室(仲から何やら派手な倒壊音がして乱太郎が青ざめてた)、図書室(寸前できり丸が今日の当番は中在家先輩だと思い出したので、退却)の場所だけ教えて。
次は、と廊下の角を勢いよく曲ったところで

「おおっと。お前達、前はもう少しちゃんと見ないか」
「「「あ、山田せんせー」」」

呆れ顔の山田に出会った。

「あ、私達、学園を案内してあげようと思って」
「そりゃいいが、」

だが、と顎をつるりと撫でて、

「今日は上級生に実習の学年があってな。いつもの時間は混みそうだから、後は食堂と風呂の案内だけにして、残りは明日にしなさい」
「じゃあ先にご飯食べようか」
「さんせー!ボクもうお腹ぺっこぺこ」
「しんべエはいつだってそう言うんだから」

ぐう、とタイミングよく鳴ったお腹の虫に笑って、進路を食堂に変更した。





「食堂のおばちゃんの作る飯はすっごく美味いんだぜ!」
「なんたって近くの城からスカウトが来るくらいなんだから」
「お風呂だって、大きな湯舟に毎日浸かれるし。贅沢だよね、家じゃとても考えらんないよ」
「忍者は清潔にして、臭いがしないようにしなきゃいけないから」
「そぉだ、」

ぽむ、と手を叩いて喜三太が振り返った。

「ボクこないだ食満先輩にお風呂用の小さいアヒルさん作ってもらったんだ。持って行っていい?」
「アヒルさん?」
「そー。余った木で作ってくれたの。手のひらに乗るくらいで、すっごく可愛いんだぁー」
「食満先輩っていい人だよね。喧嘩してるときは怖いけど」
「うん。でもボクほんとはナメクジさんの形がよかったの。でも先輩が、『ナメクジさんは湿ってるけど水辺の生き物じゃないから、止めておこうな』って」
「………食満先輩っていい人だよね。常識があって」
「? うん!」




おや、今日は随分と早いねぇ、とおばちゃんに言われながらまだ誰もいない食堂に入り、一番乗りだねと笑ってカウンターに並ぶ。

「今日のメニューは何ですかー?」
「A定食が焼き魚でB定食は野菜の炊き合わせだよ」
「じゃあ僕Aで」
「ボクはB定食お願いしまーす」
「あ、Aの小鉢お浸しなんだ。Aにしようかな…」

とわいわい騒ぎながら順番を待っていると、あ、と庄左エ門が振り返った。

「言い忘れてたけど食堂のおばちゃんは学園最強で、絶対にお残しを許してくれないんだ。気を付けてね」

嫌いなものとかある?と聞かれ、ふるりと首を振った後、でも、と小さく呟いた。
でも?と聞き返そうとしたとき、

「おばちゃ〜ん、ボク大盛りで!」

しんべエの元気な声に、あいよっというというこれまた元気な返事。
どんと出てきたまさにてんこ盛りのお茶碗を嬉しそうに受け取る姿に、しんべエったらとみんなは苦笑した。
そうしている間に順番が回ってきて。

「はい、次…って、おや、見ない顔だねぇ」
「時期外れだけど新入生なんです。私達と同じクラスなんですよ」
「ああ、学園長から聞いてるよ、あんただったのかい。で、何にする?」

にこにこと笑うおばちゃんにちょっと考えた後、

「B定食お願いします」

と言った。
けれど、早速お盆にお皿を乗せようとしたのを呼び止め、

「少なくしてもらうことって、出来ますか?」
少なくなく、かい?と聞き返したおばちゃんにこくんとうなずく。
おばちゃんは必要な栄養を必要なだけちゃんととって欲しくて『お残しは許しまへんで』といつも言っているのだから、きっと減らすのも駄目なんじゃないか、とみんなは思っていたが、

「食べきれないので」

と言ったの細い細い身体をじっと見た後、ちょっと悲しそうな顔をして、分かったよと言った。


このくらいかい?もう少し、少なく。

そのやり取りの後お盆に並べられた品々はみんなと比べてとっても少なくて。
しんべエが、そんなにちょっとで足りるの!?と目を白黒させるくらいだった。

「もっと食べなきゃ身体がもたないよ、授業は厳しいんだから」
「せめて、私達と同じくらい食べられるようにならなきゃ」
「ちょっとずつ、増やしていこう?急に食べたらむしろ身体によくないからさ」

口々に心配するみんなに、頑張る、と返し、いただきますと揃って食べはじめれば、

「………美味し…」

目を見張って呟いたに、ようやくみんなの顔が弛んだ。




他の生徒がいないので話をしながらのんびり楽しく食べていたが、食事が終わりに近付くにつれの箸の速度がどんどん遅くなっていった。
あんなに少しだったのにまだ多いのかと驚きつつも、お残しは許してくれないおばちゃんのこと。
ましてや一度減らしてもらっているのだから、とせっせと励ますと、苦しそうに眉を寄せつつもこくりとうなずいた。

「頑張れ、。…よし、最後の……一口!」

ようやく最後のご飯を、お茶で流し込むように飲み込んだのを確認して、ごちそうさま、と揃って席を立とうとして。
座ったままのの異変に気付いて覗き込むと、

「わぁ、大丈夫!?」
「………くるしい…」
「顔色が白を通り越して青色になって、ますますろ組みたいになってるよ!?」

そーっとそーっと支えつつ長屋に向かう。
まさか食事一つでこんなになろうとは。
両脇を支えられ、歩くのがやっとという風情に、しんべエは心配そうに見上げ、

「あのね、明日っから、どーしても無理だったらボクに言ってね、代わりに食べてあげるから」

食い意地が張ってるんだから、というからかいの言葉も出ないほどにしんべエは真剣で、そう言わせるくらいにいっぱいいっぱいな様子だったのだ。

「大丈夫!ボク食べるの早いし、いくらでも入るから、おばちゃんに見つからないようにパパッと誤魔化してあげるね」

まかせて!と妙なところで胸を張ったしんべエに、は弱々しく小さいけれど確かに笑みを浮かべて

「ありがとう」

と言った。




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