夢の旅路は晴れた日に
6話  三治郎と君





「お風呂の後はね、就寝まで自由時間。宿題したり本読んだり…あと自主練とか多いかな。それと委員会とか」

今日は委員会があるんだ、と兵太夫が行ってしまったので部屋には三治郎との二人きり。
今日は宿題もないし、僕らはからくりを考えたりしていることが多いよ、と書きかけの図面を取り出してみせると、ちょっと考えた後、こくんとうなずいた。




床に寝そべって図面を広げて書き込みつつ、ちらりとうかがうと、灯を挟んで向こう側ではが縫い物をしている。
うなずいた後、彼が自分の荷物を引き寄せて取り出したのは簡素な作りの小さな箱。

蓋を開けると、針と色とりどりの糸の束、当て布らしいたくさんの端切れが見えて、三治郎は不意に母親を思い出した。
学園では繕い物も自分達でやらなきゃならないから裁縫道具を持っているのは珍しいことじゃないけれど、それにしては糸の色のそろえが良すぎる。
ハサミだってよく研がれて大事にされているが、使い込んだ感があるし。母親が持っていたような本格的な裁縫道具だ。
どうみても十歳の年の子が持つようなものではない。

三治郎がそんなことを思っているとは知らないは次いで、荷物の包みから可愛らしい桃色の着物を取り出した。
大きさはとても小さい。おそらくは五、六歳くらいの幼女用で、どうやら縫いかけのようだ。
これを、縫おうというのだろうか?
取り出した拍子に見えた包みの中には他にも反物がいくつか入っていた。それも同じように縫うつもりなんだろうか。

繕い物程度なら慣れれば多少できるようにはなるが、着物を一枚縫い上げるのはかなり技術がいる。
妙に家庭的で器用な我らが担任教師は何故か縫うことができるが本来は、お針子と呼ばれる技術職だ。
密かにびっくりしている三治郎の目の前で、針と糸を取り出し、は手慣れた様子で着物の続きを縫い始めた。
その手は早く、縫い上がった部分は素人目に見てもとても見事だ。
自分の母親よりも上手いかもしれない、と思った。

それにしてもなぜ、幼女用の着物を?

(妹でもいるのかな?)

兄弟がとても多くて、弟妹達の着物は母親の手が回らないからがこしらえている、というのならこの腕前もあの身体の細さも、納得がいくかもしれない。
古着屋で買うのと反物を買って自分でこしらえるのの、どっちが安上がりなのか三治郎には分からなかったけれど。

そんなことを考えているうちに着物は縫い上がったようで。
ぷちん、と糸を噛み切ると針を置いた。

「上手いね」

そう声をかけると、一人じゃなかったことを思い出した、というようにちょっと目を見張って顔を上げ、三治郎にずっと見られていたことに気付くと、そっと顔を伏せた。

(これは、恥ずかしがってるのかな?)

「ほんとに上手だね、すごいなぁ。なんでそんなに綺麗に縫えるの?」
「……母さんの手伝い、してたから」
「お母さん、お針子さん?」

こくんとうなずく。
えらいなあ、と素直に感心した。
は裁縫箱から二種類の糸を取り出すと、縫い上がったばかりの着物の上に乗せて首をひねりだす。
そして三治郎を見ると、どっちがいい?と聞いた。紅色と苅安(かりやす)の二色の糸。
なにに使うのかと聞けば、着物の合わせのあたりをつまんで差し出した。
見れば、染めムラだろうか、二寸ほどの大きさに渡って色がおかしい。

「刺繍して、隠そうかと」

思うんだ。花、とか。
ぽつりとつぶやいた言葉になるほど、と納得。
たしかに難ありの布なら安く手に入る。それで着物をこしらえれば物は新品だから布も長く持つし。

「こっちかな」

苅安の糸を指差す。
うなずいて糸を針に通すと、手早く布に刺していった。
みるみるまに花びらが形作られて、三治郎の見ている前で、桃色の着物に大きく一つ、小さく二つの明るい花が咲いた。

「可愛くていいと思うよ、女の子はこういうの好きそうだし。うちの妹も花模様が好きでさ、いっつも花柄の着物ばっかり着てるんだぜ」
「妹がいるの?」
「うん、いま六つ」

いい?とうかがって触らせてもらう。
縫い目はまっすぐで目の幅も均一で、売り物と言われてもうなずける出来映えだ。
お母さんを手伝っていると言っていたし、もしかしたら本当に売るものを縫ったこともあるのかもしれない。

「ここまでとは望まないけど、僕ももうちょっと器用だったらよかったんだけどなぁ」
「?」
「忍者の学校だから仕方ないんだけどさ、しょっちゅう破けたり引っ掛けたりするんだ。でも自分達で直さなきゃいけないから…」

ちら、と部屋の隅に畳んだ自分の忍び装束に目をやる。
ああ、そういえばこの間ジュンイチを探しに、やぶに突っ込んだときに引っ掛けた袖もまだ直していないままだったっけ。
思い出すと気がめいってくる。

「とくに委員会が……なんというか、服の損傷が多いんだよね」

兵太夫のそれより明らかにボロボロになっている自分の装束を思ってため息をついた三治郎に、ちょっと考えた後。

「破けたら、」
「え?」
「言ってくれたら、縫うよ」
「えっ、本当に?いいの?」

うなずくのを確認すると、ぱあっと顔を輝かせ、

「じゃあ、お礼にその裁縫道具とか布とかしまう場所作ってあげるよ。いちいち押し入れ開けるの面倒だしね。手の届きやすいところがいいよな、どんな仕掛けにしようか?」

既にからくり仕掛けにすることは決めて、紐を引いたら壁の一部が開くとか、いやどんでん返しの方がいいかと頭をひねりだした三治郎に、きょとんとした顔をした後。
ほんの少し、少しだけ笑ったに嬉しくなって。

兵太夫が戻ってきたら早速相談しよう、と三治郎もにっこり笑った。





苅安(かりやす):すすきに似た草で染める草木染め。
         綺麗な、わずかに緑みを帯びた黄色に染まる。





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