夢の旅路は晴れた日に
7話  夜と過去と君  後編





最初はてっきり、転生ついでに過去の世界にタイムスリップでもしたのかと。
もうこうなりゃ何でも有りだろ、みたいな気持ちで思っていたのだが。

会話の端々にさりげなくカタカナ語は出てくるし。なにより美味しそうなキノコの名前の城なんざ、どの時代だろうと聞いたことはない。
これは断言出来る。そんなもんあったら、歴史の授業で大爆笑してら。

しかしながら、異世界と呼ぶにはあまりに似通いすぎて。
なにしろ、この時代は『室町時代』だというのだから。
つまりは、あー、平行世界だとかなんだとか、そんな話なんだろうか?と仕事の合間につらつらと考えてみながらも。
正直言って、別にそれほど気にしてなかった。
人は一回死んで生まれ変わると、些末なことは気にしなくなるもんだ。

いま生きてるなら生きてくだけさ、と。

その、『生きてる』ってのがどんだけ儚く脆いもんなのかを身をもって知ってたはずなのに。
のんびりそんなことを思ってた。

















両親が死んだ。

















俺が九つのときだった。


村がどっかの城の戦に巻き込まれたせいだった。
一晩のうちに村のほとんどのものは死んで、父さんと母さんも例外ではなかった。
俺のときもそうだったように、人はあっけないほど簡単に、死ぬ。

炭の固まりと成り果てた村の真ん中で。
親より先にとっとと死んだ俺が、今度は早々に親を亡くすとは。世界ってのはどれだけ釣り合いをとりたいんだろうかとか、そんなことを考えてた。



どうしようもない災厄に巻き込まれ不幸に襲われて、世界が終わってしまったような思いを味わおうとも、非情なまでに生きていれば腹が減るし、食わなきゃ生きていかれない。
たかが九つの子供が身寄りもなく生きてゆくにはこの世界は優しくはなかったが、ここで早々に諦めてしまったら、あの優しい父さんと母さんはそれこそ悲しむのだろう、と。



生きている限りは、生きていかねば。



生き残ったものの多くは村を捨てて親類を頼って移住し、怪我を負った人や親を失った子供達は物乞いになるか、かっぱらいになる中。俺はまだ運が良かったといえる。


昔の人はよく言ったもんだ。

『芸は身を助ける』

身につけた技術は裏切らない。



母さんの仕事の仲介をしていた人のおかげで、隣の村で仕立ての仕事としばらく置いてもらう場所を貰えた。
身体の許す限り働いて、生きてけるギリギリまで生活を切り詰めて、小銭を貯めつつ考えた。
特殊技能があるって素晴らしい。
おかげでこの年の子供でもなんとか生きてゆける。
でも今後のことを思うとこれだけでは心もとない。もっと沢山のことを学んで、身につけねば、と。
自分で自分を養ってゆくために。


例えば算盤とか(だって以前は電卓があったから使えない)。
読み書きとか(書道なんて小学校の頃にやったきりでまともに書けない。なにより皆、楷書で書いてくれない。正直、のたうったミミズに見える)。
地理とか(だって土地名が覚えているのと違う)。
時代情勢とか(これを知っておかないと大変なことになると思われ)。
ちょっとした日曜大工的な腕だとか(だってなんでも売ってた時代と違う)。
食べられる、あるいは薬になる草木や果実の知識とか(特に大事だ)。
なにがしかの職に就けそうな技術とか(ほんと、あるに越したことはない)。
体力だとか(まず最初に必要だな、これ)。


望み過ぎ、とか言うなかれ。
人生、先はなにがあるのか分からないんだから色々スキルは持っておいた方がいい。
ほんと、マジで。

前世の父親の家訓が『人生で一度も役に立たないだろうと思う知識こそ大切に』だったため、いらんことは山ほど知ってるが、持ってる技術は裁縫ぐらいしかないんだから。
……まあ、その知識もこの世界では思いのほか役立つこともあったのだけれど。



とりあえず仕事をしつつ周りの人に手当り次第に聞いてみた。
「学力と体力と技術と、あとできたら身を守れるくらいの武術も一緒に身につけられるようなところ、知りませんか?」と。

ほとんどの人には笑い飛ばされた。そんなとこがあったら俺が行ってるよ、と。

もっともだ。

半ば諦めかけたとき、一人の人がそれなら忍術学園はどうだ?と教えてくれた。
聞けば、忍者の学校だけど普通の勉学も、変装するためにいろんな業種のことも教えてもらえるとのこと。
なんて理想的。しかも学園は寮生活で食堂では美味い飯が食えるという。
これはもう、ここに行くしかないだろと思い、いままで以上にせっせと着物を縫って学費を稼いだ。
余りの端切れを使って現代の頃に見た女の子うけしそうな小物を似せて作ってみたらこれが結構よく売れたりとかして。
一年分の学費と生活費は稼げたかな、と思った夏。忍術学園のことを教えてくれたおじさんが言った。

あそこかい?十歳になる年の春に入学だったんじゃなかったっけかな。



早く言え、そういうことは。



なんてこった、あと一年待たなきゃか、そして年下と同学年になるのか?と落ち込む俺に同情して。
ちょうどこの春入った子と同じ年なんだから一緒に学びたいよな、と。学園長にお願いしてやるよ、と言ってくれた。
なんでもちょっとした知り合いらしい。
そんなこんなで学園長に会ったら、じゃあ秋からうちにおいで、と言われ。
ずいぶん簡単なんだなと思いつつ、よろしくお願いしますと頭を下げた。

親は戦で死んだ、と言うと少しだけ悲しそうな顔をして、辛い思いをしてるのはおぬしだけではない、しっかり生きなければならんぞ、と言って頭を撫でた。
いい人だ。
うなずくともう一つ、撫でてくれた。





忍者の学校、なんていうからだいぶ気負って来てみたが、なんだかかつての小学校と同じようなノリで。
(もちろん、授業で習う内容にはいちじるしい差があるけれど)
正直、拍子抜けした。忍者って、もっと暗くて殺伐とした世界だと思ってた。
本や映画で手に入れた俺の知識が間違ってるのか、まだ一年生だからなのか、それともこの世界ではこれが普通なのか。

向こうの布団で眠る二人を見やる。

今日会った子供達はちょっと変わったとこもあったけれど、本当に普通の子達で。
そして、とても良い子達で。

また布団から飛び出た兵太夫の腕を笑いながら戻してやる。
ギンギーン、と今度は少し近くで鳴き声が。
なんなんだあの生き物、ほんとうるさい。
ぽんぽん、と布団を叩いてやると寝息が深くなった。
本当に、いい子達だ。一生懸命仲良くしようとしてくれていると分かる。

友達、というものに縁遠くなって八年。
この暖かさはとても懐かしい。気を緩めれば、不意に涙が浮かんできそうなほどに。
出来ることなら、ずっとこのままでいてほしい、と思った。
この、柔らかく優しい心を持ったまま。



人は、儚く脆い。心も、身体も。



たくさん見て来たあの人達のようにならなければいいと願う。
いつまでも、今日のように笑っていてくれたら。
そして、その視界の端っこにでも、ついでに俺を置いておいてくれたら。


この箱庭は優しく暖かい。
ここから、弾かれないように。今度こそ。

(きっと大丈夫。今度は、隠す術だって心得ている)

うかつなことを、言わないように、しないように。
皆の中に、溶けて、まぎれて。

「………だけどなぁ、俺、うっかりミスの常習者だったんだよなぁ…」

なんで途中式も答えも合っているのに回答欄に書き写すときに間違うんだ、と半ば涙目で怒っていたかつての数学教師を思い出して、その顔がまだちゃんと思い出せることに苦笑した。


子供らしく、子供らしく、と呪文のように唱えていたらようやく眠気が襲って来て。
ギンギーン!とまた遠くでやけくそのように鳴いた見知らぬ生き物に悪態をつきながら眠りに落ちた。








はこの先も前の世界のことを、誰にも言うつもりはありません。
両親のことを皆に言っていないのは余計な心配をかける必要はない、と思っているからです。
周囲が悲しく思うくらい、気遣い屋な子なのです。





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