チチ、と鳴く鳥の声に目をしばたかせた。
ああ、鳴き声はやっぱりこういう、可愛いものでなくては。昨晩のようなやかましいものではなく。
夕べは遅くまで寝付けなかったので眠い、と思いながら布団をたたんでいると、物音で起こしてしまったらしい三治郎が布団からはい出しつつ、は早起きなんだね、と言った。
元々朝には強い方だったが、この一年ほどで更に朝型になった。理由は簡単。日のあるうちに、少しでも多く縫い物をしなければならないからだ。
この時代、油は高級品だ。
あの生活ではとても手が出なかった。両親がいたころは囲炉裏が明かり代わりだったし。
でも、学園ではさすがに夜こそ忍者のゴールデンタイムというだけあって、普段から夜更かしが多いようだ。
あまり多用しては怒られるだろうけれど明かりの油も使えるようだし。
(海が近いから魚油なので、ちょっと臭いのが辛いけれど)
いやぁ、作業がやり易くなるなぁと考えながら着替えを済ませ、頭巾を手に取った。
ああ、教えてもらわないと。昨日は兵太夫にやってもらったからやり方が分からない。
覚えなきゃいけないことが山ほどだ、と思いつつ二人のところに行く。
「あ、頭巾の巻き方?ちょっと待ってね、僕も巻きながら教えた方が分かり易いでしょ」
こくりとうなずく。教えてもらうんだから、と思い、
「ありがとう」
と言うと、なぜか妙に嬉しそうな顔で頭を撫でられた。
……………なぜー?
夢の旅路は晴れた日に
8話 委員会と君
授業が終わり、さあ今日はなにして遊ぼう、とわっと解散しようとしたところに、土井が、ちょっと待て、の委員会を決めなければ、と言った。
「委員会?」
「そうだ。それぞれの役割ごとに九つの委員会があって、みんなどこかに属さなくれはいけない決まりなんだよ」
そう言うが早いか、生物に体育に、いや図書に作法に、保健委員は?用具にきてよ!と、わっと声が上がる。
詰め寄られて、ぎゅう、と潰れそうになったを慌てて小脇に抱え上げ、お前達ちょっと落ち着け!と叫んだ。
「言っておくが、もう二人いる委員会は駄目だぞ」
「「「「えええー!」」」」
生物・用具委員が不満の声を上げた。
特に喜三太は、ナメさん達も寂しがりますよぅと、ぷうっと膨れる。
「学級委員長委員会も駄目ですね」
「ま、そうだなあ」
「やっぱり冷静ね、庄ちゃん…」
もう平気かな、と土井が抱えていたを下ろすと、
「ぜひ、体育委員会に!」
金吾がガッとその肩をつかむが、
「体育は無茶だって。七松先輩に引きずられたら、の生命の危機だよ」
「バレーボールなんて本当に凶器になりそうだよな」
という声が上がり、ぐっと詰まった。
いや、きっと、たぶん、おそらくは…大丈、夫……なんじゃないかな…と、徐々に頼り無さげになりつつ、もにょもにょフォローの言葉を口の中でつぶやくが。
自分の手の下に感じる、こつこつと骨の目立つ薄い肩を思っては、強く出られなかった。
「それなら会計も止めておいた方がいいんじゃないかな」
「ええっ、なんで!?うちは特に人手が欲しいのに!」
びっくりした団蔵に、よく思い出してみなよ、と皆が言った。
会計の委員長は、あの潮江先輩だよ?
「七松先輩同様、無茶な鍛錬を委員会に強いる先輩だもの」
「十キロ算盤なんて、まず持てそうにないよな」
「更にそれ持ってマラソンなんてあり得ないって」
「団蔵だって、いつも辛いって言ってたじゃないか」
「団蔵でギリならには無理、っていうか無謀だと思うぜ」
そう言われれば、団蔵は黙るしかない。たしかにちょっと…無理だったかも。
「免疫力とか抵抗力とかもなさそうだもん、池で寝る訓練なんかされたら風邪ひくどころか肺炎にだってなりそう」
「先生も、その二つは止めておいた方がいいんじゃないかなー、…と、思うぞ」
苦笑いした土井にそうとどめを刺され、がっくり肩を落とす金吾と団蔵。
すかさず、保健とかどう?と誘う乱太郎に、
「でもは不運じゃないからダメだろ?」
「え?いや別に不運であることが保健委員になる絶対条件なわけではないんだけど、」
「でもみんな不運じゃんか」
「………」
しょぼん、とした乱太郎がすごすご引き下がる。
「後は図書と作法と火薬か」
その言葉にキラーン、ときり丸の目が光った。
「火薬はいまの人物でもそんなにキツくないし、この前タカ丸さん来たし、作業少ないし目立たない委員会だから、いいよな」
「えっ、たしかに作業も少なくて地味だけど……土井先生が落ち込んじゃってるよ、きり丸」
「作法も作業少ないよな、目立ってるのは主に委員会業務とは別のとこでだし」
「外から見ると暇に見えるけど色々あるんだよ、うちも」
受けて立った兵太夫ときり丸の間にバチバチッと火花が上がる。
ああ、この中には入ってゆけないなと早々に諦めた伊助は、膝を抱え、小さくなって何やらつぶやいている土井の背中を撫でながら、落ち込まないで下さい先生、と慰めた。
一方、一騎打ちの様相を呈した二人は、というと。
「うちは委員長の中在家先輩で慣れてるから、が小さい声で話そうが単語で話そうが、黙ったままだろうが、なにを言いたいのか分かる、というスキルを持っている!」
と、きり丸が言えば。
周囲から、おお、とどよめきが上がった。
「それならうちだって、不思議属性の綾部先輩がいるから、一つの言葉から全体像を察することには慣れてるさ!」
と兵太夫が返す。
なるほど、と納得の声が上がった。
ぐぐっと双方にらみ合って。
「うちには優しくて面倒見のよい雷蔵先輩がいるぜ!」
「甘いなきり丸!雷蔵先輩はたしかにいい人だけど時々雷蔵先輩に変装した鉢屋先輩だったりするだろ!見分けのつかない僕達にとってあの人達はちょっと危険だ」
「気付かれたか……っ」
「ちなみにうちには、学年こそ低いものの、変な趣味も変な癖も変な思考も持たない、学園では極めて珍しいまっとうな常識人の浦風先輩がいるぞ!」
「しまった!……ふっ、しかしまだまだだな兵太夫っ。忘れていただろう、あの人は同学年の迷子二人組がいなくなるたび捜索に駆り出されるんだ、どんないい人でもいなきゃ意味ないぜっ!」
「な、なに、そんな盲点がっ」
白熱の戦いを続ける二人をよそに。
皆は少し離れた机で、を囲んでのんびりと、
「図書は、当番があるのと…虫干しの日かな、活動は」
「あと、虫食い直しがあるよ。ま、たまにだけどさ」
「決まりさえ守れば中在家先輩は怒らないし」
「作法は…あ、行儀作法とかじゃなくて戦の作法とか、そういうのなんだけど」
お茶とかお花とか、と思ったのか、作法?と首を傾げたのに笑って、
「活動は少ないよね」
「首化粧さえ慣れれば、わりといいとこなんじゃない?」
「あと、立花先輩と潮江先輩のじゃれ合いに巻き込まれなければね」
まったり、委員会レクチャーをしていた。すごい温度差だ。
本人を外してにらみ合っていた二人だったが、バッとを振り返ると、声を合わせて、どっちがいい!?と聞いた。
「同室の僕と一緒の方が心強いよね!」
「は本好きだよな!」
昨日少しだけ学園を案内したときに図書室があると聞いてが反応したことにきり丸は気付いていた。
あの反応はきっと、本が好きなんだろう、と。
本は高価なものだ。なかなか沢山のそれにはお目にかかれない。
しかしながら学園の図書室にはそれこそ、うなるようにある!
本好きだというなら、これはぐらりとくる話だろう。
そう思って言った言葉に案の定、本、とつぶやいて止まったを見て、きり丸は心の中でぐっとこぶしを握った。
やったぜ、オレ!
しかしその勝利感もつかの間。
「本は、図書室に行けば委員じゃなくても読めるし、貸し出し手続きをすれば借りて部屋でも読めるよ!」
もっともなことだ。
なにしろそのための図書室なのだから。
ここまでくると、もうあとは本人の心次第。
じっとを見つめ判決を待つ二人。
しばらくの沈黙のあと。うつむいていた顔を上げたは土井を見上げ、
「じゃあ、作法で」
「やったあー!!」
がっくりと崩れ落ちたきり丸とその横で飛び跳ねる兵太夫。
駆け寄り、手をぎゅうっと握って、
「次の委員会はもう少し先だから、そのとき一緒に行こうね」
と言うと、うん、とうなづく。
次の活動日はいつだったろうか。
どことなく綾部先輩に似た表情のを見つつ、先輩達はどんな反応をするだろうと、その日のことを考えて、ウキウキした。
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