どうして、って聞かれても困る。
そう感じちゃったんだから、仕方ない。
それなら、結構自信もあったしさ。
だから、そんなキラキラしい目で見ないでくれ。アドバイスなんて、できっこないさ。
普通のより難しいんだよ、なんて言われても。
嘘だろ?あっちの方が難しいって。だいたい、どこ持ったらいいってのさ。
そっからして怖いじゃんか、あれ。手に刺さりそうでよ。
初めてなのにすごいね、って……そりゃ、『棒手裏剣』なら初めてだけどさ。
思っちゃったんだよ。たぶん俺にしか分かんない感覚。


………棒手裏剣って、ダーツに似てね?





夢の旅路は晴れた日に
10話  手裏剣と君






「よーし、このくらいでいいだろう。集まれ!」

かけ声に、うーだの、あーだのと安堵とも何ともとれる声を出して、のろのろとこちらに向かう一同に、しゃきっとせんか!と声を上げた。

「忍者がこれしきでへばってどうする!」

まだまだ元気いっぱい、といった山田の声に、中庭をぐるぐると、ただもう『よし』の声がかかるまでひたすら、何週目かも分からないままぐるぐると走らされていたは組の子供達は、うへぇ、と潰れたカエルのような声を出した。

「ちなみに二十八週だよ」
「数えてたの?庄ちゃん…」


わらわら集まる子達の中にがちゃんと混じってるのを確認する。

(よし、大丈夫そうだな)

もちろん、は皆と同じだけ走ったわけではない。ゆっくりでいいから走れる限り、と言った山田にうなづいて今日走ったのは五週ほどだったろうか。
それでもたいした進歩だ。最初は二週目でもう力つきていたくらいなのだから。
それに何より、走り終わってもまだちゃんと立っている。
これなら授業にも参加出来るな、と二週間ほど前、入学してきた当初より心持ちふっくらしてきたような気がする頬を見て思った。
もちろんまだ、その体躯はすぎるほどに細いのだけれど。
あの子らが、ヒナに餌をあげる親鳥よろしく、せっせせっせと食らわせ続けたかいがあったな、と微笑ましい光景を思い出して笑った。





「では、今日は手裏剣の授業を行う。各自、手裏剣を持って的の前へ。今日は八方手裏剣や棒手裏剣も用意したからな、色々試してみること。分かっているとは思うが、くれぐれも、くれぐれも!注意するようにな。では、始め!」

声とともに子供達が動き出す中、すかさず庄左エ門がの横に立ち、四方手裏剣を手に説明を始めたのを確認してうなずく。


実技がままならない間、せめて座学だけでも、とは組で一番成績の良い庄左エ門に頼んで勉強を見てもらっていたのは正解だった。
おかげですっかり庄左エ門に懐いたようだし、あっちも生来の面倒見のよさもあって、上手くいっているようだ。


は覚えがいいと、思います』

そう言った庄左エ門の目は嬉しそうだった。

どうにも座学は地をはう成績のは組だ。
授業の内容がどう、テストに向けて云々と進んで学びたがるものが、いないとは言わないが少ないこのクラスで、ちょっと寂しい思いもあったのかもしれない。勤勉な庄左エ門のことだから。
今度はあれを、その次はあれを教えようかと思うんです、と加熱してゆく庄左エ門を苦笑しながら程々にな、といさめたのは先日のこと。


こう、と投げる腕の形を庄左エ門の見よう見まねで数度おこなってから、一般的な四方手裏剣を渡されて端の的の前に立つ。
そろり、と振りかぶって、投げた。
離し方が悪かったのか左右にブレつつ落ちていった手裏剣は、隣の的との間をちょうど通って地面に落ちた。
的は外れたが、周りからはすごいじゃない、という声が上がって。外したのに?とは不思議そうな顔をしている。
普通はそうなんだろうが、なにしろここは一年は組。
的の方に向かって飛べばそれはもう、すごいのだ。

その証拠に、

「わーっ!手裏剣が後ろにっ」
「ちょっと、横に飛ばさないでよ」

聞こえてきた声に、あいつらはもうほんとにどうして、と山田は片手で目を覆った。
二度、三度と繰り返すうちに加減が分かってきたのか、的をかすめるようになってきた。まだ刺さるまではいかないか、と思って見ていると、どうやら別の形の手裏剣に替えるようだ。
八方を渡しなにやら説明をして、次いで棒手裏剣を渡しーーー


「ん?」

山田は首を傾げた。
なにやら、が手に握った棒手裏剣に目を落としたまま止まっている。話しかける庄左エ門も不思議そうだ。

「どうした」
「あ、山田先生」

近づいて、どうしたんだ、と声をかけると顔を上げて、なにも、というように首をふるりと横に振った。

「そうか?じゃあ投げてみなさい」

棒手裏剣は刃の部分が少ない分、他の手裏剣より当たりにくいし、回転しないので安定して飛びづらい。
案の定刺さりはしなかったが、さっきより真っすぐな軌道を描いた手裏剣に、この子は案外筋がいい、と満足していると、

「………」

もう一度手に取った棒手裏剣をじいっと見つめる

「……何かあるのか?」

ほんと、どうしたんだお前、と口数少ない子に聞けば、珍しく、

「これって、」

答えが返ってきた。

「どう投げても、いいんですか?」
「あ?ああ。投げやすいように投げていいぞ」

下からでも横からでも。そういうつもりで言うと、


「………は?」

は不思議な体勢で棒手裏剣を投げた。
それは当たりっこないだろ、と笑おうとした瞬間、たあんっと軽い音を立てて

「「え、ええっ」」

棒手裏剣は的に刺さった。しかも、中心に描かれた丸印にかなり近いあたりだ。
とたんにわあっと周囲から歓声が上がった。
その声に耳も傾けず、じい、と的を見つめるに、

「もう一回っ」

すかさず庄左エ門が棒手裏剣をもう一本渡し、



たあんっ、と。



今度こそ、中心の丸の端に刺さった。
我がことのように喜んで飛び跳ねる子供達。山田も、初めてにしては上手い、と感心したかったが、少しだけ、ためらわれた。
なんせ、の投げ方がなんとも変わっていたものだから。

「よーし、よくやった。………しっかし、その投げ方でよく当たったなぁ…」
「…………」

身体は横向き。首だけひねって的の方を向き、伸ばした腕のひじから先だけのスナップ。

投げやすいやり方が一番だとはいうが、それにしても変わっている。
そう思っていると、よし僕もまねしてみよう、と早速チャレンジして、案の定盛大に外す子らに。
もう一回やって、どう投げるの、とせがまれたは、なんだか困った顔で

「普通の投げ方が、いいと思う」

と言った。







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