その子供に初めて会ったのは、『新しい委員です』とやたら嬉しそうに兵太夫が作法委員会に連れてきたときだった。
時期外れの新入生が入ってきた、という話は前から聞いていたが、実習だなんだで忙しかったし、正直な話、大して興味もなかったものだから。
伊作が、あの子を気にかけてやってほしいと言ってきたときも、心に留めておこう、と返しただけだった。



第一印象は、『ひょろっとした子供だな』
これは、幾ばくか改善されたいまもさして変わらない。忍者を目指すものにあるまじき貧弱さだ。
その後は『どうにも喜八郎に似ているな』
どうしてこう面倒な子供ばかり集まるのだろうか、と。
そしていまはこう思う。

『多少分かりにくいが賢しい子だ』、と。





夢の旅路は晴れた日に
12話  立花仙蔵と君





静かなのは、やかましいより良い。
面倒は嫌いだが、穏やかで暇で単調な日々は面白みがないから嫌だ。


同室の文次郎には、なんてめんどくせぇ男だ、と言われたが仙蔵はこの考えを譲るつもりはなかった。
そういう点で考えると、自分では問題を特に起こさないが(あくまで仙蔵基準で、だが)、人が起こした問題に巻き込まれれば元気よく進んでゆく兵太夫と、あまり抵抗せずほどよく流されてゆくが後輩なのはちょうど良かったのかもしれない。






兵太夫に連れられてきたその子供を見て。
口数と表情の変化がとぼしく、思っていることがよく分からない、どうにも綾部に似ているの扱いに困った仙蔵は、考えた結果、同じように放っておくのが良かろう、と。
しばらく観察したが特になんの問題も起こさないようだし、と安心して放っておいた。


そんなある日のことだった。






「焙烙火矢を、一つ譲ってくれませんか」



目の前に立ったってそう言った子供に、話しかけられるのは久しぶりだな、などと、ズレたことを思っていた。

「……ダメですか?」

ことり、と首をかしげつつ、なおも表情なく見上げるに、困ったな、とあごを撫でて思案した。


聞けば、中の火薬を使いたいのだという。
ならば火薬委員の所へ行け、とは言えない。さすがに彼らも、低学年に火薬をはいどうぞとは渡してくれはしないだろう。
それでなくとも、はそれらしくなくても『あの』一年は組だ。
学園の問題の元とも言われるあの、は組の一員だ。
この子にそのつもりはなくとも問題を起こされたらたまらん、と思い、

「なにをするつもりだ」

答えによっては渡せん、と暗に告げると、ちょっと考えるように首を傾け、

「利便性の向上、です」

と、言った。



全く分からん。




分からんが、なにやら面白そうな予感がしたしーーー好奇心は猫をも殺す、という格言は私の辞書には無いーーーこの子供が自発的に起こす行動がいかなるものなのか見てみたいという気持ちがあったので。

「使用内容は後で報告しろ」
「はい」

ふところから、手持ちの焙烙火矢を一つ、渡してみることにした。
まだ忍者らしくない細い指が目立つ手にそれを乗せてやると、両手で抱えるように持ち、ぺこんと頭を下げると、てってけ走り去った。








が同じように仙蔵の前に立ったのはその数日後。

「なんだ?」

目の前に立ったは、今度はふところから何かを取り出し、差し出した。
手に乗せられたものを見ると、巻いた紙を白い何かで塗り固めて作ったらしい小さな細い筒。
その端から火縄が出ているところをみると、なにかの火器のようだ。鼻を近づけてみると火薬の匂いがするから間違いないだろう。
これはなにか、と問うと仙蔵を見上げてゆっくり瞬きをした。



細く裂いた竹ひごで骨組みを作り、紙を貼って張り子を作りました。
そのままでは強度が足りないので、胡粉(ごふん)と膠(にかわ)で塗り固め。
内側には油紙を重ねて巻いて、中に火薬を入れました。
導火線には水火縄を。投げやすいよう底に重りを入れてあります。
大きさは小さいですが外装が薄いので、火薬の量は入ると思います。
でも陶器のように固くはないので、投げるときに強く握り込むとちょっと危ないです。



淡々とそう言うと、はふっと一つ、息を吐いた。

こんなに長く話すのを聞いたのが初めてならば、言う方も久しぶりなのだろう。
仙蔵が黙ったままなのをみると、えっと、とちょっと詰まって、使ってみて下さい、と付け足した。

なるほど、分かってはいたがやはり火器か。それもどうやらこの子供が、先日あげた焙烙火矢を使って作ったらしい。
竹筒よりも細く小さく、あまりみない形だが、なにを参考にしたのだろうか?

それ以前に、

「なぜこれを私に?」

そう聞くと、はやっとほっとしたように肩の力を抜いた。
相変わらず細い肩が落ちる。

「先輩が、しんべエと喜三太から逃げているのをみたので」

あれをみられていたのか、と眉を寄せつつ、だから?とその先を目線でうながすと、

「体質はそうそう変わりはしませんし、ナメクジを取り上げるのは、かわいそうなので。水につけたら、さすがに使えませんが」

湿ったくらいなら、大丈夫だと思います。

そう言って見上げた子供に、ようやく、これが水気に強い火器なんだと分かった。
なるほど、膠や油紙、水火縄はそのための工夫か。
の意図がようやくつかめて、その火器をもう一度眺め直した仙蔵はにんまりと笑った。

「なるほどーーーありがとう」
「いえ」
「ではさっそく使ってみることにしよう。見ていくか?」

そう聞くと、こくんとうなずいたので。
を後ろに連れて、仙蔵は意気揚々と訓練場に向かった。








試し撃ちをしてみた結果。


やはりもう少し外装に強度があると良いな。

そうもらした仙蔵に、とことこ後をついてくるがうなづいたので、試してみる、という了解の返事だろう、と

「試作品を作るにはもっと火薬がいるだろう?いまは私のものを分けてやるが今後のこともあるし、近々火薬庫に連れて行ってやろう」
「お願いします」

一生懸命後をついてくるの息がさっそく弾み始めたのをみて、こっそり歩く速度を緩めてやる。
ほっと漏れた息にこっそり笑った。


色々と、まだ問題はあるが。
いい拾い物をした。
これは育てれば良い作法委員になるかもしれない。



いつになくほくほく顔で部屋に帰ってきた上機嫌の仙蔵に、文次郎が怯えたのはいうまでもない。







火器は、ダイナマイトを参考にしています。

ずっと気になってるんですけど、ね?
陶器を二枚合わせてその間に火薬を…って、そんな隙間ありそうなの湿るのは当然だろうに(笑)





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