立花先輩がいいって言うからついてきちゃったけど。
俺は本当にここに来てよかったんだろうか?
だって、火薬庫って、危ないんだろ?

土井先生が、だからお前達は、絶対、すごく、細心の注意を払って!極力火薬に近づくんじゃないぞって口を酸っぱくして言ってたし。
なんか、ここで一番偉いらしい(なぜここには六年生がないのか、謎だ)紺色の忍び装束を着たまつ毛と髪の長い人がすっごくこっち見てくるしさ。

どうしよう……目が離せない……





夢の旅路は晴れた日に
15話  久々知兵助と君





その子に会ったのは、立花先輩に連れられて火薬庫に来たのが最初。




「久々知」
「あ、立花先輩」

火薬にかけては学園一を豪語する六年生の先輩がいつものように火薬庫に来たのは、定例の在庫確認がもう終わろうかという頃だった。

「いつもの、火薬ですか?」
「ああ、また頼む。先生の許可は取ってある」

ほら、と差し出された許可証を受け取り、軽く中を確認しながら

「分かりました。用意しますから中へ。―――あ、一応、」
「分かっている。火種は持ち込むな、だろう」

しょっちゅう自分用の火薬を受け取りにくる仙蔵のこと、分かっているだろうとは思いつつ、念のため火種の確認をしてもらって、すみませんね、と頭を下げると、首を振った後、

「お前も、火種は持っていないな?」

後ろを振り返ってなにやら声をかけている。
仙蔵だけだと思っていた久々知が不思議に思って首を伸ばして見てみると、

「………」

井桁模様の細い子が一人、ぱたぱたと身体のあちこちを叩いて、ない、というように仙蔵を見上げてふるふる首を振った。



あまり見たことのない顔だ。
自分は友人達と違って一年生とあまり接点があるわけではないからそういうこともあろうが、それにしてもなぜ一年生がここに?と首を傾げていると、蔵の中で作業をしていた伊助が、その子を見て、

「あれっどうしたの?」

と声をあげたので、ああ、先日途中入学したという子か、と分かった。
たしか雷蔵が、よく図書室に来ていて、先輩と仲がよいようだ、と。
でも、

「なぜ一年生がここに……?」
「今後たびたびここに来ることになるだろうと思ったのでな、今日は連れてきた」

そう言って笑う仙蔵の様子に、ああ、火器の得意な子を育てようとしているのか、と理解した。

が、久々知は仙蔵に対してそういう、面倒を見るとか育てるとかいったものからほど遠いイメージを抱いていたので、一体どんな心境の変化が、と仙蔵が連れてきたという一年生を見下ろすと、不意に見上げた目がひたり、と合った。


じぃ、じぃ、じぃっと、見つめ合う。


こっちもあっちも何も言わないまま。
どうしよう、目が離せない…と瞬きすら少ない、乾いてしまわないか心配になる大きく開かれた目と無言で見つめ合っていると、

「先輩?」
「あ、ああ、なんだっ?」

三郎次に呼ばれたのをこれ幸いと、逃げるように視線を引きはがしてから離れた。


なんなんだ、あまり身近にいなかったタイプの子供だ。
雷蔵は比較的可愛がっているように思ったが、一体どうやってあの子供とコミュニケーションをとっているのか。


せめてもう少し、分かりやすく感情を表してくれればつかみ所もあるのに、とぐるぐる考える久々知をよそに、背後では、

「あれは硝石を入れる壷で、こう、取っ手がついているのが特徴だ。あれは秤。火薬の調合は厳密にせねばならないからな、こっちのものは……」

あちこちを指差しては、あれはなんだ、これはこうするものだと仙蔵による火薬講義が行われていた。






仙蔵の髪やの髪をやたら気にして触りたがるタカ丸を片手であしらいつつ。
一通りの説明は終わった、と言葉を切ったのと同じ頃。ただでさえ薄暗い火薬庫は更に暗くなっていて。

「では、あとは火薬を受け取って戻ろう」
「………」
「久々知、用意は、」
「出来ています」

竹筒に詰めた仙蔵用の火薬を二本渡すと、一本をに渡したので。
こんな小さい子に扱わせて大丈夫だろうか―――もちろん仙蔵が責任もって面倒を見るのだろけれど、でも……と心配した気配を察したのか、は手の中の竹筒と久々知を交互に見比べると、久々知を見上げ、小さく口を開き


「くくっち先輩」
「…………」


視界のききにくい薄暗闇の中なのに、全員の視線が迷いなく言葉を発したに集まる。落ちた沈黙の中、は慌てるでも、赤くなるでもなく、

「噛みました」
「……………」
「噛みました」

大事なことなので二度言いました。



表情も変えずに、さらりと流したはあらためて口を開くと、

「くくくち先輩」

今度はなんか多かった!

全員の心の声がそろった。
三郎次は小さく顔が引きつって、タカ丸は面白いねーと笑う。

生まれつき舌が短いとかで、舌が回らず発音が上手くいかない者がいるのは知っていたけど、この子もそうなのか?と久々知も頬を小さく引きつらせつつを見下ろした。
うに、と自分のほっぺたを引っ張るの姿が暗がりにぼんやりと浮かび上がり、

「くーくーちぃー、先、輩」

今度はゆっくりと発音してみる。間違ってはいない。間違ってはいないんだが……はたしてこれでいいのか?
毎度こんな呼び方をされるというのは………どうだろう?


ついっと床に落ちた視線に、ああ、これは落ち込んでいるのかと思い、久々知は苦笑いを浮かべて、

「呼びにくかったらなんでも、呼びやすいように呼んでいいぞ?」

久々知的には、兵助先輩、とかそういうつもりで言ったのだけど、はじっと考えるように一点を見つめていたかと思うと顔を上げ、

「くく先輩」
「………」

ちが抜けだけ!?問題は、ち?そしてそっちにいったか!


全員思いは様々あったがなんでもいいと言ってしまったし、それ以外出てこないところを見るとそれが呼びやすいらしいし…。
そんな呼び方、されたことなかっただけに戸惑いはそりゃあ多々あったが、

「……なんだ?」

諦めて返事を返せば、は確かめるようにもう一度、くく先輩と呼んだ。

本人は漢字で久々と発音しているつもりなのだろうが、音の並びのせいかどうにも舌っ足らずなせいか、ひらがなで、くく、と聞こえる。
それは年のせいもあって本来は可愛らしいんだろうけれど、言っているの表情が全く変わらないので可愛さ半減だ。
それでも、一生懸命さは伝わってくるし。


低い位置にあるちんまりとした頭を片手で撫でてやりながら。
奥の方で笑ってこちらを見ている仙蔵に嫌な予感を覚えつつ、久々知はいろいろと諦めた。





ちなみに後日、くく先輩、と呼びながらとてとて走り寄ってくるの姿を友人達に目撃され、なんともいえない表情で見られることになるのは、余談だ。







立花仙蔵と君、のときに立てたフラグを回収にきました。
聡い皆様は火薬庫に連れて行ってやろう、で久々知の登場を予期されていたかと思います。
自分で蒔いて自分で刈る。素晴らしい自己サイクル!(笑)





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