それはある日の放課後。作法委員会の活動中、委員会室の中での出来事。





夢の旅路は晴れた日に
16話  浦風藤内と君





さり、と紙が擦れる微かな音がして。
浦風藤内はギリギリまで落とした小さな小さなため息をついた。そして、思う。
なぜこんなに自分が気を使わねばならないんだ、と。



作法委員会室の中には藤内のたてる紙と筆の音だけがして、まるで、そこに二人ひとがいるというのが嘘のようだ。
驚くほど音をたてない子供―――に目をやって、心の中でもう一度ため息をつく。
もちろん、音をたてないのは忍者としての腕……ではなく、この子供が年不相応に大人しいからなのだが。

今日は藤内の記憶違いでなければ委員会活動日のはずなのだが……仙蔵は文次郎を追い掛けて、もとい追い立てに出向いてゆき、綾部はいうまでもなく穴掘りに、兵太夫もなにやら(おそらくはからくりだろうが)用事でもあるのか姿をまだ見ていない。伝七は今日は校外実習だという。
ゆえにいまここには藤内との二人きりなのだ。

作法委員会ではメンバーの関係上、にこやかに談話とはいかないので会話がとくに無いのは慣れっこなのだが、こういう沈黙は苦手だ…と思いながら藤内は委員会の活動内容を書き留めていた。



某熱血会計委員長に知れれば激昂ものだろうが、この委員会はこうして活動内容の無い活動をすることがしばしばある。
面々の性格によるところが大きいだろう。
そう思いながら、同じ部屋の中にいるもう一人に目を向けた。

先程からなにをしているのか。首を伸ばしてうかがえば、室内に入るときに挨拶をしたっきり畳の上にぺたんと座り込んで、色とりどりの糸を右に左に、並び替えてはじっと見ている。
落ち着いた色合いで並ぶ糸達。変装の時に使う髪紐でも作るつもりだろうか?

最近、委員長の立花仙蔵がに興味を持ち出したらしく、時折かまっているのを見かけるようになったが、この子供のことがどうにも藤内は苦手だった。
見ていると某先輩を思い出して。



顔立ちは、派手な綾部と整ってはいるが比較的地味なと、さっぱり似ていないのだが、あまり変わらない表情とかじいっと見上げてくる大きな目だとか、必要最小限しかしゃべらずそれもこちらが意図をくみ上げなければいけないところとか、雰囲気と言動がどうにも似ている。
綾部はそれでも穴を掘っている時は嬉しそうにしているのだな、と分からないでもないが、この子供は感情の発露がどうにも分からない。
なのでどう接したらよいのか分からない。
だから苦手だ。


子供らしくよく表情のかわるもう一人のは組が同室だったことを思い出し、一体どうコミュニケーションをとっているのかと不思議になった。
聞いたことはなかったが、上手くやれているのだろうか?そう思いながらも手を進めていると、とんとんと控えめに戸が叩かれた。

「はい」

藤内が返事を返すと、戸の前の気配が一瞬戸惑うのが伝わってきて、

「あのぅ…」

そろりそろりと開かれた戸からぴょっこりのぞいたのは、同じく一年は組の会計委員、団蔵だった。
しかし……どうにも、全体的に煤けているのは何故だ?

「なんだ?立花先輩ならいまいないが」
「あ、はい、先ほどこちらにいらっしゃいました」

委員会中に……とつぶやいた頬に小さな火傷を見つけて、ああ、なるほど、と事態のほどを理解した。
巻き込まれたらしい子供に同情していると、

「あのぅ……、いますか?」
「あ?ああ、いるが」
「団蔵」
「あ、!」

とてて、と戸口に寄ってきたに目を輝かせ、忍び装束の肩口をちょいとつまみ、

「あのね、ここんところが破けちゃったんだ」

逃げるときにどこかに引っ掛けたのだろう、見れば確かにざっくりかぎ裂き状の破れが。
あの先輩達ももっと、周りを見るということを覚えればいいのに……

「あー、これは酷いな」

藤内がつぶやくと団蔵の眉がヘニャリと歪んだ。



忍術学園では破れた着物の繕いも自分でしなければならない。
やったことのない者がほとんどだから、一年のころは総じて酷い。誇張ではなく装束がつぎはぎになる。
それをちょっとずつ上達してゆくか……器用な友人を見つけるか、だ。
自分も大概友人の世話になった。

その上、忍び装束は変わり衣の術のために裏も別な柄でできている、両表の着物だ。
普通の着物を繕う時のように、裏に当て布をあてがってとにかく表の体裁さえ整えればよい、というわけにはいかない。
裏返していざ着てみたら、学年色の糸の縫い目があちこちに……というのでは怪しまれること請け合いだ。



これは一年生にはちょっと無理だろう、そう思い、貸してみろと言いかけて、

「わぁ、ありがとう!」

にこにこ笑った団蔵の忍び装束をが受け取る。
ててて、と走るの後をカルガモの親子のように団蔵がついてゆき、部屋の片隅でしゃがむと、ぺんっと床の一部を叩き……

「な、ななななっ!」

くるんと回ったどんでん返しから裁縫箱が出てきた。



裁縫箱?裁縫箱。裁縫箱!?
どうして裁縫箱。というかいつの間にそんなからくりを?



藤内が一人脳内会議をおこなっているうちには当て布を取り出し、表布の内側にあてると縫い始めた。見る見るうちに酷かった破れ目が直ってゆく。

これは見事だ。まさかにこんな特技があったとは。
将来これで食ってゆけるんじゃないだろうか、と思っている間に、薄着の団蔵がくしゃみをこぼす間もなく縫い上がったそれは、たいそう綺麗だった。一年生が縫ったとは誰も思うまい。

ありがとう、とにこにこ笑いそれを身につけると団蔵は慌てた様子で作法委員会室を飛び出していった。
遠くで、ギンギーン、という音が聞こえたので委員会が再開されているんだろう。
振り返ると、が使い終わった裁縫箱をどんでん返しに仕舞っているところだった。思わず、聞いてみる。

「それ、どうしたんだ?」

すると不思議そうに見上げてくるので、それだ、それ、と閉まってゆくどんでん返しを指差す。おお、継ぎ目が見事だ。
するとちょっと考えるように首を傾け、

「兵太夫が、」

作ってくれました。

そう言った顔にちょっと赤みが差している気がする。
ああ……嬉しいのか。
よくできている、そう誉めれば心持ち大きくうなづいて。



感情が、ないわけではないのだ。
ただ酷く、某先輩よりも分かりにくいだけで。
気付かないままの者も多いだろう、さっきまでの自分がそうだったように。


なんとも性格で損をしている……と、元の位置に戻って飽きず糸を並べ替えるその手元を肩越しに覗き込んで、

「………そこは藍白(あいじろ)にしろ」
「?」
「濃い色で強弱をつけるのではなく、薄い色を入れた方が締まって収まりがいい」

ほら、と傍らの箱の中から選び出した糸を入れてやると、二度糸の並びを見直して、

「ありがとうございます」

満足そうに藤内を見上げるとぺこんと頭を下げた。
並びが崩れないように、丁寧に紙の上に並べるとそっと端から巻いて仕舞ってゆく。

の側を離れ机に戻り、活動日誌の続きを先ほどのことも書くべきか?と思いながら書いていると。

「………」
「……どうした?」

いつの間にか近寄ってきたがじっと藤内を見て、正面にちょこんと正座した。
座っても背の高さに違いがあるせいで上目遣いになる子供がじっと見つめてくるのを見て、

「なにか言いたいことがあるのか?」
「………」

考えるように目がすいっと横に泳いだので、言いたいことではないが何か用があるのだろう、と思い、

「じゃあ、なにか聞きたいことがあるのか?」

今度はこくんとうなづいた。
言ってみろ、とうながすと、

「あれは、なんという生き物ですか?」
「?」

どれのことだろう。
あれ、といわれてもここにはなにもおかしな生き物はいないのだが、と、

「どれのことだ?」
「…さっき、鳴いていたものです」

さっき?なにか鳴いただろうか?
首をひねる藤内にちょっと考えて、

「夜に、よく鳴くのを聞きます。が、さっきも鳴いたので」

学園に来て初めて聞きました。それでなんという生き物かと思って。
不思議そうに首を傾げるに、悪いが私には聞こえなかったようだ、なんと鳴いていた?と聞くと、ぱちり、と瞬きを一つし、




「ギンギーン、と」




ピシリ、と音を立てて藤内は固まった。

固まってしまった藤内を不思議そうにが見上げるが、藤内は瞬き一つできなかった。

鳴き声…………そうか、鳴き声か…。
そうだな、確かに事情を知らなければあれは鳴き声に聞こえるかもしれない。
だがどうしたら……私には『ああ、あれは六年生の潮江文次郎先輩だ』とさらりと鳴き声のくだりを流せるスキルはないぞ!?
しかしどうして、どうして一年は組の連中はこのことをこいつに教えておかなかったんだ!?あれを耳にする機会なぞいくらでもあったろうに。夜中とか!

そうだ、同室の兵太夫!兵太夫がそのときにあれはと説明しておいてくれれば私がこんな境地に陥ることはなかったのに。
そしてそれ以前に!

「……どうしてそれを私に聞くんだ…?」

同じクラスの者に聞いた方が早いだろうに、という思いをありありと出して問うと、目の前の子供はことり、と首を傾げ、先輩が、と言った。

「先輩…立花先輩か?」
「立花先輩と兵太夫が」
「立花先輩と兵太夫が、なんだ?」
「なにかあったら藤内先輩に聞くように、と」


逃 げ た な !!


絶っ対!この子は答えにくいことを聞いてくると分かってて、自分達だけ先に逃げたな!(そして立花先輩はなんと答えたらと頭を抱える自分を見て楽しむつもりに違いない!)
先輩は無理だからいますぐ駆けていって兵太夫だけでも捕まえてきたい思いに駆られたが。

「………?」

正面にちょこんと座ったまま、素直に自分の答えを待っているを思うと……
(に、逃げられない……)
どうしよう……どうしたものか……

「………?」

きょと、と不思議そうに首を傾げるの姿を横目で捕らえ、やはりこの子は自分にとって鬼門だった……と頭を抱えた藤内は。

スコップ片手に戻ってきた綾部が不思議そうに見るまでウンウンうなっていたという。







※藍白(あいじろ):ごく薄い藍染めの色をいう。同系色に瓶覗(かめのぞき)がある。

真面目な子は、色々考えすぎるので大変です。苦労性、藤内。
裁縫箱置き場がいつの間にか委員会室にも進出していました。
この分だとは組の教室にもあるに違いない。壁の内とか。
そしていつか土井先生がそれを目にして、
勝手に改築したことを怒ろうか仲が良いことを喜ぼうか困って胃を痛めるといい(笑)





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