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夢の旅路は晴れた日に
17話 庄左エ門と君 後編
中には少し大きなものもある、と広げてみると布の端がほつれていたり、染めむらがあったり。
なんだこれは、と思う庄左エ門と伊助に、ぽつりと、
「材料費、タダだから」
まるできり丸のようなことをいう小弥太に、ああ、と伊助が手を打った。
「そっか、小弥太頭いい!」
そうかそうかこんな使い道が、と手放しで喜ぶ伊助にわけが分からなくて。
どういうこと?と聞くと、
「一反の布から一枚の着物を作るとして、全部使い切るわけじゃないだろ?長く余れば使い様もあるけど、こんな小さな端切れだとそうそう使い道がないからさ」
これとか、と端にいくにつれ色が薄くなってしまっている布を持ち上げ、
「布の端は染めむらが出やすいから、そこは着物にするときは切り落として使わないし。うん、そういういらない布をもらって作れば、元手がかからないもんね」
と伊助が掲げた布を見てちょっと考えると、なにやらゴソゴソやって、
「………」
「わあ、綺麗だ」
底の方を濃く、上にいくにつれ薄く、染めむらをグラデーションのように利用して、口の紐を同系色の一等濃い色で締めた、大人びたデザインの巾着に、伊助が嬉々とした声をあげる。
すごいすごい、と返す返すそれを眺めた伊助は目を輝かせ、
「ねえ小弥太、うちにもこんな端切れとか染め損ないとかが山ほどあるんだけど、よかったらもらってくれないかな?」
「?」
きょとんとした顔の小弥太に、伊助の家は染物屋さんなんだよ、と教えてあげる。
「せっかく染めたのに捨てちゃうなんて勿体無いしさ、こうやって最後まで大事に使ってもらえるなら、父ちゃんと母ちゃんもすごく喜ぶと思うんだ」
うろ、と泳いだ目に、遠慮しているんだなと思えばすかさず伊助が後押しする。
ね、小弥太、とにこにこ笑顔で押す伊助にしばらく迷っていたが、
「………じゃあ…」
こくんと遠慮がちにうなずいた。
「ほんと!?じゃあ僕、父ちゃんに手紙書いて送ってもらうようにするね。届いたら持ってくよ」
あと他に欲しいものとかない?と聞かれ、迷って迷って、
「糸……とか…」
ぱあっと伊助の顔が輝く。
「あるよ!染料の色見るために試し染めした糸とか。売り物には短いから使い道がなかったんだ。それも送ってもらうね!」
もらう側の小弥太よりも喜んでいる伊助にしばらく戸惑っていたが、
「………」
「ん?なに?」
「…………ありがとう」
小さく小さく笑った小弥太に心がほんわりしたのは、きっと庄左エ門だけではない。
そんな微笑ましいやり取り以降、たびたび家から届く荷物を伊助が嬉々として小弥太の部屋に持っていくのを目にした。
せめてものお礼に、と小弥太が作った小物を送ったところ、見覚えのある布を使って丁寧に作り込まれている品々と自分なりに両親を手助けしようという小弥太の心意気に伊助の両親はたいそう感心したらしくて、いまでは伊助が催促する前に次々と送られてくる始末だ。
やり取りが高じて、たまに小弥太が考えた新しい図案や色合いを使って新しい染め物を作ることもあると聞く。
染物屋の息子らしく色合いや合わせに敏感な伊助に小弥太が意見を聞きに来ることもある。
友好的な関係を築いている二人に周囲は歓迎ムードだ。
もっとどんどん、積極的に関わり合いに来てくれるともっと嬉しいのだが、なにかと遠慮がちな小弥太のこと。
こんなささやかな一歩でも大きな一歩、とみんなで喜んでいた。
今度のも出来上がったら見せてね、と笑いかけて。
少し冷めた自分の湯呑みに口を付けていたら、
「………庄左エ門、」
珍しく自分から話し掛けてきた小弥太に、なあに?と返してしばし待つ。焦らないことが小弥太と上手く話すコツだ。
いつもより長くためらった小弥太は、
「立花先輩と兵太夫が、」
「うん」
「なにかあったら藤内先輩に聞け、って言ったから、」
「うんうん」
「聞いたら、『そういうことは同じ一年生に聞け』、って」
ぽつりぽつり、と湯呑みに落ちた抑揚に欠けて平坦な声に、ああ、これは落ち込んでいるなと思い、まずは励ますより疑問を解消してやるのが先だろう、と
「なにを聞きたかったの?」
「………生き物が、鳴いてて」
「どんな?」
「分からない。それで、知りたくて」
「虫?鳥?裏山にいる動物かな?」
なんて鳴いてた?と聞くと、ことり、と首をかしげ、
「ギンギーン、って」
……………ああ。
藤内先輩が小弥太に教えられなかった理由がすごくよく分かって思わずうなずいた顔が引きつった。
その拍子に小弥太の視線が落ちてしまったから慌てて、
「ああ、別に小弥太がいけないことを聞いたってわけじゃないんだ」
「………」
「ただそう……ちょっと、ちょっと先輩には口にし辛かったんだよ」
「?」
あのね、小弥太、と。
「あれは鳥でも動物でも、ましてや虫でもなくて………ええと、」
「?」
「…………………人、なんだ」
「………」
ぱちり、と大きな目がまばたきをする
「……人は、ギンギーン、とは、鳴かないよ?」
うん、すごくもっともだね。
なんて言ったらいいのかな、としばし考えて。
「鳴き声っぽく聞こえるけど、あれはむしろ……そう、かけ声みたいなものなんだ。それいけー、とか、よいしょー、みたいな」
気合い入れの一種だと思うよ、だいぶ変わっているけど。
そう言うと、納得がいったようないかないような、迷ったうなずきをした。
その気持ちはとてもよく分かる。もう自分達は慣れてしまったけれど、当初は思ったものだ。
なにか他にいい単語があったでしょうに潮江先輩、と。
「六年の会計委員長の潮江文次郎先輩っていってね」
会計…とぽつりとつぶやいて、
「団蔵のところ?」
「そう。忍術学園一、忍者してるっていわれてる先輩。いっつも夜に鍛練しているから寝不足で隈があって」
こんな、と目の下をきゅっと擦り。熱血してる人がいたらその人だよ、と教えてやる。
「あと、同じように、いけいけどんどーんって聞こえてきたらやっぱり六年で体育委員長の七松小平太先輩だから」
「………」
「潮江先輩も悪い人じゃないんだけどね、ただ、自分にも人にも、ものすごく忍者らしくあることを求める人だから、小弥太はあんまり近付かないようにね」
立花先輩と同室だからいつか関わりあいになるかもしれない、と前もって忠告しておくと、なぜ?というようにまばたきを一つしたので、
「体力つけるために十キロそろばん持ってマラソンとかしてるんだ。いまの小弥太じゃまだ無理だからね、」
見つけたら気を引かないようそっと早々に逃げてね、と教えたら迷わずうなずいた。
やっぱり小弥太も十キロそろばんは嫌だったみたいだ。
当然だろう。
なぜ潮江先輩があれを愛用しているのかさっぱりつかめない。
そして十キロそろばんって、使っても力がつくのって腕じゃなくて指なんじゃないだろうか。
誰か突っ込んだ方がいいと思う。
頑張れ会計委員、と心の中で一方的なエールを送って。
ね、小弥太、と笑いかけた。
「?」
「平和にいきたいよね」
登場もしてないのにいつまで出張る気だ潮江文次郎(笑)
そして庄左エ門にこう教えられた小弥太はきっと素直に見かけたら逃げるでしょう。
逃げる小弥太を反射的に追っかけて捕まえて、それを見た仙蔵にすごく怒られるといいと思う。
庄左エ門は小弥太に対してすっかり親の気分です。は組のパパ。 ママは誰?
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