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知ってた?大きく分けて、蜘蛛やムカデみたいに足が多いものが嫌いな人と、蛇とかみたいに足の無いものが嫌いな人の、二種類の人がいて、その両方とも嫌いって人は少ないんだって。
でも俺がその話を聞いたとき、横にいた妹が、『あたしどっちも大っ嫌い!』って叫んでたから信憑性はいまいちなんだけど。
女の子だからなのかな。男って、は虫類とか虫とか好きなやつ多い気しない?
トカゲとか、カメレオンとか…蛇もペットとしてわりとメジャーになってきてるよね。飼う気はないけど俺も一回触ってみたかったな。
母さんの持ってた財布とかとやっぱり感触同じなのかな、って。
やー、まさかね、うん。それがうっかりこんなところで叶うとは。
つまりなにが言いたいかっていうとーーー
ね、これってばマムシ?あー俺初めて見るよ。ガラスケース越しじゃない、生はさ。
いやはやいやはや。
それもお食事中ですかい。その膨れた腹は。
夢の旅路は晴れた日に
18話 伊賀崎孫兵と君
「ジュンコ……」
ここにもいない、とかき分けた薮を離してため息をついた。
やっぱり、久しぶりのいいお天気だからちょっとだけ、と思い散歩に行かせてしまったのが不味かった。ジュンコの進んでいった先をちゃんと見ているつもりだったが、ほんの少し目を離した間にその姿は見えなくなってしまって。
慌てて辺りを捜したが、ジュンコの姿は周囲にはなかった。
また委員会の人間を集めて捜してもらわなければいけないかもしれない。それとも作兵衛や藤内に声をかけた方がいいだろうか。
顔を上げて、いつの間にか裏庭の薬草園近くまで来てしまったことに気付いた。さすがにジュンコもここまでは来ていないだろう。
もう一度戻りながら捜してーーーと思ったところで、茂みの向こうに何かがいるのに気付いた。ジュンコか?と思ってのぞいてみると、
「―――なんだ、一年か」
見慣れた井桁模様の忍び装束の子が一人、薬草園の横になぜかある小さな畑の端に座って、なにやら林の方を見ている。
なにをしているんだ?と少し距離があるのでよく分からない子供の様子が気になったが、いまはジュンコだ、と思いきびすを返した。
「どこ行っちゃったんだい、ジュンコー」
戻りながら捜して、向こう側も一通り捜して、もう一度最初に捜した辺りを捜しているというのに、まだジュンコは出てきてくれない。
これは本格的に人手を借りなければ、と立ち上がると、
「ん?」
座り込んだ井桁模様が目に飛び込んできた。
あれはさっきも座り込んでいたやつじゃないのか?
あれからかなりの時間が経っている。なのに移動した様子のない子供に、まさか、ないとは思うが日射病かなにかで動けないのではあるまいな、と。
なかなかない親切心を出して近付いた。
人には、特に、かかわり合いのない者には興味がないのだが、それでも困っている下級生を素通りするほど冷血漢になったつもりはない。
助けたのが自分だと分かれば向こうが嫌がるかもしれないがーーー孫兵はそっと眉をひそめたーーーせめて保健室に連れて行ってやるくらいはしよう、と思い、
「おい、」
具合でも悪いのか、といおうとして、
「なっ!」
驚きのあまり、思わず止まった。
座り込んだ子はうつむいてはおらず、林の方を見ていた。だが驚いたのはそんなとことではない。
その子供の視線の先、身じろぎもせず長いことじっと見ていたのはーーー
「ジュンコ!?」
「!!」
叫んだ孫兵の声にびくんと身を震わせた一人と一匹がそろって振り返った。
「ああジュンコ……心配したんだよ?勝手に側を離れちゃ駄目じゃないか」
でも君が無事でよかった……そう手を伸ばすと、慣れた低い体温がしゅるしゅると巻き付いて上ってくる。
その腹がほんのり膨らんでいるのを見て、自分で獲ったのかい?小屋の方にも用意してあったんだけど、こんな時間だもんなそりゃあお腹もすくか、とジュンコの頭を撫でていると、
「………」
「………」
いままで、自分が来て脱走していたジュンコを捕獲すると、ホッとされたことは多々あった。
もっとちゃんと管理しろと怒鳴られたこともあった。ジュンコの視線から外れたとたんあからさまに遁走されたこともあった。
けれど、
「…………」
「…………」
じっと、ただじっと。
怯えて目が離せないというのではなく食い入るようにじいっと。
「…………」
「……………なんだ?」
ジュンコを見つめる人間に出会ったのは初めてだった。
なおもその子供はじいっとジュンコを見ている。
自分もよくいわれるが、この子供は輪をかけて表情が乏しい。その無機物のような目が食い入るようにジュンコを見つめているのを見て、そういえば先ほどもこの子はずっとジュンコを見ているようだった、と気付いた。
出会ったら目をそらしてはいけない、というのは熊だが、他の生き物だって目をそらせば襲ってくる。だが、それで目をそらさないようにしていたというならいまも見続けている意味が分からない。
まさか、ジュンコに興味があるとでもいうんだろうか。
―――マムシのジュンコに?
それはない、と心の中で首を振った。
必要だから毒のある生き物を飼う者はいるが、好き好んで飼う人間は少ない。誰だって毒のある生き物なんて怖いし、嫌いだ。それが、『普通』だ。
―――そんなこと嫌というほど知っているくせに、いまさらなにを期待しようというのか。
友人達や委員会の後輩達が、毒があるけど平気と思っていてくれていることですら快挙なのに。
人間、期待し過ぎるとろくなことがない。
きっと、ただ物珍しいだけさ、といままでだって何度かあったときと同じように切り捨てようとしたけれど、
「…………」
切り捨ててなかったことにするには、その子供はいささか大きすぎて。
だからーーーちょっとした気の迷いだ。
「………おい」
「?」
「気になるなら……触ってみるか?」
そんなことを聞いたのは。
ぽろり、とこぼした言葉に、子供のただでさえ大きな目が見開かれる。つい、こぼれ落ちてしまいそうだ、などと心配してしまった。
目以外の表情は全く変わらなかったが、その子供なりに、びっくり、と表現した顔を見下ろしそんなことを思っていると、ぱちぱちと数度まばたきをして、
「………大丈夫ですか?」
思ったよりうかれていた心がたたき落とされた気がした。
すうっと体中の血が冷えるような感覚。
ああ、なんだ。
なんだーーーやっぱり怖いんじゃないか。
大丈夫ですか?なんて。
ジュンコは無闇に人を噛んだりなんてしないのに。怖いなら怖いと、最初からそういえばいいのに。―――そうしたら、無駄な期待なんてしなかったのに。
やっぱりこの子供も他の子と同じか。
さっきまでの興味がさっぱり失せて、嫌ならいいといってきびすを返そうとしたとき、
「…蛇は、体温が低い、と」
「……それがどうかしたのか」
頭の中の記憶を探るように小さく首を傾けた子供は、こちらの反応など意に介さぬように、ぽつりぽつりと温度に欠ける声を落とした。
「たしかーーー蛇の体温は人のそれより低いから……人が触れると、それは湯に触れたのと同じようなことで……」
「………」
「なので弱ったり……火傷したようにもなる……と」
ものの本に。
そう締めくくった子供は、ジュンコを首に巻いた自分を見上げ、あれ?というようにまばたきをした。思わずこちらも、同じようにまばたきを返した。
しばし無言で、視線だけが絡まりあう。
「………ジュンコは大丈夫だ。大体、ちょっと触っただけでどうにかなってしまうようなら、僕はジュンコを飼えていない」
「ああ、」
確かに、とうなずいた子供に、拍子が抜けた。
なんなんだいったい、この子は。
ジュンコを怖がっているのかと思えば心配していたなどと、ほんと訳が分からない。こんなことは初めてだ。
ぽかんとしていると、とてとて寄ってきた。
首に巻き付いたジュンコを見上げたまま歩くものだから足元がおろそかになって危なっかしくてしょうがない。
同じ高さになるようにそっと屈んでやると、嬉しそうに手を伸ばしてきた。……表情は変わらず、無かったが。
なんとなく、目が嬉しそうな気がした。
機嫌が良いときのジュンコに似たものを感じる、と思っていると、
「?どうした?」
あと少しで触れる、というところでなぜか手を止め、しばし思案の後、
「ジュンコさん、失礼します」
礼儀正しく頭を下げて、そうっと触れた。やけに細い指が、まるでなにかを確かめるようにジュンコを撫でる。
さりさりさり。さりさりさり。
神妙な顔でくり返しくり返し撫でる子供にジュンコもまんざらではないようで、目を細めてシューと舌を出した。
撫でることに夢中で周りのことを忘れているのを幸いに、こちらも子供を観察してみる。
ぱっとしないが整った顔立ちの子供。やけに細くて、やけに白い。
左門や作兵衛や、竹谷先輩みたいによく動いてがっしりしていると体温が高いから(なので夏場はジュンコが近付きたがらない)この子供は体温が低いのかもしれない。ジュンコのように。
ふと思い立って、
「?」
ぴと、と触ってみると、意外にも自分と変わらぬ体温があって、そのことになんだか驚いた。
やわやわと指を動かして他のところの体温も確かめてみるけれど同じだ。人なんだから当たり前なのだけれど。
自分が思考の渦に巻込まれている間も、伸ばされた手と自分を不思議そうに見ながら、子供はジュンコを撫で続けていた。
………はたから見たらずいぶんとおかしな光景だったことだろう。
いいかげんジュンコも飽きてきたようなので、もういいだろう、といって屈んでいた身を起こした。
つられるようについっと上がった視線に、
「……蛇が好きなのか?」
「………?」
考えるようにことりと倒れた首に、うなづかれなかったことに少々残念だったが、周囲の反応を思えば横に振られなかっただけ十分なんだろう。
そういえば会ってすぐにジュンコを怖がらなかったのも撫でたのも、竹谷先輩以来だ、と遅まきながら気付いた。
別段、いまの後輩になんの不満もないけれど。
この子が生物委員だったらよかったのに、と。
ふとそんなことを思った。
膝についた土を払っていると、その子も戻るのか畑の横においてあった道具を持ち上げた。どうやらこの畑はこの子のもののようだ。
薬草園の横にあるから、保健委員なんだろうか?
ぺこん、と頭を下げて立ち去ろうとする子供に、
「おい」
「?」
「これより大きくても大丈夫なら、今度生物委員の飼育小屋に来るといい。アオダイショウのきみこなら気性が穏やかだし毒性がないから、触ってもより安全だ」
なぜ、そんな言葉をかけたのか。
数日の間考え込んで上の空になり、数馬にさんざん、なにかおかしなものでも食べたかまた虫達が逃げ出したのかと心配され、ぽろりと子供のことをこぼした左門と三之助には、よしオレ達が捜してやろうと止める間もなく駆けてゆかれ、縄片手に怒る作兵衛と疲れたため息をつく藤内と共に迷子捜索隊を組むはめになる、とは。
その時の自分には想像がつかなかったとしても仕方がない。
ただ今は、黙ってうなづいたあの子供が、そこらの茂みから頭に葉っぱを引っ付けてとてとて走ってくるのを待つばかり。
あれ。なんだか長くなりました。
そして若干糖分が感じられる気が。
初めての糖分が蛇と蛇の人と、っていうのはそれどうなんだろう(苦笑)
マムシは本来気性が穏やかなので、こっちがなにかしない限り、よほどでないと噛まれません。
小弥太はちゃんとそれを知っているのと、飼い主である孫兵がいるなら大丈夫だろうというのと、そしてなにより、ヘムヘムがあれだけ意思の疎通ができるのだからジュンコさんも言ったことちゃんと理解出来てんじゃね?この世界ってきっとそういう感じ。と、思っているので。
犬がああなら蛇もいけるって、きっと!!
そして小弥太が考えながらしきりにジュンコさんを撫でているのは、蛇革の財布と感触は似てないなー、やっぱり生きてると全然違うんだなー、などと思っているのですよ。
次はワニを触ってみたい、とか思ってみたり。………思うだけだけど。
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