電球がないのは、諦めがついたんだ。
自作しようにも、初の電球のフィラメントが竹でできてた、って話は知ってるけどそこ以外の構造がさっぱりだし。
蝋燭は原料の蜜蝋が輸入品だから目玉が飛び出るほど高いし。和ろうそくもそれに比べたら安いってだけで庶民にはとうてい手が出ないし。
…洋蝋燭より明るいからいいんだけどなぁ、あれ。

灯を使うってこと自体が贅沢だから、不満をいうもんじゃないっていうのは分かっているんだけど………きっついんだよね、獣脂とか魚油って。……臭いが。


うーん。うーん。さて、どうしたもんかな……






夢の旅路は晴れた日に
19話  用具委員と君  前編






「失礼します」

食満留三郎です、入ります、といって戸を開けると、なにやら灯明をじっと見ていた吉野が振り返り、

「ああ、待っていましたよ」
「こちらが先日の書類です」

差し出した紙束にざっと目を通し、これでよいでしょう、進めて下さい、とさらりと署名をして寄越すと、

「それで、明日の委員会活動なんですが、」
「はい」
「この道具を持って、全員を門の前に集めておいて下さい。ああ、あと用具倉庫の入ってすぐ右側、むしろで包んであるものも一緒に持ってきて下さいね。大事なものなので、くれぐれも丁寧に」

渡された書き付けを広げてみると、見慣れた読みやすい手で用具の名前が並んでいた。



鎌、人数分。むしろ、三枚。丈術用の棒、三本。薪、一束。鉄鍋、一つ。火種。壺、二つ。麻袋、二枚……



「鉄鍋は食堂から、壺は火薬委員会に空いているものを借りることにしました。両方に話は通しておきますから」
「……はあ、」

ざっと書き付けに目を通して留三郎は首をかしげた。
これを持っていくのはかまわないけれど……なにをするというのだろう?
用具委員会に長年所属して、使用する用具からだいたいの作業内容の予測が付くようになったと自負していたが甘かった。今回のこれに関してはさっぱり分からない。
薪と火種があるということは火を起こしてなにかするのだろうけれど……棒にむしろに壺?。

困惑して、

「あの……それでこれはなにをするんでしょうか?」

気になって聞いてみると、なぜか吉野は笑って、

「そうそう、食満君。この灯をどう思いますか?」

そんなことを聞いてきた。



「は?灯…ですか?」
「ええ。この灯。どう思います?」

灯がどう、とはおかしなことを聞くもんだ。突然の質問に疑問符を飛ばしながら、先程の吉野と同じように灯明をじっと見てみる。

「どうです?」

どう、といわれても……



「………ずいぶんと明るいですね。それに臭いも少ない」



灯用の油は贅沢品だが、夜になっても活動する忍術学園では必要不可欠だ。
だがなにぶん、金は湯水のように沸いて出て来はしないので(そうだったら毎度予算会議のたびにあれほどな大騒ぎをしていない)、誰もが同質の油を同じように使っているわけではない。


例えば、実習の多い上級生や先生方は身体に臭いが付かないように高級品の荏胡麻油(えごまあぶら)を使わせてもらえるが、下級生は魚油、というように。

事務であり任務に出ない吉野は、しかし書類整理など灯の必要な作業が多いため荏胡麻を使ってもよいといわれているが、けれど経費削減のため自ら進んで、安くて質の悪い魚油を使っていると記憶していたが……この光源は明らかに魚油ではない。
独特の臭いがしないしなにより光量が違う。
かといって荏胡麻かというとそうでもない。なにしろ、高級品のそれより明るくて、且つ、臭いも少ないのだ。

こんな上質の油を自分のために使うような人じゃなかったはずなんだが…と心の中で首を傾げつつ、表情だけはさりげなさを装って。

「ずいぶんと良い油のようですね。なんですか?」

椿?ハシバミ?いやいや、もっと上等のそれだ。
そんなことを思っている留三郎に、吉野はだまし絵のような顔を悪戯っぽく歪めて、

「明日になったら分かりますよ」

と笑った。







翌日。荷車に書き付けの品を乗せて、いわれた通り門に向かうとにこにこと笑った吉野が既にそこにいた。
遅くなりまして、と近づいて、吉野の足に隠れるようにして一人の子供がいるのに気付いた。

ひっそりと立つ子供が着ているのは、後ろではしゃぐ三人が着ているのと同じ井桁模様。
なぜ一年生が吉野先生と共に?と疑問に思いながら留三郎が荷車を止めると、今日はなんだか大事みたいだからそれは置いていけと作兵衛にナメ壷を持っていくのを止められすっかりしょげていた喜三太が、その子を見て、あっと声を上げた。

「あーっ、だ!」

そのまま一直線に駆け出した喜三太に釣られるようにしんべヱも、ほんとだどうしてー?と言いながら駆けてゆく。
吉野の影から身を現したというらしい子供に、どうしたの、もしかしても一緒に行くの? えぇーならやっぱりナメさん達持ってくればよかったぁー、としきりに話しかける姿を見て、同じ組の子だろうかと考えたところで、ああ、仙蔵のところに入ったとかいうあの一年か、と思い当たった。

確か、伊作がやたらと気にしていた子だ。
そうか、この子が…と思い見ていると、見下ろした先の子がきょとりと首を傾げつつ見上げてきた。



留三郎は自他共に認める子供好きなのでたいそう残念なのだが、初対面の子供にはえらく怖がられる傾向にある。なぜなら目つきが鋭すぎるので。

いまは非常に懐いてくれている一年生トリオも最初は怯えていたし(文次郎との取っ組み合いを初っぱなから披露してしまったせいもあるが)、悲しいことに三年生の作兵衛もいまだにときおり身構えている。
しんべヱと喜三太が、大丈夫怖くないよとフォローしてくれるといいんだが、と思いつつなるべく優しそうに名乗ろうとして、見上げてくる目に怯えの色がないことに気付いた。あるのはただ、誰?という純粋な疑問だけだ。

珍しい、と小さな体躯に釣り合わぬ大きな目を見下ろして、見た目はむしろ一年ろ組らしいが中身はなるほど、『あの』一年は組だ、と苦笑していた仙蔵を思い出した。



なるほど確かに。これは『あの』一年は組らしい。



「先輩、食満先ぱーい。この子は、っていってこの前うちのクラスに入ってきたんですぅー。えっと、それでー、三治郎と兵太夫と同じ部屋でぇー、」
「あのね、、この人が用具委員長の食満留三郎先輩で、見た目は怖いけどすっごい優しい先輩なんだよ。力持ちで、よく僕達のこと抱えてくれるの!それとあっちは三年の富松作兵衛先輩でー、」

きゃっきゃ、きゃっきゃとはしゃぎだした二人によって、にわかに騒がしくなる。
当の本人は、それでねこっちがろ組の下坂部平太!と差し出された平太と向き合っていた。

片や顔に縦線。片や無表情。


「………」
「………」


案の定双方無言で。

困ったように見上げてくる平太に助け舟を出してやろうとしたところで、ゴホン、という咳で我に返った。


それで、説明を始めていいですかね?

そう言った吉野に、慌てて横一列に並ぶ。



「今回皆さんにお願いしたいのは、搾油です」
「砂丘?」
「搾油ですよ、さ・く・ゆ。油を搾り取ることです」

もはやお約束の聞き間違いを披露したしんべヱに律儀に訂正を入れた吉野は、

「油は高級品ですからね、自分達でまかなえるならそれに越したことはありません。今回の収穫いかんによっては今後の予算に余裕が出てくるので、皆さんには期待しているのですよ」

ほほっと笑うと、では後はこの子の指示に従って下さい、といっての背を押し、用具委員の面々の前に差し出した。

思いがけない言葉に、留三郎と作兵衛の目が点になる。
聞き間違いか…?と、

「え、と……この子、に?」

確認してみたが、吉野は笑顔のままうなづいた。
いたずらに成功した子供のような、笑顔だった。




「ええ。なにしろ、今回の発案者はこの子ですからね」








吉野先生が出てきた時点で、『ああ、これは長くなるな。よし、二話に分けよう』と決断しました(笑)
忍たまの時代設定である室町時代後期は、
蜜蝋による蝋燭もハゼの実による和ろうそくも有ることには有りましたが、
もっぱら上流階級用で、庶民は囲炉裏の火を灯り代わりにするのがせいぜいです。
しんべヱの家クラスだったら和ろうそくか荏胡麻油くらいは使えるかと思いますが。
それを思うと、忍術学園ってずいぶんと太っ腹ですよね。

話に関わってくるので、油事情についての詳しい話は後編のあとがきで(笑)





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