ねえ、コロポックルって本当にいるのかな?
温かい日差しの降り注ぐ縁側で、並んで団子をつまんでいる最中。
いやぁ今日はいい天気だね、というのと同じように何気なく、時友四郎兵衛はそう口にした。
夢の旅路は晴れた日に
23話 二年生と君 一編
「………」
「………」
「別に熱なんてないよ」
そろって四郎兵衛の額に手をやった三郎次と左近に困った顔で言う。
「いや、いきなり妙なこと言い出すから」
「ってかそのコロポックルってなんだ?」
また妙なことを言い出した、と我関せずな様子だった久作が口を挟む。
「なんか、北の果ての方にいる小さい人の形した生き物らしいよ。フキの葉の下にいるんだって」
「ヘー」
中在家先輩に聞いたら、図書室の書物を開いて教えてくれたんだけど?と首を傾げる四郎兵衛に、図書委員だからってあの書物のほとんどに目を通してるのなんて中在家先輩くらいだと呆れつつ、
「それより、よく中在家先輩に話しかけられたな」
それも、彼の城たる図書室で。
お前怖くないのか、と聞かれちょっと考えて、うーん怖くはないかな、と言った。
「でも、なんて言ってるのかは分からなかったから、近くにいた雷蔵先輩に通訳してもらったんだけど」
「あっ、そ」
度胸があってもそれだけじゃどうしようもない、という教訓だ。
すっかりズレてしまった話に、
「で?そのコポットクル?がどうしたんだよ」
「コロポックル、だよ三郎次」
「どっちだっていいさ」
で?とうながすと、
「うん、僕が見たのってやっぱりそれだったのかなぁ、って思って」
「………………」
「………………」
「だから熱なんかないって」
いやぁあはは、と笑ってさっと手を引っ込めた三郎次とは対照的に、脈は顔色はと保健委員らしく健康状態をうかがう左近を小さくため息ついてそのままに。
首を伸ばして三郎次達に向き直った。
「その、コボ…なんたら、って北の果ての方にいるもんなんだろ?じゃあ違うんじゃないのか?」
「うーん、でも中在家先輩が…」
「そうだって言ってたのか?」
「そういうわけでもないんだけど。葉っぱ持ってて小さい人ってなんだか分かりますかって聞いたら、北の土地の伝承の本を出してこれじゃないかって」
「葉っぱぁ?おかしなもんもってんな」
「ああ、フキの下にいるんだったか」
「うん。でも、」
「でも?」
「僕が見たのは、里芋の葉っぱ持ってた」
「「「……………」」」
四郎兵衛の語る事によると。
七松小平太にはマイブームがある。
鍛錬の内容の、だ。
この間までのそれは、崖を苦無だけで上ることだ。その前は、移動は屋根や塀の上、木を伝って、極力地面に降りないこと、だった。
もちろんそれを七松小平太本人一人でやる分には別段文句はない(内容いかんによっては用具委員長から文句が来るが)。問題なのは、その鍛錬に体育委員会のメンバーももれなく付き合わされることだ。
いくら私達を巻き込まないで下さいとお願いしても、皆でやった方が楽しいだろ?と悪気が無いのだから始末に負えない。
なんともはた迷惑な話である。
そんな彼の最近のマイブームは、早朝鍛錬、だ。
休日の早朝、まだ空が白々と明けてくるよりも前に集められて、山を駆けたり山を駆けたり山を駆けたり崖を上ったり降りたりして、日が高く昇ったら解散するのだ。
もちろん、その後はせっかくの休日なのにぐったり、だ。
当人は平日休日問わず行っているようだが、さすがに体育委員達を平日に集めたりしないだけの気遣いはあったらしい。
だったらせっかくの休みの日は一日通して休ませてくれという後輩たちの切なる望みは、きっと伝わることはない。
そんなわけでここ数週間というもの、体育委員達は休日のおよそ半分以上を浪費していた。
上級生で体力のある滝夜叉丸や無自覚の方向音痴のせいでしょっちゅう山道を歩き通しになる三之助はそれでもまだ自力で動けるようだが、まだ二年生の四郎兵衛はそうはいかない。
見かねた滝夜叉丸が長屋まで送ってくれようとするのだけれど、目を離すとすぐいなくなってしまう三之助を見張りながら完全に魂を飛ばしている金吾をいつも抱えている彼にあまり迷惑をかけるわけにはいかないので、同じく魂の抜けている時は仕方がないが意識のある時は自力で帰ることにしている。
の、だが……
つい先日、滝夜叉丸と分かれ二年長屋に戻る道中で力つきて倒れているところをたまたま左近に見つかり、酷く怒られた。
日向で倒れるなんて干涸びるつもりか、こんな誰も通らないところで、僕がたまたまここを通りがかったから良かったものの、日射病になったらどうする、運動して汗をかいたあとには速やかに水分をとらないとうんぬんかんぬん。
保健委員である左近は怒ると怖い。
委員会が委員会なだけに(というか委員長が彼なだけに)無茶させられ疲労も負傷も多い四郎兵衛はよく怒られる。
ちょっと高圧的な物言いだけれど、心配していってくれていると分かっているから、怒られると凹むけれどちょっと嬉しかったりもする。
左近に怒られて以来、委員会での鍛錬後長屋に戻る時は保健室の近くを通って戻ることにした。
保健室の近くならいつでも倒れても比較的見つけてもらい易いし運び易いし、委員会帰りの左近に発見してもらえる率が高いからだ。
それで一昨日も例の早朝鍛錬の終了後に保健室近くの薬草園の側を歩いていたところついに力つきて倒れて―――
「ちょっと待て、また行き倒れたなんて話、聞いてないぞ」
「………え…っと……」
「し ろ べ え?」
すいーっと四郎兵衛の目が泳ぐ。吹き出した冷や汗が額を通っていった。
しまった、と言いたげな様子に左近の目が吊り上がる。
お前はっとお説教を始めようとしたその口を、
「あーはいはい、いまはとりあえず四郎兵衛の話の先を聞こうなー」
「ぐむー!ぐぐぐぅ!!」
左近の口を押さえた久作に視線でうながされ、ホッとした様子で続きを話だした。
薬草園の近くで力つき、倒れた四郎兵衛。折しも空は雲一つなく晴れ渡り陽のさんさんと降り注ぐ、素晴らしく天気のいい日のことだった。
昼前の太陽はどんどん高さとその熱を増して、頭巾と装束の下の肌がちりちりと焼けてきているような錯覚さえ起こした。
自分の忍び装束が黒ではなく紺青で良かったと心底思う。
こんな天気のもと、黒尽くめの装束なんか着て倒れていたら間違いなく干涸びる。
遠くなりつつ揺らぐ意識でそんなことを思った。
酷く喉が渇く。先刻まで走り通しだったのだから当然だけれど。
このままだと本当にマズいことになりかねない。
せめて日陰に移動しないと、とは思ったのだが体力を使い果たしてどうしようもない。地面を這うことさえもままならなかった。
閉じたまぶたの内側がちかちかする。
誰か早く見つけてくれないかな、と思っていたらまぶた越しに入ってくる光の一部が暗くなった。
誰かの声が聞こえたような気もするけれどはっきりはしない。もしかしたら自分があーとかぐーとか言っただけかも。
するとまたすぐ明るくなって、気のせいかと思っていたらそれからしばらくして、不意に何か冷たいものが唇に触れた。
細く目を開けるとそこには大きな葉にすくった水を差し出す、白い小さな手。
訳の分からないままとりあえずそれを飲み干して、しっかり目を開けてみたらそこには誰もいなかった。
さっきのは水が欲しいと思った自分が生んだ幻だったのか?と思いながら、身体の訴える限界に従ってまた目を閉じた。
ところがちょっとするとまた視界が陰る。
目を開けると、大きな大きな葉を傘のようにさして自分を覗き込む小さな人影が。
逆光でその顔は見えない。誰?と聞きたかったが声も出ない。
もう一つ瞬きをした途端。ついに意識が遠のいた。
それからどのくらいの時が経ったのだろうか?次に四郎兵衛が目を覚ましたときには思ったより意識がハッキリしていて。
だけれど視界が暗いことに不思議に思って顔の前に手をやると、
「――――――里芋の葉?」
「で、目を覚ましたら里芋の葉が日よけにかけてあって。それと、横には同じく里芋の葉を折って作った器に水が一杯」
あれはなんだったんだろうと思って、知らないことを調べるなら図書室だろうと図書室に向かい中在家先輩に尋ねてみたところくだんの本を見せてくれたのだ、と四郎兵衛は締めくくった。
「……ちなみに、それなんて聞いたんだ?」
「え?うーん…、『葉っぱを傘にしてる小さな人が誰だか知りませんか?』って」
「「「ううーん」」」
説明が間違ってはいないが、正解でもない。
絶対、中在家先輩が想像したのは四郎兵衛が聞きたかったものとは大きく違うだろうと三人は思った。
今回は低学年組、二年生です。
上下があまりに濃すぎてとっても普通の人に見える彼らですが、忍たまに薄い人なんて(たまにしか(笑))いません!
きっと彼らも集まればいろいろあるはず!というか左近と四郎兵衛はきっと何かやってくれるはず!
そして三郎次は尻に敷かれた不甲斐ないリーダーっぷりを発揮してくれるはず!
そんな子荻の勝手な想像満載でお送りいたします。
なんとなく、テンション的に四郎兵衛はとけっこういいコンビになりそうな気がします。
ポワポワした空気醸し出して。
周囲は気疲れしそうだけど。
とにかくシロちゃんは可愛いよ。ぽけっとした顔とか独特な髪型とか。
そんな思いでお送りするお話はもう少し続きます。
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