夢の旅路は晴れた日に
23話  二年生と君 二編






「で?」


最後の団子を口に放り込みながら、久作が爪楊枝の先で四郎兵衛を指した。

「お前はその『誰か』が気になって仕方ないってわけか」
「うん、助けてもらったわけだからお礼言いたいし」

素直だなぁ、と左近はその頭を撫でた。そのままでいてくれよ、と思いながら。

友の可愛らしい願いには協力してやりたい。だがあいにくと、里芋の葉を担いだコロポックルもどきには心当たりがない。
さてどうしたものか、と頭を悩ませていると、

「………よし、」

それまで黙って考え込んでいた三郎次がポンと膝を叩いて顔を輝かせた。

「俺にいい考えがある!」








「………なあ、本当にこれで来るのか?」
「いまさら何言ってんだよ、あのときお前も賛成したじゃないか」
「あの時はいい考えだと思ったんだよ」
『二人とも声が大きい!そんなんじゃ来るもんも来ないだろ』
「「……………」」

ひそひそ、と声を潜めた三人がその身を隠しているのは茂みの中。場所は、保健室と薬草園のほど近くの裏庭。そして、茂みに隠れつつうかがう視線のその先には――――


行き倒れている四郎兵衛が、いた。




「ああもう、来るならさっさと来いよ!四郎兵衛が干涸びたらどうしてくれるんだ!」

水の入った竹筒を振り回し左近がプリプリ怒るが、四郎兵衛の周りには人っ子一人の気配もない。
早々に飽きてしまったのか、どっかりと座り込んだ二人はため息混じりに、倒れている四郎兵衛とオーバーヒートしている左近を視界におさめ、

「やっぱりさ、その里芋の葉を持ってたやつっていうの夢かなんかだったんじゃないのか?」
「でも起きたらちゃんと葉と水があったっていってたじゃないか」
「それは…」


あれから数日。再び体育委員会の魔の早朝鍛錬に連れて行かれた四郎兵衛の先回りをして、三人は例の不思議な人物に会ったという場所に身を隠していた。
ちょっと安易だが、前回のように行き倒れたふりをした四郎兵衛に近寄ってきたところを捕獲しよう、という作戦だ。

……………作戦、なのだが。

『ふり』をしているはずが全くそう見えない、というのはどういうことか。


倒れるのはふりでも、早朝鍛錬はふりじゃないからな。

つぶやいた三郎次の目は遠ーくを見ていた。




ともかく。

倒れたふり(おそらく)をした四郎兵衛からやや離れて様子をうかがっていたのだが。
待てども待てども誰も来やしない。
これでは倒れたふり(おそらく)が倒れた(確定)になってしまう。もういいだろうと待ちくたびれた左近が四郎兵衛を起こしに竹筒を持って茂みから出ようとした時、

『ちょっと待て!』
「なんだよ」
『誰かいるぞ』
『えっ……』

慌てて身を潜め、そっと葉の隙間からうかがうと、

『あれ………か?』
『たぶんそうだろ。確かに里芋の葉担いでるし。あー、葉に隠れて全然顔が見えないな』
『………なぁ、でもあれ、あの着物…』

指差した先の大きな大きな里芋の葉の影からはみ出しているのは、まごうかたなき、見慣れた井桁模様の忍び装束。



「「「………………………」」」



ま……そんなとこだろうなと思ってたよ。

誰からともなく漏れた声は、呆れとため息混じりだった。



『あ、水を置いた。行っちゃうぞ、どうする?』
『え?』
『どうするんだよっ』
『えっ、あ、ええと、』
『『三郎次!!』』

どうしてこういう時だけ俺に頼るんだっ!!
二人に詰め寄られてパニックになった三郎次は、

「ぁぁあああっ、もう!!」

ガサッ!と物音激しく茂みから立ち上がったかと思うと、こんな事もあろうかと懐に用意していたものを取り出し、びくっと立ち止まった人物に向かって投げつけた。
一尺半ほどの紐の両端に重りとなる石をくくりつけたそれはヒュンヒュンと風を切って飛び、狙い違わず目的の人物の足へと絡まりその歩みを止める事に成功した。

そこまでは良かった。

良かったのだが、相手が明らかな一年生だという事を三郎次はすっかり忘れていた。まだまだ一般人に毛が生えた程度の忍たま初心者がとっさに素早い反応なぞできるわけもなく。

「「「あ、」」」

綺麗にそろった三つの声を後ろに、その人物は紐に絡めとられた足首を軸にぴったり九十度、なんの障害物も無しに地面に倒れ、ベチッという音を響かせた。



「「「…………」」」



あれは、痛い。地味ーに、痛い。なにしろ顔から直に落ちていった。やった当人の三郎次が、『あ、やべ。』と思ったほどだ。
普通ならとっさに支えの手ぐらいは出るもんなんだがなにも出なかったのは運動神経が相当鈍いのか?

「お、おい………大丈夫かー…?」

恐る恐る聞いてみるも、なんの反応もなく。本当にこれはマズいかもしれないと思った三郎次が茂みから出ようとしたその横を、

「うわっ!?」

バビュンと風のごとく駆け抜けていったのは


「大丈夫かどこ打った見せてみろ!ああいきなり起き上がるなよもし頭打ってるといけないからな、待て痛くても傷を土の付いた手でこするんじゃない!いま洗ってやるからそのまま動くなよ、あ、四郎兵衛これ水な」


さっきまでの四郎兵衛で我慢したぶん反動が強かったのか。保健委員常備の救急箱を抱えた左近はまくしたてるようにそう言うと、薬やら水や手ぬぐいやらを取り出して治療を始めた。


最近、治療行為中の左近がすごく生き生きしているような気がするのは三郎次の気のせいだろうか。
その技術の恩恵にあずかっている身で言うのもなんだが―――是非左近には善法寺先輩のようにはなってほしくない、と思う。
…………言い間違いではない。
自分に向いていてやりがいのある仕事を見つけるのはいい事だけれど、『さっ!怪我したのはどこだい?見せてごらん!』と嬉々として治療にあたられると、ちょっと凹む。


そんな事をつらつらと考えていると、

「おい、三郎次、三郎次っ!」
「え、あ、なんだ?」
「なんだ、じゃねーよ。あ・れ」

なぜかやや引きつった顔の久作にうながされて見れば―――

ぐりゅん、と勢いよく首ごと視線をそらした。ぐき、とか鈍い音がしたような気もするがそんな事はいまは気にならない。なにしろ――――

「きゅ、久作………俺はなにも見なかった、 俺はなにも見なかったっ!!
「いや、ありゃ無かった事にできるような代物じゃねぇだろ……」

釣られてこわばる久作の視線の先には、三郎次を呼ばる左近の手。
そりゃあもう素晴らしい笑顔なのが逆に恐怖をそそる。


「なんていうか、その…………諦めろ…」
「諦めきれるかぁっ!!」

「いいからとっとと来いよ三郎次」

「はいぃっ!!」


飛び上がって転がるようにして駆け寄る、その友人のあんまりな姿に、久作は心の中でひっそり涙した。








予定より延びて、前中後編になりました(笑)
いや、もしかしたら前中1中2後編になるかもしれない。それはさすがに避けたいのだけれど…

仙蔵のときもそうでしたが、別段いままで『もの凄く好き!』なわけではなかったはずなのに、
書き始めるとビックリするほど出張って突っ走るキャラ、というのがいまして。
今回でいうならば左近です。
彼はなにか、キャラ付けを間違った感がしないでもない。
でも、子荻的には数馬は天然さんだから、左近が黒くないと全体のバランスがとれないというか…っ
三郎次を生け贄に捧げておけばいいよ、とばかりにこうなりました。

後編も彼はしっかり黒く出張ります。
……………シロちゃんの出番が左近に食われていくよぅ…

そして、がさっぱりしゃべらない!!(笑)本当にこれでいいのか主人公!?(笑)





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