夢の旅路は晴れた日に
24話  い組とろ組と君 中編






伝七は……とぽつりと口を開いたに、皆の視線が集まる。
いつものように無表情ながら不思議そうにことんと首を倒すと、

「伝七はなんで、委員会のときは親切なのに、他の組の人の前ではそう言ったりするの?」
「ばっ、ばばばばか!僕がいつ、お前なんかに親切にしたっていうんだ!!」

唐柿のように真っ赤になって、つばも飛ばさんばかりの勢いで、有り得ない!と叫ぶ伝七に、ちょっとの間考えて、



「委員会の合間に宿題していて、読み辛い文字で止まってたら『お前こんなものも読めないのか、これはな、』って教えてくれたり。
首桶を重ねて運んでたら『自分の力を考えて、無理なときは人に頼むってことを覚えろ』って半分持ってくれたり。
先生に頼まれた作業が手間取ってると『お前はほんとトロイな、僕にかかればこんなもの、ちょちょいのちょいだ』って言って変わってくれたり。
先輩がくれたお菓子が一つ余ったら『もう少し太らないと見苦しいから食べろ』ってくれたりとか。
この前委員会で一人だけ罠にかかったら『役立たずなんだから一番後ろにいろ』って前に出てかばってくれて、あとは……」

「あああああっ、お前もうそのくらいにしてやれよ!」



なぜか顔を赤らめた佐吉に怒られて、指折り数えていたが顔を上げてみると、うわぁあっと頭を抱えてうずくまる伝七の姿が。
僕はそんなことしてない、僕はそんな気づかってなんかない、僕はそんなこと言ってないんだぁあああっと叫んで身悶えるその、腕の隙間から見える耳や首筋は、これ以上ないほど真っ赤に染まって。

落ち着け伝七ぃ!と揺すって我に返らせようとする佐吉の様子も似たり寄ったりだ。
二人の突然の奇行に、折った指もそのままにきょとんと瞬きをするの横、並んだろ組の一同は、



「…………ツンデレだ」
「ああ、これが例の、善法寺先輩がいってたっていう?」
「ヘー……………これがツンデレかぁ」
「………ツンデレってなんか大変なんだね…」




帰ってこい伝七ぃ!という涙混じりの叫びをバックにひそひそと、本人が耳にすれば再び精神の迷い道に落ちていってしまいそうな無駄な知識を増やしていた。






「と、とにかく!」

四半刻も経ってようやく復活した伝七は、車座になって地味にオオバコ相撲なんぞを暗々として待っていた一同にびしいっと指を突きつけ、


「僕はただお前がうっとうしいまでにとろとろのろのろ、自分の力量も理解しないまま進もうとするのが視界に入るから苛立ってついつい口を出してしまうだけで、別にお前を助けようとか気遣ってとか、ましてや助けようとなんて全くちっとも、これっぽっちも!思ってなんかいないんだからな!いいか、勘違いするんじゃないぞ、そこのところちゃんと覚えとけ!」


息を切らせて一気に。
そう叫んで乱れた息に肩を跳ねさせる伝七をぱちくりと。
大きな目を瞬かせて見たは、なんだかよく分からないけど必死だから……といった戸惑いたっぷりの様子でとりあえずはうなづいた。

うなづいたことに満足した様子の伝七に、でもはきっとそう思ってはいないと思うんだけどなぁ、と呆れ混じりの同情のまなざしを向けてオオバコ相撲を続けようとするろ組には気付かず、(本人的には)一段落して勢いを取り戻したのかいつもの無駄に自信満々の態度で、

「それに!お前そんなこと気にしてる余裕有るのか?」

どうせまたいつもの特別補習なんだろう、と鼻で笑うその小馬鹿にした様子にも全く気にせずこっくりうなづいたは、懐から例の玉を包んだ手ぬぐいを取り出して、事の始終を話して聞かせる。
聞き終わると伝七は、子供騙しだな、と。

「本気で体力を付けさせるなら、もっとキリキリ走らせればいいのに」
「飽きたりやる気を無くして続かなかったら意味無いから……苦肉の策だと思うよ」

なにしろ十の子供だから、と他人事のようにいうに、お前のことだろ?と首を傾げつつも生温いと言い切ったのは、誰に聞いても後輩に対して容赦の無いとの折り紙付きの潮江文次郎を委員会の先輩に持つ、佐吉。
そんなこと言ってるからいつまでたってもそのまんまなんだ、と鼻息荒く言い放つのは、己がいつも課せられている本来は不必要なはずのきつい鍛錬もどきの委員会を思い返してのことか。

「そんなんだから、お前達はいつまでたっても落ちこぼれなんだ!」

まっ、お前達が落ちこぼれだろうが僕には全く関係ないんだけどっ、と慌てて付け足しつつ。
お前達も他人事じゃないんだぞ、と急に話を降られたろ組の子供達は驚きに目を見開いて手を止めた。
その拍子に手にしていたオオバコの茎が切れて、あーあ、という伏木蔵の暗い声が響く。

「は組のアホさに隠れて目立たないけれど、ろ組も駄目駄目じゃないか」
「赤点こそないみたいだけど、得意なことだってないだろ。一芸に秀でているのがろ組のはずなのに」
「だいたい、バッチイから実習をさせたがらない先生が担任って時点で、」

いかにろ組は駄目駄目か、というのをつらつらと述べる二人に、ろ組の子供達の顔がどんどんうつむいてゆく。
確かにちょっと潔癖性で困ったところもあるけれど斜堂先生はいい先生なんだって反論の言葉は心の中に渦巻くけれど、ちょっと気弱なところのあるろ組の子供達にはなかなかそれを口に出すことができなくて。


ぎゅう、と身体の横で握った、小さな手。
自分達が胸を張れるような点がないことなんて、よく知ってる。
問題児ばかり集まって、とため息をつかれてるは組が実はすごいんだって、知ってる。
威張ってばかりのい組が、本当は努力家で確かに優秀なんだって、知ってる。
その間に挟まれた自分達だけが本当は駄目駄目なんだって、知ってる。
そんなこと言われなくったって、よく。
言わないけれど、本当はすごく気にしてる。このままじゃ駄目だって、それは分かってるのに。

どうしたらいいのか、どうやったらもっと、皆みたいになれるのか。
気にして、不安になって、頑張っているのに、何一つ変わらなくて。
置いてゆかれたような気になって、焦るのに全ては空回り。そんなのいまさら言われなくったって、よく分かっているのに。
どうしたらいいのかなんて知っているならむしろ教えてほしい。



思っただけじゃ、口にしなくちゃ、伝わらない。
うらやましいくらい胸を張ってとうとうと語る二人に、ぐっと唇を噛み締めて耐えて―――




「頑張ってるよ」




決して大きくなく。静かだけれどひたりと響いた声に、誰、と顔を跳ね上げた。
心の中の声と同じ言葉に誰が言ったのかと目を合わせるけれど三人ともふるふると首を振って。
ぱちくり瞬くと、


「頑張ってる」


今度こそはっきり放たれた言葉に声の主を見た。驚きの思いを込めて。

「…………?」

気弱で大人しい印象はどこへやら。集まった視線の中、先ほどまでと同じ静かな表情のまま、はゆっくりと口を開いた。


「頑張ってるよ、皆。伝七や佐吉達と同じことを、では、ないけれど」


大人達が自分達に言い含めて聞かせるときのように、ゆっくり。けれどはっきりと。

「頑張ってる。乱太郎も、きり丸、しんべヱ、は組の皆、たぶん下坂部平太達も」

大きな黒々とした眼が伝七と佐吉を捕らえるように。
瞬きさえも失って合わせられていた目が、ゆっくりと伏せられた。
まるで、悲しさを表すように。

「でも、『頑張ってる』は見えにくい」
「…………」
「頑張ることは、『当たり前』だから」



でもね。


でもね。


小さな唇が、いままで話すとき以外動かなかった、表情を現さなかった唇がほんの少し―――笑ったような気がしたのは、見間違いだろうか。



「本当は、当たり前のことを当たり前に出来るのが、一番すごい」








※唐柿(からがき):トマトのこと。1670年頃渡来の南蛮野菜。元々は観賞用。
          赤茄子と呼ばれることもあるが、もう少し後のこと。

ここまで読むと、まるで伝七と佐吉が嫌なやつに思えますがそんなことはありません。
彼らはただ子供なだけです。
他者をおとしめて悦に入りたいのではなくただ、自分ができたことが嬉しくて、誉められたことが嬉しくて、それを言いたいだけです。
幼くして親元を離れた彼らにとって、先生は親にも等しいものでしょう。
その安藤先生に、君達は私の誇りですと誉められて嬉しくないはずがありません。
それが才能だけを誉められたのならばここまで喜びはしなかったでしょう。
けれど、何事も始めから完璧に出来るわけもなく、人に隠れて必死に努力した結果を、それを知っている先生に手放しで誉められて、嬉しくならないはずがありません。
言いたいことでしょう。聞いてもらいたいことでしょう。僕は頑張ったのだと。僕はすごいと誉めてくれたのだと。
他の子達にも君達を見習ってほしいものだ、と僕のことを、先生が!

くすぐったくって、恥ずかしくって、なにより嬉しくて。
彼らはただそれを、言いたいだけです。
そしてそれは頑張った者の当然の権利です。
何事も、努力なくして出来たわけがないのですから。

ですが、それを聞くは組・ろ組の子供達はまだ同じ十歳の子供。そんな行動の裏の心を理解出来るわけもなく。
自慢ばかりの、私達を馬鹿にしている嫌なやつ、となるわけです。

は、心は大人ですから。その心理が分かるので怒りはしません。むしろ微笑ましいくらいです。
けれど、は組とろ組の子が『努力していない』わけじゃないこと、『頑張っても出来ない』ことがどれだけ辛いか、もよく知っているので。
お前達は頑張ってない、もっと頑張れ、という言葉は見逃すわけにはいかないのです。

――――――長々と失礼いたしました。





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