夢の旅路は晴れた日に
24話 い組とろ組と君 後編
「……………」
わけが分からず時を止められたように突っ立った一同を置いて、まだ課題が終わってないから、とが行ってしまった後。
結局なにが言いたかったのか………禅問答でもあるまいに、とさっきまでの険悪さが嘘のように首をかしげ合っていると、
「それはね、」
「「「「えっ」」」」
突然振ってわいた声。慌てて周りをうかがうも、声はすれど姿は見えず。
誰だろう、木の上かなときょろきょろしていると、ここだよここ、と地面から白い手首が一本、にょきっと生えて。
「「うわっ」」
思わず飛び上がって下がったい組の二人をよそに、えー誰だろう、と思いのほか度胸のいいろ組は先ほど手が生えた辺りに近寄って、
「あ、善法寺先輩」
どうしたんですか?とそろって傾げられた首に、土に汚れた手で頬をかいた伊作は、やあ、とだけ返した。
いやぁ、実はまた穴に落ちちゃってすぐ君達が来たんだけど、六年にもなって一年生に助けを求めるのはいかがなものかと迷ってるうちに話を始めちゃったもんだから、今度は出るに出られなくって。
借りた苦無でざくざく穴をよじ登ってきた伊作は、あはは、と笑って不甲斐なさをごまかすと。
「『頑張る』ことは『当たり前』、当たり前のことを当たり前に出来るのが本当は一番すごい」
の言葉を繰り返すとにっこり笑った。
「はきっと、目に見えた結果を出すことよりも頑張り続けられることが大事だ、って言いたかったんじゃないかな」
その言葉にすかさず反論したのは、い組の二人。
「お言葉ですが、結果を伴わなければ、意味がないと思います」
「頑張ったってだけじゃ何にもなりません」
鼻息荒く言い放った伝七と佐吉にちょっと目を見張った後、そうだねぇ、と。
「確かにね。忍務は失敗しました、でも頑張りました!なんて、そんなこと言ったって認めてもらえるわけがない。どんなに努力したって、途中まで素晴らしく上手くいったって、最後の最後で失敗したら、それは失敗だもの」
「でしょう?」
「でもね?」
我が意を得たり、と勢い込むのを押さえ。
「頑張ったことが今回実を結ばなくても、次回何の役にも立たなくても、その先ずーっと、それこそ一生。同じく役に立たないままだ、なんて誰が言い切れるだろう?」
言われて二人はぐっと詰まった。そんな二人を覗き込み、
「その次こそは、それを生かせるかもしれない、ずーっと先には、意味があるかもしれない。それを、いいや、何にもならないままさ、なんて。誰が、なんの根拠を持って言えるんだろう?」
伊作の言葉に二人はうろうろと視線をさまよわせた後、でも、と少し膨れた。
「その『ずーっと先』にだって役に立たないかもしれません。絶対にそうじゃないとは、先輩にだって断言出来ないでしょう?」
不確定には不確定を。
的確にぶつけてきたその聡明さに内心舌を巻いた。本当にこの子は、頭がいい。
「そんな希望みたいな願望みたいなこと、信じていられません」
「いつかの何かのためになんて言ってられません」
学ばなければならないことは、身につけるべきことは、いま目の前に山ほどあるのだから。
胸すら張りそうにそう言った二人に、伊作は困ったように眉を下げると、そうだねとぽつりとつぶやいた。
「そうだね。………いつ来るとも分からない日のために、何に繋がるとも知れないもののために、意味のないかもしれない努力を続けることは、難しいね」
だから、はそう言ったんだと思うよ。
「いま見えてこない結果のために頑張ることを頑張り続けられることこそが、何事にも代え難く、素晴らしいのだ、と」
そうだなぁ、と覗き込んでいた身体を正すと、例えばねと指折り数え、
「孫次郎が毒虫達と仲良くなれるように毎日欠かさず様子を見に行って声かけてることとか、怪士丸が図書室にある本を覚えようと棚の端から毎日繰り返し題名を読んで回っていることとか、平太が疲れてても授業のあと欠かさず学園をもう一回りしてから帰るようにし始めたこととか、伏木蔵が誰もいないときこっそり薬棚を開けて、よく似た薬草や丸薬を見比べて覚えようとしてることとか」
誰にも気付かれていないと思っていたのになんで知っているんですか、と目を見張る一同に、保健室はおばちゃんの井戸端会議並みにいろんな情報が入ってくるんだよ、とからからと笑う。
誰も見てない、なんて油断しちゃいけないよ。なにしろここは忍術学園。忍ぶことを生業とする忍者のたまごの集まりなんだから。
ふわー、と簡単ともため息ともとれる声を上げさせた伊作は、楽しげに笑ったその目を細め、まるで眩しいものでも見るかのように一年生達を見下ろした。
「それら全てが、なんにもならならないとは思えない。きっといつか―――僕にもそれがいつかなのか分からないけれど―――それは何かに繋がる。……たとえ、望んだ形ではなかったとしても。
全てが無意味ではないんだ。僕はそう、信じてる」
そしてきっと、もね。
そう言って、一年生達のまだまだ低い位置にある小さな頭を順繰りに撫でた。もちろんい組の二人の頭も一緒に。
六年生の中でも体躯の華奢な先輩のその手は、けれど思ったより大きくて、たくさんのマメやタコで見た目を裏切ってこつこつと、固かった。
「これから先、思うようにいかないことはあまりに多いよ。でもどうか、それに腐らないでほしい。頑張ったことがたとえ実を結ばなくても。頑張った意味がないなんて、思わないで。頑張り続けたことこそが本当は一番すごいんだって、少なくとも、僕とは知っているから」
笑う先輩の顔は優しくて。
だから。
わけも分からず泣きたくなった。
どこで間違ったんだろう……なんだか妙に重苦しい話になってしまいました。
当初はろ組と暗々と親睦を深めたかっただけなのに。
伝七もなんだか妙に可愛らしくなっちゃうし………(遠い目)
そして、なにより、ね。
伊作、どうしてお前がここに出張ってくるんだ!?
美味しいトコ取りめ!(笑)
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